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 僕は二重投稿についての情報を得るため各小説サイトを閲覧し、その

意味を知れば知るほどそれまで高水準に保たれていた僕のテンションが

一気に降下し始めた。

 記事によると二重投稿とは一つの作品を同時に複数のコンテストに

応募する事で、出版業界ではタブー視、或いは禁止されているらしい。

 もし受賞後に二重投稿が発覚すれば賞の取り消しはもちろんのこと、

最悪の場合業界のブラックリストに載る可能性もあるらしい。

 但し賞に落選した場合その作品を違うコンテストに応募する、いわゆる

”使い回し”は問題なく、あくまで同時というのがルール違反のようだ。

 当初作品を出来るだけ多くのコンテストに応募する予定だった僕は

何故ルール違反なのか理解に苦しんだ。

 

 えぇ―っ、どうしてダメなの? 

 一作品に対し一つのコンテストってことは結果発表までこの作品は

動かせないってこと? それって非効率だし受賞確率も悪くなるじゃん。

 そもそも小説ってそんなにサクサク出来るもんじゃないのに。

 何か納得出来ないんだよな~ そうそう、就活はどうなのよ。

 あれって何社も同時にエントリーしてんじゃん。なのに小説だけ

どうしてルール違反なの? しかも就活よりずっと狭き門なのにさ。


 口々に自分勝手な屁理屈を並べながらも僕は渋々一番締め切りが近い

コンテストを一つ選び、必要な修正を加えた後、稚拙な文章ながらも

なんとか書き上げた作品をポストに投函した。 

 

――

―――

――――


 それから約一か月余りが過ぎた頃、少し分厚めの封書が一通僕の元に

届いた。

 バイトの時間が迫っていた僕はとりあえず封書を自転車の前カゴに

放り込みコンビニへと向かうが、いつもと違い心弾むのは確実に封書に

印刷された【文育成出版社】という文字のせいだろう。

 休み時間、バックヤードで誰もいないのを確認すると僕はハサミで

一気に封書を開封し中身を覗き込んだ。

 

 いよいよだな。さぁ~て結果は!! 


 僕は取り出した出版社の宣伝用小雑誌には目もくれずA4サイズの

クリアファイルから数枚の用紙を慎重に抜き取り目を通した。


 え――っ! 落選って~ だったらこんな封書送ってこなくても

いいのに~ ちょっと期待しちゃったよ~ も~っ!


 若干ふてくされながらも2枚目に目をやると落選したにもかかわらず

作品に対する数々の賞賛コメントに思わず目尻が下がり始めた。


”テンポのいいストリート展開”(いやいやそれほどでも~)

 ”蜘蛛視点という斬新な設定”(うん、まぁ、そ、そうかな、ふっ!)

  ”粗削りながらキラリと光る内容”(そ、そっか~ 才能アリっかな)

 

 僕はニヤけた表情そのままバックヤードから店長がいるレジへ向かった。


〈チィ――ン!〉


「あっ、田町くん、レンジのお弁当、お願い!」

「はい!」


 僕は熱々のあんかけ焼きそばをいつもより丁寧に袋に収め、お客さんに

手渡し頭を下げた。


「田町くん、今日はやけにご機嫌さんだね。何かイイ事あった?」

「あっ、いえ、特に」(分かる~ ふふっ!)

「そうそう、聞いたよ。長澤さんから。田町くん小説書いてるんだって」

「えっ、まぁ、そうですけど」(あの子おしゃべりだな~)

「まぁ、小説書く事に水さすつもりはないけどあくまでも趣味に留めて

おいた方がイイよ」

「どうしてですか?」と僕は少々不満気に尋ねた。

「そりゃ~ 職業に出来るほど甘い世界じゃないからだよ」と妙に得意げな

店長に僕はまるで反発するかのように続けた。

「でも当たったら大きいし、夢があると思いません?」

「当たったらって純粋に小説でメシ食ってる作家ってほんの一握りなんだよ」

「えっ、そ、そうなんですか?」

「そうだよ」と店長は呆れた表情で伝票をめくり始めた。

 

 どうにも納得出来ず首を傾げる僕に店長はこちらをいっさい見る事なく

質問をぶつけてきた。


「じゃ~ 田町くんが知ってる作家を5人ほどあげてごらん」

「えっ、え~っと急にそんな事言われても~ え~ あっ!

南野大吾、あと~ 村下冬樹でしょ、それと~」

「ハイ! 時間切れ。もう分かったろ、売れてる作家ってのはほんの一握り

なんだよ。他の業界に比べて断トツに少ないんだよ」

「そ、そうなんですね」と僕はあっさり納得させられてしまった。

「しかも今の出版業界は超不況だから出版社側もつい既に固定客が付いてる

人気作家の奪い合いになるんで新人にとってとてつもなく不利な状況なん

だよ」と店長は伝票を整え笑顔を覗かせた。

 S気質なのか十分落ち込んだ僕に店長は更に追い打ちをかけるように続けた。

「こんなありえない状況下でも毎回公募には数千を越える小説が集まるし、

一次選考で落とされた大多数の作品には総評すらないんだからね。ホント

厳しい世界だよ」

「えっ、感想とかもですか?」

「そうだよ、そんなのあるわけないじゃない」

「えぇ― ホントですか~」

「あれ? 何? 疑ってるの? あのね、出版社はそんなヒマじゃないんだよ」

「でもやっとの思いで書き上げた長編小説なのに何にもナシって」

「そういうもんだよ。まっ、出版社と強力なコネクションがあるとか、あと

作品が飛びぬけて凄い場合は何らかの総評を貰えるかもしれないけどさ」

と店長が人差し指を立てると僕の心拍数が一気に跳ね上がった。


(さ、さっきの総評…… 数ページにわたる称賛コメントの数々……

ボクと出版社のコネクションがないってことは…… まさかの凄い作品!!)


「田町くん、どうかしたの?」

「えっ! あっ、いや~ ふふっ!」

「何だよ~ 気持ち悪いな~ どうしたのよ~」

「何でもないですよ、店ぇん長!」「あっ、いらっしゃいませ――っ!」


 僕はまさに天にも昇るような気持ちを噛みしめこの日の仕事を終えたが、

帰宅後出版社からの電話で夢のような時間はあえなく終了となった。

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