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 当時恋愛経験がまるでなかった僕はこの小説を執筆するに当たり一つの

決断を下した。

 それは小説にリアリティを持たせる為あえて小説内容を疑似体験する

事に決め、当然ながら主人公を自身に設定した僕は空想の彼女、つまり

ナオミと共に実際幾度となくデートを重ねる日々を続けた。

 デートは遊園地や公園、映画にゲーセンといたって普通の変わり映え

しないものだったが一つだけ他のカップルと違う点、それはナオミが

空想の女性だということだろう。

 もちろんファミレスでは彼女のオーダーを通していたし、映画も

2人分僕が支払ってはいたが、それを無駄な行為だと思わなかったのは

それだけ執筆活動に対し本気で取り組んでいたからだろう。

 それともう一つ僕が密かに心待ちしていた事、それは以前クモや草花から

の波動を感じたようによもや彼女とよりリアルな関係になるかもしれないと

期待していたがさすがにナオミの肉声が僕の耳に届く事は一度もなかった。

 それでも時を経るごとにナオミの存在がより鮮明に、そして空想という枠

からはみ出るようになると僕は執筆そっちのけで彼女と過ごす日常を最優先

させるようになっていた。

 そんな偏った毎日を送っていると次第に小説内容に影響が出始めた。

 それは本来物語として起承転結という小説として当たり前の構成を経る

べき所を僕は完全無視、そして延々とナオミとの充実した生活を描き続けて

いたのだから当然の結果だ。

 つまり僕は本気でナオミを愛していたし、もし彼女と会えなくなるくらい

ならこの小説が完結しなくてもいいとさえ思っていた。

 だがそんな病的な恋愛ごっこがいつまでも続くはずもなく、物語の中盤

に差し掛かった辺りで編集長から呼び出しを受けることになってしまった。

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