第21話 夜空に名前を
二年前、それは残暑の続くある日の出来事だった。
「月海、何やっているんだそんなところで。」
学校からの帰り道、公園を横切るとブランコに座っていたクラスメイトを見つけ声をかける。
「やあ。今日は鍵を忘れちゃってね。お姉ちゃんが部活終わるまで帰れないんだ。」
彼女は頭を掻きながら照れくさそうにそう答えた。
「なら部活が始まる時に借りておけばいいだろ。お前ら双子なんだし。」
そう、彼女は珍しくも双子だ。姉はおしゃれにあまり関心のない大人しい生徒だが、月海はその強調系だ。口調もさることながら髪はショートヘアーにしている。制服を着ているので見間違うことはないが、私服だと男子と変わりない。そんな彼女は時々他人からからかわれることもあるのだが、本人は気にも留めずに愛想笑いでごまかしている。
「うん。でもお姉ちゃんのクラスに行ったらもういなかったんだよ。」
姉は確か放送部か。もうそろそろコンクールも始まるらしいし邪魔になりたくなかったんだろう。中学校の部活はあまり遅くまで活動できない。そして彼女の参加するコンクールは、サッカーや野球と違い予選がない。つまりいきなり全国大会に出場するようなものだ。そんな場所で些細なミスをしてしまえば取り返すのは一筋縄ではいかない。俺も最近はクラスの中でも話しかけない。というより紙を片手にい黙読する彼女の圧に押されているだけだが。
「それなら俺ん家来るか?」
「いいの?でも……」
「姉にはメールでも送っておけ。元から遊ぶ予定だったと言っておけばいいだろ。」
月海と俺の家は近い。だから昔からよく遊んでいた。最近は数は減ったが、今でも月に一度ぐらいは部屋でゲームをしながら遊ぶ仲だ。
「じゃあお邪魔するよ。今日は何する?」
月海は同意を示す。何事も前向きに行いそうなイメージを持たせる彼女だが、案外気の弱いところも多く、誰かのことを優先して優しくなりがちである。
「レースゲームなんていいんじゃないか?」
ちょうど二日前に新作を買ったところだ。まだあまり触っていないし実力差はでないだろう。
「いいね!早く行こう。」
月海はキラキラとした表情を見せる。乗り気になってくれたようだ。こうして月海とともに俺の家に行くことになった。
「翔哉、ゲームうますぎだよ。絶対練習したじゃん。」
レースゲームに負けた月海は悔しそうにこちらを見る。
俺が一位で月海は六位。この場合俺が強いというよりはCPUに負ける月海が弱いのではないだろうか。どうやらレースゲームは苦手らしい。この前は挌闘ゲームで惨敗したから今回ぐらいはボロ勝ちしてもいいだろう。
「次はお前の好きなゲームでいいぞ。」
少し調子に乗ってそんなことを言う。
「うーんじゃあこれ!」
かごの中から引っ張ってきたのは、少しほこりがかったパーティゲームだった。もう5、6年前に出たソフト。でも久しぶりにやると楽しくて、ついつい売らずに残している。
「あーでもそれ2人じゃちょっと足りないんじゃないか?」
すごろくでゴールを目指すゲームの都合上、2人では少し物足りない気がする。途中ボーナスアイテムを手に入れるためのミニゲームも、複数人でのプレイを想定して作られている。
「そっかあ」
月海は少し落ち込んだ様子で肩を下ろした。
別に2人だからつまらないというわけでもない。ここは彼女が楽しめるように盛り上げよう。
「じゃあ」
やっぱりやろうと言おうとすると、ピンポンと音がなった。妹だろうか?たまたま今日は部活が短かったかもしれない。
部屋に散乱したお菓子とジュース。これを見たらきっと激昂するだろう。妹の顔を想像して汗が止まらない。
「月海、妹が帰ってきたかもしれないからお菓子のゴミとか捨てておいてくれないか。」
「うんわかった。怒らせると怖いもんね。」
苦笑すると彼女は辺りに視線を回す。
「時間稼ぎは任せろ。」
胸にこぶしをこつんと当てて言う。ひとまず出迎えよう。俺は立ち上がり玄関へと向かった。
「おーおかえり……って愛海じゃないか。」
鍵を開けて扉を引くと出てきたのは由佳里ではなく愛海だった。学校から直接来たのだろう。彼女は制服を来たままだ。
「妹がお邪魔しているって聞いたけれど。まだいるの?」
「ああちょうどゲームしてたんだよ。」
