第18話   game over

 愛海が動き始める前に彼が隠れる場所に決めたのは四階の階段を上がってすぐのところ、下から上がってこれば、足音に気づいてからでも離れることができるからだろう。また、この廊下は身を隠すには最適なほどに視界が複雑だ。理由は今使われていないロッカーやすぐに捨てれない廃部後の部活の備品が置かれているからである。最悪近くの実験服が備えられたロッカーに隠れればやり過ごすことができるかもしれない。


 


 そして15分程すると、下から足音が聞こえてきた。コツンコツンと狂うことないリズムを奏でるように聞こえてくるそれは、焦りを決して感じさせない。

 するとすぐに、彼は四階の廊下を走る。足音に反応してガタガタと音が聞こえるが彼は途中、教室に隠れることもなくそのまま反対側の階段に向かい、そのまま降りていった。三階につくと足音は聞こえなくなる。愛海は廃棄予定のロッカーにいるか確認を怠るわけにはいかないだろうから、十分足止めになるだろう。

 そのまま彼は二階まで降りて反対側の校舎に向かう通路を渡る。そして実験室の前に立つと、隠し持っていた鍵で扉を開け、適当なところに投げ込むと、すぐにその場を離れた。


 

 しかしすぐに立ち止まってしまう。下を向いてはあはあと息を吐いた。 俺にもともと体力なんてない。持久力なんて無縁、このまま逃げながら隠れる作戦は通用しない。それに俺が感じる頭痛、おそらく彼も同時に感じているだろう。追いかけられているというストレスと疲れ、痛みが同時に襲ってくる。

 彼は壁に手をつきながら、それでも早足で、今度は一階へと向かっていった。



 


 美術室の中を一周した後、茶道室の前に着くと、今度はポケットから財布を取り出して何かをし始めた。暗くてうまくみえないまま彼はそれを床に落とし、すぐに茶道室へと身を潜める。そして体を休めるためにそのまま畳の上に寝転んだ。

 

 少しして足音が聞こえる。これは愛海か?するとこの部屋の前で彼女と思わしき足音が止まる。やばいんじゃないのか?ガサッという音とともに扉が揺れる。間をおいて、その人物はそのまま立ち去っていった。それを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。

 しかしいつまでも悠長にはしていられない。一度愛海はこの部屋の中に入ったことがある。つまり俺たちがこの部屋のカギを所持しているということは、彼女も織り込み済みなのである。まだ扉を壊すのに道具を取りに行った可能性は十分にあるから下手に動くわけにはいかない。



 それから数分すると、彼は体を起き上がらせ、そのまま扉をゆっくりと開ける。まだ万全ではないかもしれないが、体よりも心の疲れのほうがひどい気がする。視界があやふやで安定しない。そんな状態で扉の目の前にいたらゲームオーバー、その不安に心臓の動きが早くなる感覚を思い出す。

 扉を開き終え、足を踏み出す……そこには誰もいなかった。

「やっぱりか。愛海の能力は会話した相手にしか働かない。」

 携帯を片手に、彼はそんな言葉を不意につぶやいた。今までの動きでどうやってそれに気づけたのか検討もつかない。しかし携帯の電源を落とした瞬間に俺は自分の顔を画面越がめんごしに見た。ニヤリとそれは無邪気に遊ぶ子供のような表情だ、藪から棒に出てきた言葉ではないだろう。

 愛海と鉢合わせないよう、四方八方しほうはっぽうに注意を向けながら、明かり一つない不気味な空間に足を踏み入れていった。



 



 時間は歩く途中の教室にある時計しか見てこなかったので定かではないが、残り約10分くらいだろう。ここまでは愛海の動きをある程度把握することができていたが、もう予想はできない。

 現地点は北校舎一階の階段の下の隙間、ここでやり過ごすことになる。もはや逃げ場は存在しない。おそらく賭けに出たのではないだろうか?愛海も流石にこの時間になれば焦らずにはいられないはずだ。体力が底を尽きるまで、なんとしてでも見つけようとするだろう。彼には見つかった時に逃げ切れる保証がない。息を思うままに吐けないのでより苦しい。だからいっそのこと愛海の裏をかいて、絶対にこの状況で隠れなさそうなところを選ぶ。それは言うならば背水の陣だ。

 そして、また足音がコツ、コツと今度は上からなり響く。急いだ様子はない。時間を見ていないのだろうか?もしくはここにいることをばれてしまったのではないだろうか?俺は口元を手で覆いながら気配を薄くする。

