第13話 1LDKの探偵
「真犯人よぅ。すべてが思い通りにいった気分はどうだ?」
誰かわからない、だが確かにその声は俺の口から出ている。そんな不可解な出来事に俺は直面していた。それに先程から体は言うことを聞いてくれない。
「なっ私はただ安堵してただけで……翔哉くん。なんで急にそんなこといいだすの?」
愛海は俺の方を向いて言った。まるで俺が愛海に話しかけたかのように。どうしてだ?喋っているのは俺じゃないはずだ。声で判断して勘違いしているのか?この場にいる全員の視線は俺の元から離れようとしない。
「あくまでしらばっくれるつもりか。まぁいい、じゃあ今回の事件の本当の台本を語ろうか。」
違和感は徐々に真実を写し始める。俺は気づいた、勘違いをしているのは俺のほうだ。この声は俺自身の口から発せられているのだということを。
「倉梨があんたを利用して三波を嵌めた、お前は確かにそう言ったな。」
「うん。翔哉くんがそういったんだよ。」
愛海は優しい言葉遣いで話す。やっぱりさっき見た彼女の顔は気のせいだ。俺はどうにかして勝手な行動を止め、弁解しようと何度も試すが上手くは行かない。次第に意識は薄れ去っていく。真実を中途半端にしたままこの事件を終わらせるわけには行かないのに……。
食いしばる歯もなく、虚無の世界へと囚われていった。
*
やっと俺に体が馴染んだ。久しぶりで時間がかかったおかげでかなり疲れた。やはり二人同時にはいられないか。あいつは俺が元居た空間に閉じ込められているだろう。手をグーとパーで繰り返し、肩を回す。
さて、時間もないようだしさっさと終わらせるか。
「じゃあなんで二週間も前から、準備をしているんだ?」
記憶を辿れば、俺のもとに愛海が最初に相談に来たのは約二週間前だ。三波が盗んだ現場を俺に見せるという状況を作り出すための準備にしては、用意が周到すぎる。
時間が経てば経つほど計画はズレが生じる危険性が増えるのは当然だ。俺なら相談をした二日後には、偽装の犯人が盗難した瞬間を目の当たりにさせる。
「それは!リアルにするためだって倉梨さんが……」
愛海は必死な
こいつの嘘は俺には通じない。過去の記憶に手を触れ確かめ終えると、水晶のような形をしたそれは氷が解けるように消えていった。
「それじゃあ、三波を退学まで追い詰めようとしたのはどうしてだ?」
第二の矢、矛盾は犯人の動機に対する実行内容。
「っ!」
どうやらこのことについて言い訳を準備していなかったらしい。ならば手間は省ける。
「倉梨は恋愛感情のために三波を退学にさせた?そんなもん理に叶わねぇよ。もう結城に近づくなと脅せばそれで終わりだろ?盗難の場面の写真を撮った時点で必勝なのに、どうしてそこまでする必要があるんだろうな?」
「確かにそれはそうかもしれないけど……そ、それでどうして私がやったことになあるのっ。」
愛海はあくまでも嘘を貫くようだ。だが今一度宣言しよう、謎は全て解けた。
「倉梨が自分で考えてこの偽装犯人を使うことを考えたなら、まずその方法を思いつくだろう。できなかった、いやそうしなかったのは倉梨にパトロンがいたからさ。三波を退学させるという計画をお前は倉梨に話した。最初に計画のすべてを話すことで他に方法はないんだと錯覚させたんだよ。」
「そんな!それなら私以外にだってできるじゃない!」
いいや、それは不可能だ。俺は目をつむりながら首を横に振る。
第三の矢、といいたいところだが、ちと時間がかかる。
できれば最後までこの手は使いたくなかったが、仕方がない。彼女が抵抗したんだ。見下した先には倉梨が放心状態でいる。都合が良い。
「お前が真犯人だと仮定しよう。すると必要な行動がある。それは打ち合わせだ。だが学校でお前らがどうどうと打ち合わせ出来るはずもない。じゃあ簡単だ。」
倉梨のポケットから携帯を抜き去り操作する。
「なっ、鍵がかかっているはず!」
そうだな。ほんと面倒な社会だ。でも、
「思い出した。」
鈴羽にあてられて携帯で友人に連絡を取ったときの記憶を、鮮明な映像が呼び起こす。そのとおりに指を動かすと鍵は外れた。記憶にあったのは鏡合わせだが大した難易度ではない。それにお前はとっさに冷静になったのはいいが、俺の前で聞いていなかった、なんてことは期待しないほうがいい。鍵がかかっているはず、なんて犯人が自白手前にするあっけらかんなミスじゃないか。もう矢を放った後だから言及しないが、お前は負けを認めたようなものだ。
