4-3(10)

 帰宅と共に僕は封書に手を突っ込みあのファイルを引き抜いた。

 落選の文面をすっ飛ばし心躍る称賛コメントをゆっくり噛みしめる

ように読み進めると普段滅多に鳴らない固定電話のベルが鳴り響いた。


〈プルルルル!〉〈プルルルル!〉〈プルルルル!〉……


 何だよ~ 今ちょうどいい所なのに~


『はい、田町ですけど』

『えっ! 文育成出版社って……』


 僕は即座に正座し、極度の緊張からか声を震わせながらもなんとか今回

の作品総評のお礼を伝えた。

 電話口から聞こえる男性のなんとも甘くソフトな語り口に加え、再び

繰り返えされる称賛コメントに夢心地だった僕だが次第に現実へと引き

戻される事となった。


『……えっ、それって自費出版って事ですか?』

『あっ、はい。で、でも売れなかった場合を考えるとちょっと……』

『実績を作るべきと言われましても……』

         ・

         ・

         ・

『すみませんが費用の面もあるので少し検討させて下さい』


 ようやく受話器を置き、時計を見るとゆうに1時間を超えていた。 


「ふぅ~ 長かったな~ でもこれからもお付き合いがあるかもしれない

出版社だから無下に出来ないしな」と独り言を喋りながらもう一度ファイル

から用紙を取り出し目を通した。


 この総評ってホントなのかな?

 もしかして僕を騙してお金をむしり取ろうとしてるのかも!

 いや、出版社がそんな事しないよな。ってことはこの総評、信じて

イイんだよねっ! でもな~ 


 なんともモヤモヤした気分は当然睡眠を妨げ、寝不足気味の僕は明くる日

もいつものように店長とレジで日常業務をこなしていた。


「あの~ 店長、文育成出版って会社ご存知ですか?」

「知ってるよ。自費出版で有名な出版社だよ」

「えっ! そ、そうなんですか?」と僕は動揺を隠しながらももう少し

突っ込んで聞いてみた。

「商業出版はしてないんですか?」

「まぁ、なくはないと思うけど基本自費出版が彼らのビジネスモデルだろうね」

「はぁ~ そうなんだ」と気落ちした僕を勘のいい店長は見逃すはずもなく

何とも言えない笑みを浮かべながら核心を突いて来た。

「掛かって来たの?」

「えっ!」

「電話だよ。出版社から電話で作品褒められたの?」

「まっ、そうなんですけどね」と僕は特に汚れてもないレジ台を必死に拭く

仕草を見せた。

「そうね~ まぁ彼らの褒め言葉は真に受けない方が賢明だよ」と僕の肩を

軽く〈ポン!〉と叩き、そのままバックヤードに向かおうとする店長を引き

止めるように僕は続けた。

「あの~ 店長、もう少しお聞きしてもいいですか?」

「いいよ。どうぞ」と店長はほどきかけたエプロンの紐を締め直し、レジの

上に手を掛けた。

「やっぱり作品の総評はアテにならないってことですよね」

「そうだね。キミは出版社にとって大切なお客様だからね~ 営業トーク

だと思うよ~」と鼻の下を人差し指でかくような仕草を見せた。

「やっぱりそういう事か……」

「ちなみにコンテストの結果はどうだったの?」

「一次選考落ちです」

「あ~ それじゃ~ 営業トーク確定だね!」とあまりにもストレートな

言い回しに若干気を悪くしながらもあからさまに落ち込む僕を気づかってか

店長から思いもよらぬ言葉が飛び出した。

「もしよければ出版社紹介してあげよっか?」

「えっ! どういうことですか?」

「実は大学時代の親友が出版社で編集長やっててさ、大手じゃないけどね」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、そうなんだけど。田町くん、どうする?」

「ぜひお願いします!」と僕は再び満面の笑みでピカピカのレジ台を意味も

なく高速でふき始めた。

「まさかいきなり作家デビュー出来るなんて考えてないよね? 一応聞くけど」

「もちろんですよ、作家の道は険しいんでしょ!」

「そ、そうだよ。じゃ~ 連絡しておくよ」

「あ、ありがとうございます!」


 自身が発した言葉とは裏腹にまるで小説家への優先チケットを手にしたか

ようにはしゃぐ僕はその後当然のごとくイヤというほど出版業界の厳しさ、 

すなわち現実を知る事となる。

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