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 僕は住所が書かれたメモ片手に在来線を乗り継ぎ出版社近くまでやって

来たがそこは予想に反し閑静な住宅街だった。

 メモを何度も確認するも出版社らしきビルはなく、住所が示すその場所

には閑静な景観からはあまり似つかわしくない古い木造の平屋がポツリと

存在するだけだった。


 ま、まさかこれが出版社なの?


 僕は表札すらない木造の引き戸を数回叩いてみた。


〈コン!〉〈コン!〉


 しばらくすると女性の声が扉の奥の方から聞こえ、ゆっくり広がる

扉の隙間から女性が覗き込むように一言。


「アナタ、田町くん?」

「は、はい! すみません。ちょっと早く着きすぎちゃいまして」

「いいのよ、どうぞ!」


 恐縮しながらも女性に案内され、玄関入ってすぐ左の応接室に通されると

女性はすぐさま編集長を呼ぶため出て行ってしまった。

 辺りを見渡すとこの出版社から出された書籍の宣伝用ポスターが乱雑に

貼られ、その作品の多くは誰もが一度は見聞きしたことのあるこの現状に

僕は驚きと焦りを感じ始めた。

 それは今まで誰にも見せた事のない素人の処女作だから当然と言えば

当然だが僕の場合あえて他の小説を参考にしなかった分、果たして小説の

体(てい)をなしているのかさえ自信が持てないでいたからだ。

 当初僕は他の小説を読むことで自信喪失に陥り、執筆活動の妨げになる

と感じた事に加え、生意気にもオリジナリティに影響するのではという僕

なりの防御策が今になって裏目に出るとは思ってもみなかった。


(やばい、やばすぎる! こんな作品プロの編集長に見せるなんて

無謀すぎる。もしかすると目の前で破られるかもしれない。いや、

大人なんだから破りはしないが絶対笑われるはずだ。いや大人なんだから

腹の中で大爆笑間違いナシだ!)


 そんな無限ループを断ち切るかのように大柄で少々強面の編集長が

手に缶コーヒー2本持ちながら入って来た。


「やぁ、キミが田町くん? 郷田です。これ飲みながら話そっか」

「は、はい! 今日はお時間取って頂きありがとうございます!」

「ははっ! 大丈夫だよ。さっ、座って」と黒縁メガネに無精ひげの編集長

は手のひらを僕の方に向けた。

「コレなんですけど」と恐縮気味に作品が閉じられたファイルを差し出すと

編集長はいきなりあらすじ部分を抜き取り、無言で目を通し始めた。

「なるほどね」と少し笑みを浮かべると再びあらすじをファイルに戻し僕に

質問を投げかけて来た。

「田町くん、売れる作家になるための条件って分かる?」 

「えっ、そ、それは~ いい小説。つまり面白い小説や感動する小説が

書けるってことですよね」と若干自信なさげに答えると編集長は僕の返答を

補足するかのように続けた。

「まぁ確かにキミの言う通りだけど簡単に言うと共感性のある小説が書ける

かどうかってことかな」

「共感性、ですか?」

「そう共感性」と編集長は笑顔で人差し指を立てた。

「もう少し詳しく教えてもらえませんか?」

「つまり売れてる作家は常に読者をリサーチしていて彼らはあえて多くの

読者に寄り添う、つまり共感する作品を作ってるってワケ」

「えっ、じゃ~ 本人が書きたい物語じゃないってことも?」

「当然だよ。むしろほとんど書きたくないパターンだね」

「なんか意外ですね」と僕は机の上に置かれたファイルに視線を向けた。

「意外って言うけどさ、どの業界も似たようなもんなんだよ」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだよ、だって商売だもん。音楽業界や芸能界にしても

売れっ子はみんな同じ構造だよ。そりゃたまに自分のやりたい事やって

売れるケースもあるけどそんなの突発事故みたいなもんで続かないよ」

「へぇ~」と僕は再び自身の作品に視線を送った。

「ところで小説書こうと思ったキッカケは何なの?」 


 僕は実際に起こった不思議な体験から心境や価値観の変化に加え、

執筆当時の様子を詳細に語った。

 

「なるほどね。いわゆる降りて来たってヤツね」

「ま、まぁそんな感じです」と頭を掻いた。


……一瞬の沈黙の後、編集長からストレートな質問がぶつけられた。


「この小説、売れると思うかい?」

「分かんないです。一応僕なりにメッセージ込めたつもりですけど」

「そのメッセージは蜘蛛や草花からキミが感じ取ったものだよね」

「は、はい」

「キミは大人が草花と話してるの見た事あるかい?」

「い、いえ。それって危ない人ですよね」

「一般的に誰もそんな行動しないだろ。ということは共感性に乏しいって事、

つまり営業的にかなり厳しいと思うよ」

「あっ、でも時々小さい子供が話してるの見た事あるんですけど」

「幼児は小説なんて読まないよ。キミ、面白いね!」

「ははっ! ですよね~」


 速くも駄作の烙印を押され露骨に落ち込む僕に編集長は救いの手を

差し出すように優しい言葉を掛けてくれた。


「ところで2作目はどんな感じなの?」

「いや、まだ全然。構想すら出来てないんです」

「本気で小説家目指すなら出来るだけ早く執筆した方がいいよ」

「そ、そうですよね」と歯切れの悪い僕に編集長は真剣な眼差しで続けた。

「実際にプロの作家になって出版社から執筆依頼を受けるとね、けっこう

プレッシャーがかかるみたいだよ」

「プレッシャー……、ですか」

「そう。だってウチの会社もそうだけど出版社は完成まで何年も待って

くれないからね。だから今から書き上げる体力付けなきゃ」と先ほど

とはうって変わって編集長に笑顔が戻った。


「どうしたの? 元気出しなよ~ キミとこうして会うってことは何かの

縁みたいなもんなんだから及ばずながら力になるよ!」

「えっ、ホントですか?」

「あぁ、2作目、途中まで書けたら持っておいで。アドバイスしてあげる

からさ!」

「あ、ありがとうございます! 僕、頑張ります!」


 思いがけない展開に若干気が緩んだ僕はつい軽い気持ちで編集長に

2作目について質問してみた。


「ジャンルは何がいいですかね?」


 すると編集長から最悪の答えが返って来た。


「恋愛小説で行こう! キミも経験あるだろうし、誰もが共感出来る

ジャンルだからね」


「そ、そうですね。分かりました」


 ……恋愛経験ゼロの僕は早速窮地に追い込まれた。(ほんまアホやな)

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