7-1(23)

 午前9時、僕は疲労困ぱいながらもいつものように自転車を走らせバイト先

へと向かっていた。 

 コンビニに到着するも2日連続の執筆、そして自ら出演となればさすがに

疲労感で身体が重く普段は飲まない高級栄養ドリンクを一気に飲み干した。

 バックヤードから僕はいつものようにスナック菓子が詰め込まれた段ボール

を抱えながら店内を縫うように通り抜けた。

 そして所定の位置にそっと置くと僕は深いため息混じりにまるで段ボール箱

にもたれかかるような形でその場に腰を下した。

 欠品となった隙間にスナック菓子を詰め込みながら僕はさすがに今晩の執筆

はスルーしようと思った。

 なぜなら2日間もの間ナオミと共に僕が創造した世界を体験したわけだが、

ワケの分からない組織に追い回されたり身を潜めたりなど思いのほか精神的

にも肉体的にも追い詰められているのを僕自身実感したからだ。

 マシンガンはまだしもポケットに詰め込んだ弾丸や小さな武器の想像を

超える重さがこれほどまで僕の体力を奪い取るなんて思いもしなかった。

 でも理由はそれだけではない。

 僕の創作力の欠如というべきか、思いつきで見切り発車したものの、あの

後どのように続けてよいのかさえさっぱり分からなくなっていたからだ。

 僕は虚ろな表情でスナック菓子が並ぶ商品棚を見つめた。

 すると昨夜のドタバタ劇に比べると最近細々した作業は増えはしたものの、

慣れれば平和でのんびりした今の仕事もそう悪くはないと思えてきた。

 それはまるでこだわりの強い監督から中々『本番!』の一声が掛からず、

役者がほんの少しの間緊張を解き、リラックスしている状況に案外似ている

のかもしれない。


〈ピコ!〉〈ピコ!〉〈ピ―ィ―ンポ―ン!〉


 入店音に立ち上がると長期休暇を取っていたバイト仲間の長澤さんが

両手を振り笑顔で入店して来た。


「あっ、田町さん、お久しぶりっ!」


 彼女のとびっきりの笑顔につられ僕は年甲斐もなく彼女同様大きく手を

振ってしまった。

 そのままバックヤードに消えた彼女はほんの数分もしないうちに制服の

袖を通しながら僕がいるスナック菓子コーナーまでやって来た。


「田町さん、元気してました?」

「あぁ、なんとかね」

「あれ? ちょっと目の下にクマが出来てますよ。もしかして小説で

寝てないとか?」

「いやそうじゃないんだ」と僕は頬を人差し指で掻くと彼女は一気に僕との

距離を詰めて来た。

「観ましたよ、映画」

「えっ、もうずいぶん前に打ち切られたはずだけど」

「私が観たのは確か打ち切りの前の~ そう、最後の週だったかな」と彼女

は腕を組み、大きな瞳を天井に向けるような素振りを見せた。

「そっか~ お互いシフトの関係で変に間が開いちゃってたんだね。ところで

留学の方はどうだったの?」

「うん、まぁ色々考えさせられましたね」

「へぇ~ なんか凄いね。僕なんか日本から一度も出たことないからある意味

尊敬するよ」と僕は再び商品を並べ始めた。

「田町さん、この後何か用事あります?」

「別にないけど、何?」

「もしよければ今日バイト上がったらいっしょに食事でもどうですか?」

「えっ、このボクと?」

「だめですか?」

「いや、そ、そうじゃないけど僕と一緒じゃつまんないと思ってさ」と耳元

を掻くと彼女は段ボールを畳みながら「田町さんの映画の話も聞きたいし、

留学の話もね。ねっ、いいでしょ!」とニッコリ微笑んだ。


〈長澤さ~ん、ちょっとレジお願~い!〉


「は――い! すぐ行きま―す!」 


 彼女は「じゃ~ OKですよね!」と僕に軽く手を振り商品棚の間を

すり抜けるように立ち去ってしまった。


 午後5時、僕たちは夜勤務のスタッフと入れ替わるようにコンビニを出た。

 念のため彼女に尋ねると特にお店は決めていないとの事なので僕たちは

