第12話 浮気性の愛は毒を吐く
そして次の日の放課後、誰も使っていない茶道部の部室の中で待っていると扉が開く。
「ほんとに空いてるし……どうなってんのよ。」
そんな独り言を吐きながら、倉梨は時間通りにやってきた。疑心を持ちながら恐る恐る来たことが表情から伺える。
「あんたは翔哉っ、と……あんたは?」
見慣れない少女の同行に疑問の意を示す。
「こんにちは。私は1年の足立鈴羽です。今日はご足労ありがとうございます。」
鈴羽を知らない倉梨に丁寧に挨拶をする。
「そんな真面目なのはいいから、何の用で呼び出したのか教えてくれない?私友達待たせてんだけど。」
しかし倉梨はそんなことはいいからと早く話をするように促す。
「ではお友達にご連絡差し上げたほうがよろしいかと。」
いたずら顔で鈴羽は返す。
この空気にただならぬ何かを感じたのだろう。すると倉梨は舌打ちして携帯で電話を掛けた。
「ほらっ、これでいいでしょ。」
彼女は俺らの名前を出すことはないものの、愚痴を言いながら遅れることを伝えていた。ほんとにいい度胸してるよ。
「ありがとうございます。ですがその前に一人、まだ来ていない方がいますので。」
「まだ来てない?」
倉梨は首を傾げる。本当は三波や結城も呼ぶべきだったが私情で顔を合わせずらい。そのため俺は彼女を前日送ったメールで呼び出した。
「こんにちは……」
ゆっくりと引き戸を動かしながら入る彼女。その声に聞き覚えがあったのだろう。振り向きざまに
「愛海、あんたがなんで。」
と倉梨は名前を口にした。
愛海は扉を閉めると、倉梨から少し距離を離して立つ。気の強い倉梨を避けるようで、一瞬目を合わせてから二度と目を合わせようとしない。
「これで全員揃いましたね。では待たせているお友達さんにも申し訳ないので早速説明させていただきましょうか。ねえ、犯・人・さん?」
すると鈴羽は数日前に喫茶店で見た雰囲気を
「なっ、なによ犯人って?」
あまりの変貌に驚いて、倉梨は大きく動揺している。愛海も言葉には出さないが普段見せない驚いた表情をしていた。
「隠したってぇ無駄ですよ〜。あなたが愛海さんを利用して月島さんを脅す材料を作っていたことは明らかなんですからね〜。」
言葉を聞くと倉梨の顔は引きつり、目は上下左右に動いている。やはり、彼女は黒だ。警戒していたとはいえ、学年も違う相手に隠し事を暴かれるとは思っていなかったのだろう。
「な!何のことよ!」
しかし無理矢理にでも状況を変えようと声を荒げる。だがこうなっては鈴羽の思う壺だろう。横を見ると鈴羽は不敵な笑みを浮かべていた。ほら見たことか。
「落ち着いてまずは話を聞いてくださいよ〜つまりこういうことです。あなたは月島さんのことを恨んでいました。そんな彼女を学校から追い出せば、きっと結城さんは自分の事を見てくれるようになるに違いないと思ったはずです。そこでクラスを巻き込んだ壮大な計画を立てました、ね?」
鈴羽は徐々に口調を戻した。それにより冷徹さを用いた追い詰め
方へと形を変える。
口を開くことのできない倉梨は、鈴羽の問いかけに激しく首を横に振る。
「やれやれ、認めてもらえないのであれば計画の内容を説明しましょうか。まずあなたはクラスの有力なメンバーを呼び出してハニートラップを仕掛けました。これがその証拠ですよ。」
彼女のポケットからおもむろに取り出された携帯の画面、昨日の記憶をたどるにそこには“私強い人が好きだよ〜でも~誰もいないしクラスのあの人と付き合っちゃおうかな〜“と、痛い一文がSNSサイトにアップされたところを撮影した画像が載せられているはずだ。
「それ!私のじゃないし!」
倉梨は怒りか羞恥か顔を真っ赤にする。ユーザー名は全く違う。と言っても一目見て分かるハンドルメールだが否定するのが自然だ。ただ、