奪った携帯を高速でスクロールし始める。
愛海が無口になって突っ立っていたのは幾分か評価しようがある。なんせこの指の動きがフェイクだったらお前が犯人できまりだからな。しかしどうしたものかな、人間は反射には勝てない。鍵が開いた瞬間とっさに出たお前の指は隠しようがない。
愛海はプルプルと肩を震わせ、歯を噛み締めながら睨む。あぁそうだ、その顔をもっと見せてくれ。冷静さを失くすのはライオンが歯を失うのと同意だ。もうお前は食われる側だ。
「鈴羽!」
「はっ、はい!」
もう体を動かせるだろ?お前には証言者になってもらわなければならないんだ。いつまでもねんねされちゃあ困る。
「お前が俺から来たと思っているメールにはなんと書いてあったんだ?」
「え?あっあぁ、“依頼があります。盗難事件の犯人を退学させたいのでお願いします。2年翔哉“だったと……思っている?」
彼女は素直に答えた後、俺の口ぶりに違和感を感じる。記憶力は多少マシだな。これで証拠はそろった。
「さぁて、どういうことか今度はあんたが説明する番だぜ?依頼主の翔哉(仮)さんよ。」
みるみると青白くなっていく彼女は生気を失っていくかのように見える。
「ちっ説明すんのもめんどくせえが、お前だよな、あのメールを送ったのは?」
ここで意識を失われちゃ台無しだ。さったと詰ませる。
「そんなはずは!あなたとメールをしていなければどうやって我が家にっ!」
愛海への質問を遮ってまで最初に反応したのは鈴羽だった。姉である鈴愛が依頼者本人かを確認できていなかったなんてミスをするわけない。そんな思いが見え隠れしている。
だがこれは回避不可能だったんだ。鈴羽、お前が依頼のポストだったら話は違ったんだがな。
「こいつが仲介してたんだよ。お前の姉に依頼メールをし、返って来たメールを違和感無い形に編集して、フリーアドレスで俺のもとに流した。大方顔を合わせさせるように書いた文だろう。」
「なっ、なんでそれに気づいたの?」
彼女の表情が大きく揺らいでいる。もう彼女からは隠そうとする仕草は見えない。
「メールアドレスは偽装できないんだ。お前がSNSに用いたアカウントのメールと一緒だったんだからな。」
俺から相談を受けていたときのアドレスと、依頼屋を装って俺にメールを送っていた及び倉梨との会話のメールのアドレスは違うってことだ。つまり彼女は2つのアドレスでこの事件をコントロールしていたんだ。
「だからさっき倉梨さんとのメールを見てあんなことばを……」
鈴羽も徐々に話の筋が読めるようになってきたようだ。これで話も円滑に進む。
「そういうことだ。愛海は俺に依頼屋をしってるかと一度聞いたな。俺は知らないと答えたらお前は話を変えた。当然だ、俺が依頼屋と以前に連絡してたら鈴愛にすぐにバレる。」
もしSNSサイトのアカウント用アドレスが他と紐付けされていなかったら気づけなかっただろう。まあ俺は、愛海が聞いたことすら忘れていたようだが……
それが愛海、お前の最後の失敗だ。
「もうあんたのやったことはお見通しだ。大人しくお縄にかかれよ。」
「ふふ……あははっ!」
すると愛海は上を向いて笑いあげ始めた。おとなしい普段の彼女が見せたことのない顔をしている。
空気が変わった。
「そのとおりだよ翔哉くん。でもそれはどうしてだと思う?」
「興味ないな。」
証拠がはっきりとした今彼女の回想編など知ったところで仕方ない。俺は警察官じゃねえんだ、真実さえわかれば他はどうでもいい。
「ひどいな〜。私は翔哉くんにひっつく邪魔な虫を駆除してあげようとしてたのにさあ。」
「何?」
彼女は抑えきれない笑い声を上げながら、意味のわからないことを口にしだす。瞳孔は開き、その雰囲気に既視感を感じる。鈴羽が見せたあの青い瞳、それに反して彼女は緑色。見れば見るほど気分が悪くなりそうだ。
「うざかったんだよねぇアイツら。仲がいいわけでもないのに翔哉くんに絡んできてさあ。私だけの翔哉くんを2人じめしようとするんだもん。」
悪魔めいた言葉、それを聞いて背中に怖気が走り出すとともに、急激な痛みを頭に感じる。ちっ、まだ……解決していないこんなときに!
