6-6(22)
「気分はどう?」
〈はぁ〉〈はぁ〉〈はぁ〉「下手な描写部分を抜けたから……〈はぁ〉
〈はぁ〉もう大丈夫よ」
僕たち2人は清掃用具やワックス缶に囲まれた暗く狭い空間にまるで
押し込まれるような形で互いに身を寄せ合った。
「しばらくココで時間を潰そう」
「何でこんなに狭くって汚い設定にしたのよ!」
「しょうがないだろ、少しは我慢しなよ」
「れ~んちゃん!」
「な、何だよ」
「一応聞いておくけどHなこと考えてんじゃないでしょうね」「まっ、
ワタシたちは恋人同士なんだから別にイイんだけどさぁ~」
ナオミは密着度を更に強めると何とも不適な笑みを浮かべながら
僕を真下から覗き込んだ。
「そういえばレンちゃんとワタシ、キスしたことなかったよね」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ、してないわよ。もしかしてワタシのこと嫌いだったの?」
「そんなワケないだろ。キ、キスする前にナオミが病気になったからだよ」
「ふ~ん イマイチ納得できないけどまぁいいわ」と突然僕の正面に
かぶさるように回り込むと彼女は優しく包み込むように僕の両頬に手を
あてがった。
ナオミ特有の甘い香りと柔らかな身体から一定のリズムで漏れる湿った
吐息につい全身の細胞が過剰反応してしまい僕は崩れ落ちるように尻餅を
付いてしまった。
「ちょっと~ 何やってんのよ」
「だ、だってナオミが急に……」
さすがにバツが悪かったのかナオミは少し顔を赤らめながら僕に背を
向けたが、同時に彼女の耳元に何やらキラリと光るモノが見えた。
「何ジロジロ見てんのよ、ヘンタイ!」
「いや、そのイヤリングって」
「レンちゃんが渋谷で買ってくれたヤツよ」
「今も付けてくれてるんだ」
「たまたまよ。まさか今日こんなダッサい恰好だと思わなかったからさ。
ずいぶんミスマッチでしょ」
「いや、よく似合ってるよ」
ナオミの機嫌を和らげてくれたのは僕と彼女が付き合うキッカケとなった
アコヤ貝で出来た小さなハート型のイヤリングだった。
光の反射で幾色にも変化する小さなハートは古びた用具室の電灯でナオミの
頬と同化するような淡いピンク色に輝いていた。
そんな小休止した状況に僕はとりあえず安堵したが、やはりと言うべきか
この状況であの症状が僕の脳裏を占領し始めた。
「どうしたの? 浮かない顔しちゃってさ」
「えっ、ちょっとね」
「何よ。もしかして気持ち悪いの?」
「そ、そうじゃないんだ。だだ、その~」
「ハッキリしなさいよ。そんなんじゃ悪の組織にやられちゃうよ!」
「ごめん。もう一度あのガンショップに戻りたいんだけど」
「はぁ~ どうしてよ。せっかくココまで来たのにさ」
「実はタバコ。タバコの火が気になっちゃってさ、ハハッ!」
「火って、ちゃんと消したんでしょ!」
「いや、実はよく覚えてないんだ。だからいっしょに戻ってくれないかな?」
「イヤよ。レンちゃん一人で戻りなさいよ」
ナオミは黙り込み再び変な空気が用具室全体に広がり始めたが、あまりの
深刻な僕の表情に呆れたのか彼女はゆっくり立ち上がると僕の手を引きボソッ
と呟いた。
「立って。行くわよ」
ナオミは呆れた表情のまま僕の手を握ると決して離すことなく今度は
彼女主導のもと僕たちは再びあのガンショップへ向かう事となった。
だがナオミが僕の不可解な行動に理解を示せるワケもなく彼女から当然の
ように説明を求められた。
「アンタってホント変よね。もちろんこの無駄な行動も今回のシナリオ通り、
つまり織り込み済みなんでしょ」
「いや、アドリブ、かな」
「はぁ~ じゃ、何でワタシたち危険を冒して戻ってるのよ」
「お店が心配だからさ」
「まさか火事になってるんじゃないかって?」