「そんな訳ありませんよ〜先週は学校近くのデパートカフェで撮ったカフェオレの写真、更に先々週にはあなたの身につけているピアスの写真を上げておられるじゃないですか〜。」
彼女は咄嗟に耳元を抑えた。
自撮りや本名だけが本人の個人情報を証明するわけではない。鈴羽は彼女のアカウントである証拠の画像を見せながら次々とスクロールしていく。鈴羽は能力を使わなくても尾行バレの危険性が極めて低い。SNSに公開された画像と合わせるために現場で撮った写真は褒められることではないが、単純に彼女の技術力だろう。
「そしてこのアカウントに三波さんがはめられた前日の貴重なつぶやきが投稿されていますよ〜。」
「あ!」
倉梨にも身に覚えがあったのだろう。
鈴羽が中指でさらにスクロールするとそこには"明日予定通りにお願いね〜“と可愛らしい絵文字が添えられていた。
「あなたと確信を得れましたから、ご友人の中からこの投稿に返答している方のもとにメールを送らせていただきました~。」
倉梨のように学年内外にかかわらず人間関係の広い人物は、友人とプライベートな部分もつながる場合が多い。普段の自分がどんなことをしているか晒すことで会話の流れを作ったり、もしくはリアルの友人からの高評価をほしいという承認欲求であったり、と目的は様々だろうが、反面プライバシーの面では他人に依存する部分がある。SNS上の友人が誤って個人情報がたどることが可能な写真やつぶやきを発信してしまうというのが一例だ。
「な、あいつらが裏切るはずが!」
信じられないような顔をする倉梨に、鈴羽は容赦しない。
「お友達さんにあなたの悪事を公表すると説明しましたら、快く情報提供くださいましたよ。」
クスクスと笑みを綻ばせながら嘲る。
無邪気な子供が悪事を働くように。
「私、もう疲れましたから翔哉くん。残りはおまかせしますね〜」
何言っているんだと言う前に彼女がもたれかかってくる。息が荒いので顔を触ると熱い。
「お前やっぱり無理して……」
「依頼ですから当然です、よ。」
鈴羽はしーっと口元に指を当てながらぼそっと言う。
俺は彼女をゆっくりと畳の上に寝転ばせて休ませ、再び倉梨と顔を合わせる。ここまで鈴羽は頑張ってくれたんだ。あとは俺がやらなければいけない。なんせ友人を嵌めてくれたせいで
「倉梨さん。あんたは愛海さんの気の弱さを利用して、愛海さんが僕に相談をかけるようにした。なら俺が与えた作戦はお前に筒抜けだ。だから俺が提案した作戦をお前は事前に知ることができていたはずだ。そしてお前はあの日、三波に盗むように命令した。盗む現場を撮った写真はお前も証拠として持っているだろう。そうやって俺らの仲が内側から潰れていくのを狙っていた。ちがうか?」
冷静だ。冷静になれ。強い口調で相手を追い詰めるのはいいが大事なところでミスをするな。反省を活かして、そんな言霊を脳内で唱える。今日は口がよく回る。その幸運に助けられ、駒は王手に差し掛かった。
「そうよ……言うとおりよ。私は三波がうっとおしくて仕方なかったのよ!あいつは私の邪魔ばかりして、そのせいで結城は。」
もう倉梨に無実の道はない。そんな彼女が始めたのは自己への言い訳であった。見せかけの正当性を主張しようとしている。俺の怒りは頂天に昇った。
「人のせいにしてんじゃねえよ。三波のせい?ちがうだろ!結城はお前の無茶な距離感に合わせれなかったんだよ。」
結城は性別で友人関係を決めない。そして友人でなくとも気さくに誰にでも話しかけることができる。だから最初のころは結城だって倉梨と普通に接していた。友人関係がこじれ始めたのは執拗に学校外で会おうとしたから。結城はもう少し友人としての段階を経てから遊ぶことにしたかったのだろう。彼は友人としての振る舞いの価値観が異なる倉梨と織が合わなかったんだ。