抗うことのできないその暗闇に意識を吸い込まれた。
「どういうことなんだ?」
時間の経過、そして愛海の急激な変化に戸惑いながら素直な質問を投げかけた。俺がさっきまで話していた内容をかいつまんでしか思い出せない。
だが俺が目覚めた瞬間に愛海は言った言葉は耳から離れない。俺の周りの邪魔虫とは結城と三波のことをいっているのだろうか?状況へのあいまいな理解をしながらも、ただならぬ状況であると察して、拳に力を入れた。
「強気な翔哉くんもかっこいいけど、やっぱり私は今の翔哉くんがいいなあ。」
「質問に答えてくれないか?」
目の前の愛海はいつもの彼女らしくない。落ち着いた清廉な彼女はどこに行ってしまったんだ?
「ふふっ私の口から言わせたいなんて意地悪だなあ。でも特別だよっ。私はね、三波さんがだーーいきらいで今回のことを起こしたの。」
そういうと彼女は足を振り上げ、回し蹴りをその場でする。
距離の離れた俺と鈴羽には当たらない、がしかしそれは「うっ!」といううめき声と同時に倉梨の腹部に直撃した。
倉梨はそのまま地面に頭をつけて倒れて、苦しそうにお腹を抑える。
「こいつがへましなきゃっ、ちゃんとうまくいったのによ!ほら!」
そのまま愛海は荒ぶれるように、容赦ない一撃をまた彼女に食らわした。いつしか愛海の瞳は渦を巻くように斑点が浮かび上がっている。
普段はおとなしい彼女の行動に、足がすくみ、喉からは声もでない。
すぐに倉梨をかばわなければいけないのに体が動かない。
「あはっ!私も翔哉と一緒になれたねっ」
その笑顔を一言で表すなら「狂気」だろう。
「あっ、こんなはしたないところみたら愛してくれないよね。翔哉くん。こんどはそこにいるおんなも消してあげるね。みんないなくなったら一緒にデートしよっ。私行きたいところがいっぱいあるんだよね!」
彼女は蹴るのをやめるとこちらを向いて少しずつ歩を進めた。
やばい。逃げなければならない。
でも……後ろには未だ横になる鈴羽がいる。それに俺自身さっきからものすごい倦怠感に襲われていることに気がついた。
視界もぼやけ始めている。このまま何をしだすかわからないこいつを放ってはいられない。
どうしたらいい!?
また一歩足を近づける彼女は俺の前に立つ。
ふらつき足元を救われてその場に尻もちをつくと彼女の顔が自分の目の前にあった。
「ふふっ。翔哉くん、だい」
『止まりなさい。』
低くて細い女性の声、けれども同時に自分を落ち着かせてしまうその声に、なぜか安心感に満たされゆっくりと眠りについていった。
目を瞑る直前、「鈴愛……」と名前を言い残して。
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