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――再び5年前――



「お~い、あんまり奥に行くとホコリが付いちゃうよ!」

「何だよ、無視すんなよな~」

 

 僕はスナック菓子を補充しながら棚と棚の隙間に入り込む小さな虫

にこっそり話しかけてると突然後ろから同僚に声掛けられた。


「田町さん、誰と喋ってるんですか?」

「あっ、長澤さん、正式名は分んないけど今奥に入った虫にだけど」

「コワ~い。田町さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫って何が?」と僕はとぼけた表情で頬を指で軽くひっかいた。

「ふぅ~ 外の掃除終わったんで何かお手伝いしましょうか?」と彼女は

少し呆れた表情でその場にしゃがみ込んだ。

「じゃ~ 後ろにあるその段ボールにカップ麺入ってるから補充して

もらおっかな」

「は―い!」と笑顔の彼女は手際よく段ボールを開封し始めた。


 彼女は先月入ったばかりの新人で、週3で主に夕方からシフトに加わる

現役女子大生だ。

 話しやすく常に明るい彼女の性格からお客さんが少なくなると今日の

ような彼女との他愛もないお話タイムが週に3回必ず訪れる。


「ところで田町さん、最近何かいい事あったんですか?」

「えっ、分かる!」

「えぇ、分かりますよ、顔見たら。何があったんですか?」

「うん! まぁね~」と僕は得意げに鼻の下を人差し指で軽くひっかいた。

「何ですか? も~ 教えて下さいよ」

「え、そんなに知りたい?」

「もったいぶらないで下さいよぉ~」と彼女はしゃがんだ姿勢のまま僕との

距離を一気に詰めてきた。

「実はね、小説。長編小説がやっと完成したんだ」

「えっ、田町さんが、小説? スゴイじゃないですか!」

「まさかホントに完成するとは思ってなかったんだけどね」と頭をかくと

彼女は笑顔のまま何故か当然の流れのように話題を変えてきた。


「ところでココの店長ってどんな人なんですか?」

「えっ?」(しょ、小説の話は?)

「どうかしたんですか?」

「あっ、いや、どんなって言われても」(うそ、ホントに終わり?)

「普通、コンビニの店長ってバイト代削ってけっこう長い時間お店に

いるっていうイメージなんだけどな~」

「でもそれはお店によるんじゃないの」(ってかカンバ―ック・ノ―ベル!)

「確かにそうかもしれないですけどココの店長って外出多くないですか?」

「まぁ、多い方かもね」

「意外とお坊ちゃんだったりして、ふふっ!」

「えっ、そ、そうかもね」


「…………」

     「…………」

 

 二人の間にゆらゆら漂う沈黙のバトンを僕はここぞとばかり掴み取る

とそのまま強引に会話の巻き戻しにかかった。


「ふぁ、ふぁんたじーなんだ」(よ、よし!)

「ファンタジーって小説のこと?」(いいぞ。そのままGO!)

「そう! なぜか急に人間以外の目線から見たこの社会の矛盾や不条理を

小説を通して表現したくなったんだ。で、でも実際執筆活動は結構大変

でさ~ 実際完成した時はホント嬉しかったよ。ハハッ! だ、だからって

ワケじゃないけど僕にとって大切な物だから今日もリュックに小説入れて

来たんだ!」と少し声を上ずらせながらも僕は早口でなんとか長ゼリフを

言い切った。


(さぁ、キミのセリフだよ。なんなら今から速攻で小説取って来ようか!)


「へぇ~ 何かスゴイですね」「あっ、田町さん、それよりもう上がる

時間ですよ。後は私に任せて!」とあっさり彼女に会話を打ち切られた

僕はその夜、少し冷静な面持ちで大切な作品のコピー3部をアパートの

リビング床に置きながらつい独り言を呟いていた。


 確かに他人からしてみれば小説書き上げた事なんてどうでもいいよな。

 もし興味もないのに相手の話に乗ろうもんなら「読んでみる?」って

なって次は「ぜひ感想聞かせて!」になってイヤイヤでも小説読まなきゃ

いけなくなるもんな、しかも長編を。

 彼女はスルーしてるのに必死に戻そうとしてるボクって……。

 

「ふぅ~ なんか来週、長澤さんと顔合わせづらいな」 


 小説執筆なんて所詮作者の独りよがりだとようやく気づかされた僕は

とりあえず作品募集から小説に関する記事を片っ端から検索に掛けた。

 すると普段ほとんど本を読まない僕にまるで警告するかのような情報が

一気に画面から溢れ出た。


 うそっ! 段落の初めは一文字開けるの?

 三点リーダーって2つ重ねなきゃいけないの?

 えっ! ?の後は一文字開けるって? 全部知らなかったよ~


 そんな基本的な作法に加え、更に僕を困惑させたのはたまたまとある

質問コーナーで見つけた【二重投稿】という僕にとってあまり聞きなれない

ワードだった。

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