「俺は倉梨さんが結城と友人になろうとしてくれて嬉しかったんだ。俺や三波のように浮いた存在のせいであいつは何も悪くないのに距離を置かれていたからな。でも一つだけ許せねえよ。何かわかるか?それはな、お前が三波は愚か結城まで利用したことだ。」
三波を盗みに働かせるために倉梨は言ったはずだ。「結城の身が大事なら言うとおりにしろ」と。三波は倉梨の好意を知らない。だから三波は本当に結城が危ない目に合うと危機感をもったはずだ。脅されたら従わざる負えなくなる。倉梨がしたことはそれを利用した卑劣な手であった。
「好きな人を利用しちまうような恋なんかっ、ありやしないんだよ。」
かなぐり捨てて吐いた言葉に喉の痛みを感じる。俺は恋というものをしらない。なぜならその気持ちを抱いたことがないからだ。でも俺は自分の言葉を信じたい。交友関係が人それぞれであるとはいえ、それだけは共通理解であってほしい。
あれほど気を付けていた冷静さも、とっくに忘れていた。彼女のしたことの非道さに胸を押しつぶされ、俺はもう言葉を選ぶことはできない。
「あ、ああ‥‥‥」
すると倉梨はそのまま地面に膝をつけた。我に返って自分のしたことの過ちを後悔する。ミステリー本ではありがちだ。取り返しのつかないことをしてしまったと、人はいつも後悔することでしか学ばない。
理屈など、常識など、本当に理解できる人間なんて極わずかにすぎないのかもしれない。自分の過ちと彼女の過ちを重ねて感じたそんな焦燥に、心の居場所を手でそっと抑えた。
「倉梨さん。詳しい処分は後日させていただきます。お話もしっかり聞かせていただきますからね。」
目を覚ました鈴羽は宣告する。額には汗を掻いているがすっかりと調子がもどり、愛想良い自然体の少女の姿に少し安心する。
「翔哉くんごめん!」
それは愛海が今までで一番の大きな声であった。経緯はどうであれ倉梨の片棒を掴んでいたからだろう。
「いいんだ。脅されていたなら仕方がない。それでも謝るならそれは三波にだ。」
俺は友人がいつも通りに戻ってくれればそれでいい。俺が入れる隙間が戻ってくるかは分からないが……、いつかちゃんと言葉にしよう。
いつもどおりの日常を取り戻したい。そのためにならと今なら何でもできるような気がしている。所詮俺がしたことなどなんて足立姉妹に比べれば
「先輩?」
鈴羽が問う。どうしたの?もう事件は解決したよ?ほら、早く帰ろうよ。そんな言葉を含んでいるかのように思える彼女の言動に、気のせいかと思う。
「うっ!」
その瞬間、どくんと心臓に衝撃が走った。俺はその場にばたりと倒れ、それに驚いた鈴羽が
そして俺は目を開ける。そこにあったのは無であった。真っ暗で、手を伸ばしても感触がない。死んだのか?
「よお愛海。」
すると俺の声が聞こえてきた。俺の口から出たわけではない。とするとこれは鈴羽によるものだろうか?だとしたら危険、あいつは倒れる寸前だった。声が聞こえているということは俺は生きているはず。今起こっている状況を一目見ようと集中する。
すると徐々に視界が広がっていった。しかしどうしたことか、俺の目の前には鈴羽がいた。
「いい演技だったな、練習したのか?」
やはり俺の声が聞こえる。そしてもう一つ不自然な点がある。それは視界が高いことだ。目を開けただけで体を起こした記憶はない。
その
俺の視界は、膝をついて顔を抑える愛海にフォーカスされて、拡大していく。そして、顔を手で隠してうつむき泣いている少女の手をどけた。俺の瞳に映ったそれは、泣いていたようで口角は上がり、小刻みに震えるようで笑いをこらえきることのできなかった姿であった。
「あ、あれ?」
愛海は、顔をゆがめた。
「さて、遊びは終わりだ。そろそろ真相とやらを語ってやるとするか。」
「黄金色……」
種子は発芽し、事件の謎は今紐解かれた。
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