6-4(20)
〈コン!〉〈コン!〉
『失礼しまーす』〈ザ――ッ〉
僕たちは診察室2番の扉をスライドさせた。
斜め座りでコンピュータの画面を食い入るように見つめる主治医の
先生の後ろ姿が見えた。
「せぇ~んせっ! お久しぶり!」「先生、その節はナオミが色々お世話
になり本当にありがとうございました」と僕たち2人は同時に深々と頭を
下げあの時のお礼を口にした。
「いや~ 元気そうでなによりだよ」と先生は椅子を半回転させ立ち上がる
とナオミの両肩を〈ポン!〉〈ポン!〉数回軽く叩いた。
「最後まで諦めずにホント2人ともよく頑張ったね!」と先生は僕たちに
改めて労いの言葉を掛けてくれた。
ほどなくして看護師の女性が検査結果らしき細長い紙を先生に手渡すと
モニターに映るナオミのCTスキャン画像を見比べカルテに何か書き始めた。
「あの~ 先生、ナオミは完治したんですよね」
「あぁ、もう大丈夫。検査の結果異常ナシだよ!」
その言葉を待っていた僕はたて続けに質問を続けた。
「じゃ~ 彼女、飲酒しても大丈夫ですよね」
「特に問題ないよ。まぁ飲み過ぎは禁物だけどね」
「運動の方はどうですか?」
「まぁ、長い闘病生活でかなり体力や筋力が落ちてるからむしろどんどん
率先して体を動かした方がいいよ、若いんだからさ!」
「そうですよね! 先生」
僕は先生から予定通りの台詞を引き出すとすぐさま病院を後にし、ナオミ
と2人仲良く在来線に乗り込んだ。
〈ガタン!〉〈コトン!〉
〈ガタン!〉〈コトン!〉
「へぇ~ ちゃんと覚えてたのね」
「そりゃそうだよ。この描写がなかったら物語的に違和感があるし、もしか
するとこの前のワインで本当にナオミの病気がぶり返すかもしれないだろ」
「一応ワタシのこと心配してくれてるんだ」
「彼氏として当然だよ」
「彼氏ねぇ~ まっ、いいわ。ところでレンちゃん何なのよこの格好は」と
彼女は露骨に不機嫌そうな表情を浮かべながら自ら服装をチェックし始めた。
「一応ナオミらしくおしゃれな感じにしたんだけど、ダメ?」
「コレのどこがよ。どうしてワタシがこんなポケットだらけのベストに
思いっきり地味な撥水加工のパンツ姿なのよ」
「しょうがないだろ、このシーンに必要なんだからさ」とスマホで地図検索
してると彼女が急に顔を近づけスマホ画面を覗き込んだ。
「もしかして釣りに連れてってくれるの?」
「いや、まぁ着いてからのお楽しみだよ!」とスマホのホームボタンを
押すと彼女は妙にワクワクした表情を浮かべながらまるで子供のように
両足を揃え振り子のように何度も前後させた。
「もしかしてアスレチックみたいな所? レンちゃん先生に運動のこと
聞いてたもんね」
「まぁもうちょっとハード系かな、多分」
「多分って相変わらず適当ね。この前だってワタシ結局コース料理食べ
損ねちゃったんだからね」
「だっていつだったかナオミ言ってたじゃん。読者が混乱したり退屈する
からいちいち細かな描写は必要ないって」
「ま、まぁ確かにそうだけどね。でもワタシの描写は絶対忘れないでよ。
表情、所作全てにおいて常に美しくそして可愛くは基本中の基本よ!」
「わ、分かったよ。なんてったってヒロインだもんな」
「そうよ~ よぉ~く分かってるじゃない!」
〈ファ――ン!〉〈ガタン!〉〈コトン!〉
〈ガタン!〉〈コトン!〉
「ナオミ、降りるよ!」
「えっ、ココって」
「そう、いつもの駅だよ」
――僕たち2人はオタクの聖地秋葉原駅で下車した。
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