近場の居酒屋チェーン店で食事を取ることにした。

 のれんを潜り木製の扉を開けると店員さんの威勢のいい声が店内に響き渡った。


『いらっしゃいませ! お二人さんね。どうぞ奥へ!』


 僕たちは店員さん圧倒され、軽い会釈のみで一言も発する事なく半ば強引に

席まで誘導された。 

 再び小さなのれんを潜ると詰めれば4人ほど座れる個室に僕たちはちょうど

向かい合うように座った。

 僕は生ビールを、彼女はレモンサワーを注文し特に好き嫌いのない僕は注文

を彼女に任せ、ひたすら地酒や焼酎メニューを何度も確認した。

 店内は時間が早いにもかかわらず威勢のいい店員さん達に負けず劣らず

かなりの賑わいだった。

 僕は改めてこの居酒屋チェーン店で良かったと目の前で少し大きめの声で

注文する彼女を見て思った。

 なぜならいい歳した男性が酒に酔い、恋物語やファンタジックな内容を

他人に聞かれるという事に僕自身それなりの気恥ずかしさを感じていたからだ。

 注文し終え、店員さんが個室を離れると彼女は留学の話そっちのけで僕に

映画の経緯について聞いてきた。


「店長から聞いたんですけどスゴイですよね。小説が映画化されるなんて

ホント尊敬しちゃいます! 本買ったらサインしてくださいね!」

「いや、実は書籍化はされてないんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん、そう」と僕は目の前のビールを一気に流し込んだ。

「でも映画すごく良かったですよ!」と少し前のめりに話す彼女を遮るように

僕はのれんをめくり店員さんに手を振りこちらに来るように目配せした。

「僕の事より長澤さんの留学の話聞かせてよ」

「留学ってほどじゃ」と彼女は少し照れたような表情を浮かべレモンサワー

の氷を指で軽くかき回した。

「学校に通ってたんじゃなかったの?」

「うん、確かに語学学校には通ってたけど大学みたいにテストや宿題あるわけ

じゃないし~ 出席さえしてれば勉強するしないは本人の自由なの。

一応私なりにアメリカンしてたのよ、ふふっ!」

「それって自由奔放で全てが自己責任ってこと?」

「まぁそうね!」と彼女は無邪気に微笑んだ。

「学校以外の日はどうしてたの?」

「普段はレンタカー借りて色んな所行ったわよ」

「例えばどんなとこ?」

「国立公園や、あとワイナリーとかね」

「ワイナリーってワイン作ってる所?」

「うん、ちょっと待ってね」と彼女は大きな布バッグから細長い取っ手の

ついた紙袋を丁寧に取り出し「どうぞ!」と僕に差し出した。

「何なの? コレ」

「お土産よ!」と彼女は少し恥ずかしそうにひざ上の布バッグの中を整え

ると再び元の場所へ戻した。

 僕がずっしりと重い紙袋から取り出したのは白ワインのボトルだった。

「いいの? こんな高そうなワイン貰って」

「あっ、気にしないで。そんなに値の張るもんじゃないから。ただお酒好きの

田町さんにはちょっと甘く感じるかもね」

「ありがとう、大切に飲むよ。ところでナパバレーって書いてるけどこれって

産地なの?」

「そうよ。カリフォルニアでは結構有名なのよ」と彼女は現地で撮った写真を

見せながら当日道に迷った話から始まり最終的にワインの製法までを時系列に

沿って丁寧に説明してくれた。

 彼女が話すストーリーには澱みがなく実にスムーズかつ自然な流れだった。

 黙って頷き聞いていた僕はふと昨夜までナオミと共に過ごした時間を頭に

浮かべてしまった。 

 それは突然意味もなく悪の組織と街中でバトルを繰り広げるなんとも稚拙

で脈絡のない内容に僕は反省も含め自身の創作力の乏しさを改めて痛感して

しまった。

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