第23話 re:

 彼は自身の起きた出来事を語り終えると、すっと静かになった。そしてしばらく誰も口を開くことはなかった。各々、話を理解することにいっぱいいっぱいだろう。

 彼は過去に友人を失っていた。自分を愛してくれた友人を。それだけじゃない。彼は自分の体の自由まで失ったんだ。そのつらさは俺には想像できない。

「妹の最後の手紙を読んで、それから私もおかしくなったの。あの子の恋を叶えてあげたくて、それから感情や行動が時々制御できなくなって、翔哉くんの周りに友達ができてからは、焦りっていうのかな?どんどん制御もできないで、私、いっぱい迷惑かけちゃった。ごめんね。」

 二人が能力に目覚め始めたのはそのころだったのか。もしお互いが自身の身に起きたことを知っていればあるいは……いや、起こらなかった世界の果てを予測したって誰も救われない。

「俺も、お前のことをすっかり忘れていたんだ。勝手に行動して、不安も煽って、心配もかけて、すまなかった。」

 俺が自分の能力に目覚めなければ、愛海を忘れることはなかった。けれども、目覚めたことで彼は自分が知りたい真実、月海に何が起こったかを知ることができた。能力はその人の使い方次第、まさにその通りだ。愛海はもう神隠しは使えないから再び暴走する危険性は少ないが、俺は何をするかわからない。この力が暴走して、誰かを傷つけることになったら、そのときは……

「お互い、自身の能力を高めあわなければいけませんね。相手が暴走した時には、私が止めないと。」

 鈴愛もまた、俺と同じことを考え、その解決策を提示した。

「お姉ちゃんが暴走したら私が助けるので先輩は何もしなくていいですからねー。」

 鈴羽は姉に抱き着いて、我がものと言わんばかりに振舞う。そうだな。あまり心配する必要はないかもしれない。想像以上に彼女らは頼もしい。

「そーだ、先輩のもう一人の先輩に名前つけなきゃですね。」

「名前?」

 確かに彼とかあいつとか、そんな呼び方より名前があったほうがわかりやすいが、もとはと言えばこの体は彼のもの。彼こそが翔哉であり、俺のほうが名前を変えるのが筋だろう。その旨を伝えると「何言ってるんですか、そしたら何も知らない人が聞いたら困惑しちゃいますよ。」と返された。それもそうだ。周りから痛い目で見られるのはきつい。

「そうですね~月夜げつやなんてどうですか?かっこいいし。」

 まるで少年のような感覚で名づけをする。名前なんだからもっと時間をかけて考えるものではないだろうか。

『なんだって好きに呼べよ。さっさと寝させろ。』

 それに対し彼はめんどくさそうにしゃべる。自分のことを話されると気になって眠れないということだろうか。いや、全然興味なさそうだが。

「じゃあ、そういうことにするか。」

 彼がそれでいいというのなら俺から何か言うことはない。能力を使う前に名前を呼べば今まで以上に早く月夜を呼び出すことができるだろう。



 鈴羽、鈴愛、月夜、時々愛海、俺たちは非日常な世界へと、足を踏み入れ始めた。









                    *

 これはその数日後、ファミリーレストランに来た俺たちは、店員に友人が先に座っていることを言って中に入る。

「やあ、二人とも。」

 結城が入店した俺と愛海に声を掛ける。その後ろには三波もいた。


「依頼屋さんからお話は聞いているかと思いますが、そのうえで謝罪させてください。あなたたちを巻き込んでしまい、ごめんなさい。」

 彼女は席に座り、店員がコップを置いて立ち去った後、口を開いてそう言った。

「うん、事情はわかったよ。こうやって顔を合わせたんだ。僕たちは別に責める気もなければ、追及もしないよ。」

「私も同じ。」

 結城に続いて三波も揃えて言う。二人ともつらい思いをしただろうがあえてそこに触れず、穏便に話を進めようとしてくれている。おかげで愛海も、緊張感やらが解けて自然に話せるようになっていった。



「それにしても翔哉くんが記憶を失っていたとはね。」

 流石に二重人格のことについては話していないだろうが、鈴愛はほとんどのことを今回も伝えていたようだ。

「俺も気づかなかったんだよ。当たり前のように過ごしてたからな。」

 過去なんて思い出す気にもならなかった。

「あんたが数学出来ない理由もそれかもね。」

 あー今度からそれを言い訳にしたら楽そうだな。膨れていると店員が来て、トレーに置かれた品を順番に置いていった。フライドポテト、ジュース、その他もろもろは結城達があらかじめ頼んでいたものだろう。それをつまみながら話し始めるとだんだん空気はよくなり、愛海も時々笑うようになった。

「そうだ、愛海さんも明日から一緒にお昼食べない?」

 結城の何気にない言葉に愛海はゆっくりと頷いた。

「よかった。これで三波に女の子の友達ができたね。」

「ちょ!どういう意味よ。」

 三波は箸を落としそうになる。そういうところは結城らしいな。普段から三波の交友関係を心配しながらも、直接には何も言わずにいたから。

「あの、私でいいのですか?」

「まっ、まあいいわよ。」

 三波は照れながら答える。彼女だって同性の友人を求めていた。普段はそんな素振りを見せないけれど、その願いが叶ってよかっただろう。




 俺たちの日常さえも少しずつ色を付け始めた。四人とも、違う色を一つの枝に……







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