「そうなんだ。あの辺は古い木造のお店が連なってるからね」
「レンちゃん、それって本気で言ってるの?」
「うん。だって町全体が火の海になってるの想像するともうコワくってさ」
彼女にとって理解不能な僕の言動にナオミは突然立ち止まると、握った
僕の手をまるで子供に言い聞かせるように何度も力強く上下させた。
「何言ってるのよ、レンちゃん。アンタは総監督なのよ。この町が火事に
なる設定なの? 違うでしょ! だったら戻って確認する必要なんて
どこにもないじゃない!」と半ば訴えかけるような表情の彼女に僕は正直に
一連の不可解な行動について説明した。
「実は僕、病気なんだ。強迫性障害っいうね」
「えっ、何なのよそれ」
「つまり簡単に言うと病的に過剰な想像から余計な心配したり、自身の
行動に確信が持てず何度も何度も確認したりするんだ。そんなの意味が
ないって分かっていながらね。でも止められないんだ、情けないことに」
と僕は握った手を自ら外しにかかった。
するとナオミはいきなり僕の上腕部分を掴むと無言でそのまま引っ張る
ように再び目的地へ向かって歩き始めた。
周りを気にしながらようやく僕たちはガンショップに到着するも足元には
粉々に砕かれたガラス片が散乱し、無残にも骨組みだけとなってしまった
ショーウィンドウからは未だ火薬の臭いが漂っていた。
〈ジャリ!〉〈ジャリ!〉〈ジャリ!〉……
僕はナオミと共に慎重に辺りを気しながら白い枠をくぐると、店内は
入り口同様灰色の煙と火薬の臭いが立ち込めるが人の気配はなく商品も
そのままの状態だった。
僕は一目散に中央にある木製の棚に近づくとすぐさま床に散乱する無数
のガラス片を片付け出した。
そして数分後、遂にガラス片に埋もれるタバコの吸い殻を発見した僕は
慎重に摘まみ上げまじまじと見つめながら息を一つ吐いた。
「良かったね、レンちゃん」
「うん。ごめんよ、余計なことに付き合わせちゃって」
「もういいわよ」
ナオミはその言葉を最後に店内の引き出しをはじめ、足元近くにある
低い棚の中までも手当たり次第物色し始めた。
「何してるの?」
「何してるのって弾丸や今後使えそうな武器捜してるのよ。レンちゃんも
ぼーっとしてないで手伝ってよ」とミリタリーバッグを僕に向けて放り投げた。
僕はとりあえず空のバッグを肩に掛け、奥の勝手口近くにいるナオミに
近づこうとしたその瞬間彼女の悲鳴が店内に響き渡った。
『キャ――ッ!!』
彼女は物凄い勢いで奥から戻るとそのまま僕の背後に隠れ勝手口の方を
指差した。
「お、奥に骨みたいな変なのがいるの!」
その表情はそれまでの高飛車で何事にも動じないクールな彼女と違い実に
女性らしく思いのほか可愛く思えた。
僕は彼女に背中を押されながらもとりあえず銃を構え勝手口付近に向かうと
そこにはあらかじめ僕が設定した珍獣が壊された扉付近をうろつくのが見えた。
その珍獣は中型犬ぐらいの大きさで犬同様4本脚で歩くが、その脚は異様に
長くしかも身体の肉、皮全てが削ぎ落とされ骨だけなのだから彼女が驚くのも
無理はない。
本来僕たちがあの用具室から出てこのお店とは逆方向へ逃れる際この珍獣
と出会うシナリオだったが、僕の病的確認作業によりわざわざこの場所まで
戻って来たというのか。
とすれば僕はやはりこの世界ではある意味絶対権力者なのかもしれない。
ようやく僕たちの存在に気付いたのかその薄気味悪い珍獣はシナリオ通り
こちらに向かって徐々に距離を詰めて来た。
そして僕の背中に隠れたままのナオミの震えは更に激しさを増したところ
でシーンが終了し全てが霧のように消えて無くなったが、昨夜のラストシーン
同様やはり彼女はどこか不機嫌そうだった。
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