不意に時計を見ると五時、ゲームをし始めてからもう一時間以上も経過していた。
「翔哉くん、私もお邪魔していいかな?」
愛海なら口を酸っぱくされることはない。スリッパを置き、部屋へと案内した。
彼女を部屋に入れると俺は冷蔵庫にお茶を取りに行った。二L入るペットボトルのふたを開け、紙コップの中に注ぎ終えるともとに戻して、冷蔵庫のドアを閉める。そしてコップを載せて部屋のドアを開けた。すると愛海は月海と同じようにテレビの画面を見ながらコントローラーを持っている。
「あっ翔哉。お姉ちゃんも一緒にゲームしたいってさ。早くやろっ」
月海はそう言って床をポンポンと叩く近くには俺のコントローラーが置いてあった。言われるがままに尻を地面につける。
「いいのか?愛海さん。」
家では機材を使うような本格的な練習はできないとはいえ、いつも夜遅くまで音読をしていることを知っている。その上学業にも抜かりはない。当然ながら時間はいくらあっても足りないだろう。それが気がかりであった。
「いいよ。たまには羽を伸ばしたいから。」
そういうなら断る理由もない。約1年ぶりに3人揃って遊ぶことにした。
「うわーまた最下位だ。お姉ちゃんも本気出しすぎ。」
「出る目に本気も何もないでしょ。」
ゲームは僅差で愛海の優勝であった。いくら運に左右されるかといってもミニゲームに勝てなければ勝ち目は薄いだろう。熱中していて覚えていないが愛海は普通にゲームがうまかった。うちに来たときぐらいしか触らないのに驚きだ。
「そういえばお腹減ってきたな。」
「そーいうと思ってもう作ってありますよー」
その声に思わず「げっ」と声が出た。リザルト画面から目を離すと、お玉を片手に仁王立ちする由佳里、俺の妹がいた。
「まったく、早く帰っても家事の一つもしないんだから。あ、愛海さんに月海さんもいっしょにどうですか?」
「いえ、そこまでしてもらうわけには……」
愛海は遠慮がちな姿勢で言葉を返した。
「いいのいいの。2人のためにカレーをつくったんだから一緒に食べましょっ」
なんてできた妹だろう。ちなみにこの話し方、作り笑顔でも愛想でもない。単に俺に厳しいだけだ。
「どうせ飯は食べなきゃいけないんだから食ってけよ。」
「お兄ちゃんは家事の手伝いくらいたまにはしなさい!」
由佳里はお玉でこつんと頭に当てる。すると姉妹はどっと笑いが出た。
「そういうことなら、ぜひ。」
愛海は礼をすると、月海も習うようにして慌てながら礼をした。
今日は賑やかな夕飯になりそうだ。
「ごちそうさまでした。」
玄関口で2人は丁寧に口を揃えて礼をいった。コロッケをあんなにも美味しそうな顔で食べてくれたんだ。作った人も冥利に尽きるというものだ。いや、俺はがつがつとご飯を平らげていただけだが、こうやって食後にはお茶を注ぐ。どうだ、兄らしいところを見せたかと由佳里の方を見ると、二人との談笑に花を咲かせていた。ああ、女子トークか、楽しいよな、はは。
「いつでも、また遊びに来てくれ。あと愛海、コンクールがんばれよ。」
彼女らと玄関前で別れ際に話をする。
「ええ。翔哉くんも部活に参加してみたら?」
「俺には向いてねえよ。それに始める前に引退だしな。」
文化部は三か月くらいはやっているだろうが、それにしたって俺が入って今更得られるものは少ないだろう。それにどちらにせよ飽き性の自分には厳しい練習も努力の積み重ねもできるようには思えない。きっと彼女のような人でなければ、自分の夢を叶えることなどできないのだろう。高校に行ったところで何か打ち込みたいと思える気もしない。そんな心情を察してか、愛海はそれ以上触れなかった。
「じゃあまた明日。」
愛海は後ろを振り向く、しかしそれに続く足音は聞こえない。
「月海?」
彼女は何も言わずに立っていた。
「あっうん。バイバイ」
月海は俺と一度目を合わすと、遅れて反応した。
一体何だったんだろう?すでに後ろを向いてしまった彼女には真意を聞くことはできなかった。
もしもその時彼女の意図に気づくことができたら、不安を見抜くことができたらどんなにすばらしい未来が待っていたのだろうか?最後の会話になるなんて、このときは想像さえできなかったんだ。
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