 階段から降りる音が聞こえなくなるとと「ふふっ」と笑い声が聞こえた。


「こんばんは、鈴愛さん。」

 なに!鈴愛だって?馬鹿な、あいつは家にいるはずじゃ。せめてこの言葉が俺をおびき出すための最後の手段であることを祈った。

「ええ、こんばんわ。こんな時間に外を歩き回るなんてどうかしてるわね。」

 しかしその願いは儚く崩れ去ってしまう。顔をゆっくりと出すと鈴愛と愛海が向き合っていた。


「これはぁ~翔哉くんとのお遊戯なんですよ〜。ん、もう時間も少ないのでわざわざ来ていただいたところ悪いですが、そこでじーっとしていてくださいね。」

 その口調は愛海が鈴愛を呼び出したようなニュアンスに聞こえるが、そういえばこいつは依頼屋の連絡先をしっている。呼び出すことは不可能ではない。

「それならなおさらね。あなたをここで止めれば翔哉が勝つ確率が上がる。」

 やめろ。鈴愛。お前じゃ……、

「あなたの能力はもう効きませんよ。」

『止まりなさい。』

 鈴愛から発せられた言葉の力は今までより大きい。もしや今まで手を抜いていたのか。一度耐性がついても上から塗り替えれるように。



「だからぁ、効きませんって。もうその音聞き飽きましたから。」

 愛海は手のひらを出して首を曲げる。

「何ですって?」

 鈴愛は素の驚きの声を上げる。

「もう私、洗脳済みですから。あなたの声を何度も聞きました。あのときと同じ状況で。」

 愛海は幻聴を相手に聞かせることができる。今度はそれを自分に応用したのか。

「そんな!それにあなたが耐えれるはずが!」

「はい、ですからぁもう私の自我は壊れてなくなっちゃいましたあ。」

 自我が壊れた。それならこいつは誰だ?俺のように第二の人格が現れたなら……目の前のこいつが愛海の体を永久的に乗っ取ったなんてことは……、想像したくはないが否定できない。もし俺の予想が正しければ、本当の愛海は二度と帰ってこない。

「あなたが見える鼓動はすでにうつろ、まやかし。もうあなたは止められませんねぇ。」

 ケラケラと汚い笑い声が静かな空間を、より不気味な世界へといざなう。完全に鈴愛の能力は攻略されてしまった。




「さて、邪魔なものは消して進みましょうか。時間ももう多くありませんし。」

 愛海の手にはカッターが握られていた。

 やばい、早く止めなくては!今はお遊びなんてしている場合ではない。早く!主導権を返せよ!しかし願いとは裏腹に如何に体を動かそうとしても、できない。依然として彼は静観を続けている。

 愛海は握りしめたカッターを前に出す。鈴愛は寸でのところで、左腕で彼女の手を握りそのままもう片方の手で顔を塞いだ。そしてそのまま押し倒す。刃が鈴愛の方を向いているので安心は一ミリもできないが、それは彼女自身が一番理解している。カッターを手から離させようと握る左手の力を強めた。

 愛海の手からカッターが離れる、とその瞬間を狙いすましたように愛海が腹を蹴り飛ばし、腕を掴んでそのまま鈴愛を地面に抑え込んだ。



「手こずらせちゃってぇ。あんたは殺してやる」

 同時にピピピっと音がなった。それはスタートと同時に鳴るように指示したもの。ゲームに勝ったとかはどうでもいい。今はすぐに鈴愛を助けないと。

 その瞬間、大きな頭痛を受ける。そして手の感覚を思い出した。俺は人格の奪取を理解すると同時に駆け出した。

『やめろ。』

 今は邪魔をするな!



「ふふっ翔哉くん。いけないなあ。私との遊びよりこの女を優先するなんてぇ。」

「もう俺の勝ちは決まった。命令だ、まずは俺達の元から離れろ!」

 俺が勝てば言う通りにすると約束した。すると愛海はポケットからタイマーを取り出し、電子画面を開いて見せる。

 残り26秒、デジタルで映されていた画面を見て、顔を青ざめる。

「嘘だ、確かにさっきアラームは鳴った。ああっ!」

 俺はその場で立ち尽くした。

 一番警戒してたことじゃないか。こいつは幻聴を聞かせられる。さっきのアラームはそのための。じゃあこいつは俺のいることを知っていたんだ。その上でこんな芝居をうった。幻覚に注意をそらすことで……俺は彼女の思い通りに動いていたんだ。

「ほんと嫉妬しちゃうなあー私はずっと前から翔哉くんのことを想って仕方がなかったのに。横から盗んでくなんて。やっぱり潰そっ。強い翔哉くんもそこの女が弱くした。」

 最後にぼそっと吐き捨てた一文。顔を上げると愛海は手元に落ちていたカッターを拾い、それを鈴愛の腕に、つきさした。

「ああっ!」

 鈴愛のうめき声が聞こえる。うずくまり喉から声を押し出すようにして、それを見た俺は金縛りにあったかのように動けなくなった。

「嘘だ、嘘だ!」

 なんで鈴愛が。こいつに迷惑を掛けないために俺は距離をおこうとしたのにどうしてっ!



「翔哉く~ん。私といっしょにいいことしましょ~。」

 愛海は鈴愛のことなど気に求めずに立ち上がり、ゆらゆらと不安定な足つきで徐々に歩を寄せる。

 受け止めきれない現実に、俺はそっと意識を失っていった。


 

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