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 その後、普段どうりの生活に戻り10日ほど過ぎたが彼女が再び

僕の前に現れることはなかった。

 バイト仲間に彼女の話をすると当然誰もが僕と同意見ながらも誰一人

としてその目的を解明出来ないでいた。

 小説を書く身として彼女が主張するファンタジスティクな側面もゼロ

とは言えなくもないが、変なクスリ疑惑を持たれても困るのであえて

そのことについて言及はしなかった。 

 バイトを終え、いつものスーパーで冷凍パスタとピザを冷凍庫から

取り出し買い物カゴに放り込むと僕は閉めたはずの冷凍庫の扉を再度

開け、そして閉じた。

 僕は閉じた扉をしばらくの間見つめた後、閉めた事を再確認するため

取っ手部分を手の平で軽くグイッと押し付けた。

 この一連の動作を数回繰り返さないと僕は冷凍コーナーから立ち去る

ことすら出来ないでいた。

 2回ですむ日もあれば3回から5回ほど繰り返す日もある。

 僕は強迫性障害という一種の神経症を患っていた。

 僕の場合”加害恐怖”と言って、もし扉の閉まりが不完全で冷気が漏れ、

中の冷凍食品が溶け出し、お店に損害を与えてしまうのではないかと

必要以上に恐れてしまうのだ。

 更にそのことが原因で食品が劣化し、購入した人が身体を壊すかも

しれないなど飽くなき想像が尽きないこの病気は思いのほか僕の精神を

疲れさせる。

 とは言えこの行動は僕にとってもはや儀式のようなもので今日も3回ほど

繰り返しスーパーを出た。

 帰り道、両脇に生える草花からは相変わらず彼らの波動のようなもの

を感じ、未だ衰えない感覚につい嬉しくなり僕はその場に立ち止まった。

 時おり吹き付ける不規則な風に彼らはまるでメトロノームのように

同調し時にコミカルな動きを見せる。

 彼らは以前同様はっきりと言葉を発するワケではないが何故か繋がり

のようなものを感じる事だけは確実に言える。

 それは金色の光を発する糸のようなものが網目状、或いは特定の場所

ではいたってシンプルな直線状であったりと一見絡み合ってるようで実は

正確に通じ合っているんだと思う。

 そしてその形状は時間と共に変化し、常に一番いい状態を保っていると

仮定すると僕は改めて孤独ではないんだと再認識させられる。

 そんなもはや他人とは思えない彼らを眺める中、手前の黄色い小花と

小花の隙間から視線を感じた僕はゆっくり腰を下ろし覗き込んでみた。

 するとわたぼうしのような生き物がこちらをじっと見ているのに気付き

僕は思わず声を上げてしまった。


「うわっ!!」

      「な、何だこれ?」 

 

 その見た目はまさに春の終わりにフワフワ浮遊するわたぼうに酷似して

いるがはっきりとした両目があり、大きさはソフトボールぐらいだろうか。

 そんな謎の生物は目をパチクリさせると勢いよく転がるように奥の方へ

潜り込んでしまった。

 あっけに取られた僕の目の前を今度は以前彼女と見たあのフンドシの

ような生き物がいきなり横切り僕は思わずバランスを崩しその場で尻餅を

付いてしまった。


「イテテッ!」

      (……アレって確かフイ、何だっけ? フ、フイユテだ!)


「うわっ!!」

      (また戻って来た!)

 

 まるで何かを捜してるかように草むら付近を浮遊する不思議な生き物を

呆然と見つめるも、他の通行人は何事もなかったように淡々と通り過ぎる

様子に僕はかなりの違和感を覚えた。


(他のみんなには見えてないのか?)


 次第に妙な胸騒ぎを覚えた僕は居ても立っても居られなくなった。

 それは現実におよそこの世には存在しえない生物を目の当たりにすると

彼女もファンタジックな存在、つまりナオミではないかと感じ始めたからだ。

 僕はもう謎の生物には目もくれず気づけば全速力で自宅アパートへと

向かっていた。


〈はぁ〉〈はぁ〉

   〈はぁ〉〈はぁ〉……


(た、大変だ! い、急がなきゃ!)


『ところでずっとココにいるつもりなの?』

『そういうわけにはいかないのよ、残念ながらさ』

『どういこと?』

『もうすぐ消えちゃうのよ』

『もうすぐってあとどれぐらいなの?』

『そうね~ 映画の上映が打ち切りになってから2週間後ってとこかな』

『そ、そうなんだ』


 とめどなく脳内でリピ-トされる彼女との会話が渦まき、僕は幾度と

なく後悔という大波に飲み込まれそうになるも微かな希望を胸にとにかく

走り続けた。

 

(何とか間に合ってくれ! で、でないと僕は再び彼女を……)


〈はぁ〉〈はぁ〉……お、同じ過ちを冒すことに……

                       〈はぁ〉〈はぁ〉……


 僕はアパートに着くなり冷凍食品が入ったレジ袋をほおり投げ、

リビングに向かうとすぐさま机の片隅に置かれたパソコンを起動させた。

 いつもより若干立ち上がりが遅い画面を睨み付け、内蔵されてるメモ帳

機能を立ち上げるとあれほど機敏だった僕の動きがピタリと止まりその

まま固まってしまった。

 それは真っ白な画面同様、続編の構想はおろか何も頭に浮かばない状況

なので当然の結果だが事態は思いのほか切迫していた。


 うわぁ~ どうしよう~ これってどっから始めればいいんだ?

 タ、タイトルは? え~っと続編だからパート2でイイのか? 

 いや、タイトルより先に本編だよな。

 と、とにかくワンシーンだけでも完成させなきゃ!

 ところで前回のエンディングはどうだっけ? えぇーっと~ ……!!

 し、しまった! 最後まで観てなかったから全然分かんないよ!

 まっ、落ち着け、とりあえず落ち着け。 


 ……ん? まてよ。小説なんだから細かい事は飛ばしてもイイんだよね。

 じゃ~ 病気治ったんだからお祝い? そうだ、快気祝いから始めよう!


 一刻の猶予もない僕は構想すらままならないながら正にぶっつけ本番状態

で続編をスタートさせた。

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