3-1(6)

 ……あの日、そうあの日僕が奇跡的に助かった大雨の日からちょうど

一週間が過ぎた。


「イテテッ!」

(やっぱあの時すぐに病院で検査してもらうべきだったな) 

 

 どうやら暴走車を咄嗟にかわし尻餅をついた際、腰を強打した部分が

今頃になって痛み出したようだ。

 痛みを和らげるため腰を中心に数回上半身を前後に動かしていると

後ろから聞こえる馬鹿にされたような女性の笑い声に自意識過剰な僕は

瞬時に固まってしまった。

 僕はとりあえず笑い声が治まるまで無視し続け、その後ゆっくり後ろを

振り返ったが女性の姿はなかった。


(何だよ、気持ち悪いな~)

 

 腰をさすりながらガラスケース内に無造作に並ぶフィギュアやアニメ

関連グッズを見るも以前のような興味が復活するわけもなく僕は深い

ため息を吐いた。


(突然無趣味になったおかげで執筆に集中出来たけどさ~ もうボク、

小説辞めたんだから元の状態に戻してほしいよな) 

 

 自身も分からない誰かに向かって独り言を呟いていると店内スピーカー

のスイッチが入るような音がした。


〈番号札6番のお客様、お待たせしました。買取カウンターまで

お越しください〉


 店内に響く呼び出しアナウンスを耳に僕は突き当たり奥に見える階段

へと向かった。 

 節電のためか少し薄暗い階段を少し上り、ちょうど踊り場付近に差し

掛かった頃ふと目に飛び込んで来たのは一週間前、あの日見る予定だった

映画のポスターだった。

 店側もあまり関心がないのかポスターは若干右側に傾き、しかも破損

した箇所にテープなどで補正すらされていない状態にこの映画の不人気感

がいっそう際立って見える。


「ふぅ~」(張ってあるってことはまだ上映中なのか?)


 独り言と共に僕は再び深いため息を吐くと僕の右首筋に吐息がかかると

同時に耳元で声がした。


「アンタさぁ~ 何でさっきからため息ばっか吐いてんの」


『うわっ!』


 振り向く僕の目の前に若い女性の顔が……。


「ちょ、ちょっとぉ~ 急に振り向かないでよね。焦るじゃない」

「キミ、もしかしてさっきボク見て笑った?」

「そりゃ~ あんなカクカクした変な動き見せられたら笑うわよ、普通」

「あの~」

「何よ?」

「ち、ちょっと顔が近いんだけど」

「アンタが下がればいいでしょ!」

「あっ、ご、ごめん。そうだよね」

「ところでアンタこれ観に行った?」

「コレって映画の事?」

「映画以外に何があるのよ」

「そ、そうだよね。ボクはまだ見てないけど、キミは?」

「えっ、見てないって…… ホントなの?」

「う、うん」


 素っ気ない僕の答え方が気に入らなかったのか彼女は不機嫌そうに再び

顔を近づけると「なるほどね~ だからか」と彼女なりに納得したのか

僕の肩を数回叩くような素振りを見せた。


「な、何だよ」

「別っに~」 

「まぁ、それはそうと映画はどうだったの?」

「もうグダグダね」

「いや、そんなことないでしょ。いいトコもあったんじゃない?」

「全~然ん。返金レベルのヒドさだったわよ」

「具体的にどこがダメだったの?」

「どこって言うか全体的に一貫性がないのよね~」

「一貫性?」

「そう、一貫性よ。まずこの監督と原作者が映画製作にあたってお互い

しっかり協議したのかかなり怪しいわね。それに加えてストーリーに全然

リアリティーさ感じないしね。きっとこの映画に関わったスタッフは全員

恋愛経験ゼロだね」

「ハハッ! なんか凄い分析力だね」

「でも特にダメなのは主演女優、つまりヒロイン役の元アイドルかな。

彼女の演技力のなさったらもう~」

                「あれ、どうかした?」


「もう分かったから」と僕は彼女を振り切るように階段を一気に駆け上がり

2階へと向かった。

 階段から一番遠くの薄暗い非常口近くのコーナーにとりあえず避難した

僕は無造作に並ぶ単行本を一冊棚から抜き取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る