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 僕の目の前にはいつもの簡素なテーブルが広がっていた。

 馴染みの光景だが昨夜の真っ白でシルキーなテーブルクロスとのあまりの

違いに改めて現実に戻った事を再認識させられる。 

 僕はどうもこの場所で力尽き、テーブルに顔を乗せ眠ってしまったのか

辺り一面ビールの空き缶で埋め尽くされていた。

 それはまさに昨夜の僕に対するプレッシャーの大きさを物語っていた。

 僕はテーブルに両手を付きゆっくり立ち上がるとそのまま台所、玄関、

そしてトイレへと向かい誰もいないことを確認したところで再びリビング

に戻りパソコンの電源を入れた。

 ホーム画面が浮かび上がるとそのままメモ帳機能を立ち上げ”パート2”

という何の工夫もないタイトルをクリックし中身を確認した。 

 すると画面に刻まれた無機質な文字列とは対照的なナオミとの記憶が

まるで映画のワンシーンように脳裏を駆け巡り僕は思わず画面を閉じた。

 平面な画面から受ける取る足らない内容があれほどまで色艶良く、

何ともリアルな情景に変わるなんて思ってもみなかったが、これがもし

これからも続くのかと想像するだけで自然と笑みがこぼれてしまう。

 画面上最後は彼女がテーブルから身を乗り出し囁くシーンで終わって

いるが、実際は僕の浮気を疑っていたわけではなく料理に対するクレーム

だったなんてある意味彼女らしいのかもしれない。

 そんな彼女と2人っきりで一夜を過ごしたわけだが、この画面にある小説

と昨夜を比べると細かなやり取りはどうも女優魂溢れる彼女主導のようだ。

 端的に言うと彼女のアドリブに僕が翻弄されているわけだが、物語の背景

から全体の方向性に至ってはなるほど彼女が指摘するように概ね僕の原作に

沿っている。 

 つまり彼女の運命は僕が握ってるということか。

 僕はとりあえず彼女とファンアジックな小説の世界を共有するつもりだが

恋愛小説として進めるにはちょっとした不安もある。

 確かに僕はナオミを創り上げたが、昨夜の彼女は突然雨の中僕のアパート

に単身乗り込んで来た女性、つまりちょっと高圧的な彼女と前作の従順な

ナオミとの違いに少々戸惑いを感じていたからだ。

 彼女によると僕の無意識な深層心理が今のナオミに投影されているらしい

が、もしかすると最先端人工知能のように彼女自身が小説内の環境やイベント

に影響を受け自ら成長しているのかもしれない。

 いずれにせよ仮に執筆を止めるとなると数週間後に彼女は消えてしまう

だろうから執筆は続けるが、どのような展開にすべきか悩ましい所だ。

 高圧的で勝気だが天真爛漫で常に周りを明るく、時に焦がすように照らす

彼女をどのように活かすかなど若干の不安を抱えながらも僕は懸命に執筆活動

を続けた。

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