第11話 心理も言葉も知ったかぶり


「本当か!?いやでも、真実って……」

 俺はてっきり退学させるまでの流れを説明するために呼び出したのだと思っていた。まだ俺が知らない何かがあるのだろうか?

「事件の始まり、それは倉梨さんが三波さんを陥れようとしたことがきっかけでした。」

 鈴愛は椅子に座りながら足をかけ、探偵のような口ぶりで話始めた。その一言一句を聞き漏らさないよう、集中して耳を傾ける。


 

 三波が、被害者?さっそく自分の中で矛盾が生じた。三波が愛海の私物を盗んでいた。現場を見ていたとき俺は、三波こそが犯人なのだと信じて疑わなかった。

「きっかけは結城さんへの好意が成就しないこと。次第に倉梨さんは焦りを増していきます。」

 倉梨の結城に対する好意には気づいていた。それが恋愛感情に近いことも……彼女はよく話しかけていたが、結城に相手にされることはなかった。焦りを感じても不思議ではない。


「そしてその焦りは徐々に、三波さんへの怒りへとあらぬ方向に変化をとげていきます。大方おおかた倉梨さんは自分の思いが彼に通じない原因が彼女の存在にあると感じたのでしょう。そこで倉梨さんは思いました、彼女がいなくなればいいと。」

 ぶっそうな考えだ。あくまで倉梨が抱く感情は鈴愛の推定だから着色はあるだろう。しかし、つまりそれは‥‥でもそれが真実なら俺はとんでもない間違いをしていたことになる。現実を目にしたくない、そんな臆病な自分が影にいた。でも今変わるしかない。ここで変わって、そして本当の真実を俺は知らなければならない。


 俺の知っていること、そして彼女の言葉から見えてくるものがあるはずだ。倉梨は結城に恋愛感情を、三波には憎しみを感じている。結城と三波が友人であることは倉梨が望んでいるはずがないというのは鈴愛の言う通りだ。だからといって鈴愛の言葉の通り退学させることは簡単でない。もし、三波は倉梨の命令で盗みを働いたのだとしたら、その裏には……

「三波は、倉梨の手によって利用された。結城にうまく盗難の犯人が三波であるという噂が流れ込めば、三波と結城の関係は最悪になってしまうから。」

 頭の中で考えたことは自然に口から出ていた。

「私も同じ考えです。」

 その言葉にまだ根拠も証拠もない。しかし自然に目が潤んでいた。

「良かった、三波が犯人じゃなくて……良かった。」

 その事実を確かめることができたからだろう。感動するにはまだ早い。でも自然に出てくるこの感情を心の中に閉まっておくことなど、できるはずのない。まぶたをぎゅっと閉じた。



「やはり勘違いされていたんですね。もしやあなたが倉梨さんとの仲があると思っていました。中々依頼を承諾なかったのは、犯人と疑っていた三波さんを庇おうとしていたんですね。」

 声のトーンがさがり、端切れ悪く聞こえる。前が上手く見えないものの、彼女が申し訳なさそううな顔をしているように感じる。確かに彼女が退学なんてぶっそうなことを最初から提示してこなければ、ここまで渋ることはなかっただろう。

 でも、彼女のおかげで気づけたことがある。

「友人だから盗みを見てみぬふりをするのは間違っている。でも俺には勇気をだすことができなかった。お前や鈴羽の言葉でこれからの俺が変われた。」


 俺たちの友人関係にはいつだって彼女三波が必要だった、そのことに気づいたのはつい最近、話さなくなってしまってからだ。友人になりたての頃、二人と俺の間に距離があった。俺は普段からだれとも話さないし、結城は気を遣ってなるべく俺から声を掛けることを待っていた。

 それを壊してくれたのは三波だった。一番興味なさそうな素振りをしながらも、いつも俺たちをつなぎ合わせてくれた。言葉はたまにきついが、そんな彼女が時に失敗してしまったときに見せる顔に笑った。優しさに甘えていつしか当たり前に感じて忘れかけていたものを、ようやく思い出した。


「わりぃ、柄にもなく感傷に浸った。続けてくれ……」

 滴を手で拭って、言葉を告げる。がらがらの声はしばらく治りそうにない。

 鈴愛は少し止まって頭を上げた。

「誤解が解けてよかったです。それから倉梨さんは、……」

 そして事件の真相を聞き終わった頃には、外はもう真っ暗になっていた。鈴愛の口から語られる真相の中で目にした証拠は、三波の無罪をより一層固いものにした。どうやら彼女の推理に抜け穴はなさそうだ。

「以上となります。何か質問はありますか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう。」

 素直に礼を言うことも、本当に久しぶりでためらいと恥ずかしさから、濁すように言う。

「私の役目ですから。」

 彼女は当然のことをしたまでとあくまで冷静を貫いたが、その表情は少しだけ満足そうであった。こんなにもややこしい事件をたった数日で解いてしまうんだ。誇らしいことだと思う。

「依頼していただけましたから、明日さっそく実行に移します。鈴羽を向かわせますがあなたは?」

「もちろんついていく。最後までちゃんと見届けたい。」

 それに色々言いたいこともある。友人として、

「そうですか。では伝えておきますね。明日の放課後、南校舎一階の茶道室前で。」

 彼女はパソコンのカレンダーを見てそう言った。

「鈴羽は大丈夫なんだよな?」

「気づいていたんですね。」

 鈴愛は視線を下に下げた。

 鈴羽の今日の仕草、どこがとははっきり言えないが無理をして振舞っているように見えた。やはり、体調面で何か問題があるのだろう。

「他人の姿を真似ること、発言をそっくりにすること、それらは使えば使うほど本人の脳に疲労が蓄積されていきます。謎を解くためさまざまな生徒の姿を借りたでしょうから、きっと疲れて今は眠っているでしょう。」

 そうとは気づかず、俺は……

「悪い。鈴羽に何回かの姿を見せてもらった。」

 顔には見せていなかっただけで、彼女はとてもつらい思いをしていたのだろう。

「知らなかったのは仕方ありませんよ。鈴羽だって自分の限界くらいわかりますから。」

 鈴愛は慰めるように言う。鈴羽は俺から信用を得るために能力を見せたと言った。途中で断れば本当は変装に何か仕掛けがあるのではないかと不審に思われるのを危惧していたのなら、そんな予想にさらに申し訳なさを感じる。

「一日休めば十分ですよ。何度か診てきましたから。」

 姉がいうなら……そのとおりだろう。下手に疑っても仕方ない。念の為、頭の中で時間と場所を確認する。どうやら倉梨は鈴愛がなんとかして呼び出してくれるらしい。方法は知らないが、元を辿れば彼女は連絡先を教えていないのにメールを送ってきた。何かしら手段はあるのだろう。



 明日が正念場だ。俺は事の顛末を見守らなければならない。1人の協力者として、1人の友人として。

 彼女に出送られるようにして喫茶店を発つと、近くの電灯がぽつん、ぽつんと点滅を繰り返していた。




 

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