第23,5話 くだらない幻想に藍蓮華を


「よお、人の眠り遮ってこんなところに呼び出して、一体何のつもりだ?」

 木製の古臭い本棚に、豆の匂いの染みつくこの部屋に呼び出された俺は、いらだちを隠さない。それは夜遅くに呼び出されたからではない。

「翔哉、いや今は月夜くんと呼ぶべきでしょうか。本当に優れた推理能力をお持ちのようですね。」

 名前なんて好きに呼べと言ったはずだが、推理能力ねえ。こんなものでそれが図れるとは到底思えないが。俺は紙切れを飛行機にして鈴愛へと飛ばす。彼女は人差し指を前に出すと、紙飛行機の先が当たってそのまま地面に落ちた。

「ふふっ、全問正解です。」

 紙の断片しか見えていないのに、そんなことを言う。ちゃんと見ないなら適当に埋めておけばよかった。穴あけクロスワードの答えがわかっても、そのヒントとなる問題をすべて解いたのは大したレベルじゃなかったからだ。由佳里が寝静まるまで家を出れないから暇でしかたなかっただけで、そこまでやる必要はねえ。ついでに言えば翔哉も寝ている必要があった。

「それで、早く理由を教えろよ。あと5分だ。」

 それを超えれば終電に間に合わない。この家に泊まるのは面倒だ。なぜなら目覚めるのは翔哉、何も言わずにここにきたから起きたら困惑するだろう。妹に叱られるときに俺を呼び出されたら面倒だ。あとは寝みい。この前急に長時間活動したせいでどっと疲れがたまっている。起きているだけで疲れるんだ、こんな遅い時間じゃ余計に睡眠欲を掻き立てられる。



「では早速。あなたは、大切なご親友を殺めた相手を野放しにしておいて、本当にいいいのですか?」

 その話か、全く人の傷口に塩を塗るなんて人がしていいことじゃない。

「今更どうでもいい。どこにいるかもわからんやつを相手にしていられるか。」

 あいつらの顔を覚えていたって、途中からは学校に行っていないんだ。彼らの進学先など知らない。

「犯人の所在地を分かっていると言っても?」

「何?」

 その言葉は聞き捨てられない。犯人の名前も言ってないのに、そんなことわかるはずがないからだ。すると彼女はパソコンを開いた。

「全く面倒な社会だな。その液晶一つで、人の過去をいくらでも深堀できるんだから。」

 それを見て俺は心底うんざりした。携帯でさえ人が触っているところしか見たことがないが、彼女がしたことの困難さは理解できる。こんなこと、当たり前にできていいことじゃない。

 俺の過去をもとに中学校のデータを拾い集め、そしてクモの糸のように情報を広げていく。そこから得た情報をもとに犯人と予測される人間をパーセンテージされている。90パーセント以上、それは確かに記憶の中で見た犯人どもの顔を表示させていた。

「これをお前ひとりでか?」

「さあ、どうでしょうね。」

 考えれるのは二つ、一つはこいつがとんでもないコンピューター技術を持っているということ。もう一つは鈴羽が翔哉の姿を借りて旧友や当時の教員から話を聞いて情報を集めたということ。後者なら加えて姉の能力で口が堅い相手でも割らせることができる。

「悪いがそれを見せられたところで利用する気は全くない。警察に売るなり好きにしな。」

「本当にそれでいいんですね。」

 しつこい。こいつはどうしてそこまで……ああ、そういうことか。

「お前、過去の何を恨んでいるんだ?」

 すると彼女は黙った。そういうことか、口を割らせる能力なんて何を望んで得た能力かと思ったが、そういうことなら納得だ。こいつは誰かを恨んでいる。そいつから何か聞き出したいことがあるのだろう。俺の身に起きた不幸から救ってやるつもりだろうか?それで仮を作って自身の手伝いもさせる。いわば共犯者関係を秘密裏に作るといったところだろう。


「俺は復讐にどうこう言う気はさらさらねえよ。過去にそうしようとしたことは確かだからな。でも勝手にしろ。犯人なんかどうでもいい、何度も言わせるな。」

「そうですか。」

 あいつらは殺したって許すことができない。俺の時は一年半前に止まった。いつだって、あのときの記憶を力を使わなくても思い出せる。だが手をださない。そう心に誓ったあの日から、変わることはない。

「だが、あいつがどうするかは知らないけどな。ん、ごちそうさん。苦かったよ。」

 俺はカップを置いて、部屋を出た。皆腹に一物抱えているということか。きっと鈴羽にも何かしらの過去はあっただろうが、興味がない。好きにすればいい。この世界に生まれてきたんだ。そこですることを決めるのは俺たち自身だ。でも鈴愛、自由とは衝突のぶつかりあいだということを忘れるな。だれかの自由は誰かの弊害だ。人が自由であり続けられることなんてありはしないのだからな。

 はあ、時間もねえ。二階から浴びる光を背に、走っていった。



 月夜か。俺が月海、お前のことを愛していた側だったら、一体どんな言葉を送っただろうな。その名を込めた気障きざなセリフを年甲斐ながら吐いていただろうか?人の心を忘れてしまった俺にはもう想像さえできない。

 


 俺もお前も、輝くのはだけでいい。


 本来記憶なんて忘れていくものだから。


【在りし日、君の瞳は月並みに綺麗だった 完】

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