第16話 加工したら大体別人


「そんなにも殺気だっていれば分かるさ。」

「ふ~ん。あのちびを逃がすためにわざと気づいてないふりをしていたんだね。騙されちゃったよ。」

 愛海は勝手に分かったつもりになっているが、俺のもう一つの人格が現れたということには気づいていないようだ。


「あんなやつどうでもいい。気づいた理由はいくつかあるがぁ、まずはその携帯だ。」

 俺の口は一人でに動き出す。まだまだこの違和感にはなれない。神経感覚が全くないのだ。視界だって集中していなければ何も見ることは叶わない。鈴羽が誰の姿をもまねることができる代わりに脳への負担が大きかったり、鈴愛が催眠作用のある言葉をしゃべることができる代わりに成功率が変動しやすかったりと、能力にはそれぞれデメリットな部分があるようだからその一つだろう。


「お前は自分の携帯に触れられる時、自分の正体がバレたんじゃないかと恐れた。なぜなら、そのSNSのアカウントに使われたアドレスはお前の正規のアドレスだからだ。この前俺にアドレスで正体を暴かれたのがお前をそうさせたんだろ?」

 SNSアカウントには使用者の判別がつきやすいようにアイコンというものを設定することができる。それは写真や画像を丸にくり抜かれて表示される。以前の事件で、俺は倉梨と愛海がネット上で連絡を取り合っている証拠を見たときにアイコンも確認することができた。それがCDケースを公開していたアカウントと同じなら見られるわけにはいかないだろう。

「ふふっ、正解だよ翔哉くん。」

 愛海は特に焦る様子もない。認めなくても携帯を触られたくなかっただけだと押し切ることができたはずだ。どうしてそうしないのだろう?彼女は想定内だと言わんばかりに、満足そうに振舞っている。

「いいの?気づいたならまずは逃げるべきだったんじゃない?」

 愛海は不敵な笑みを浮かべる。

「出口は俺側だ。十分間に合う。」

 俺はいざというときのために脱出する算段を企てていたようだ。それに俺は最後に中に入ったから鍵を持っている。

「本当にそうかな?」

 すると愛海は胸ポケットから取り出したカギを指先でつまむようにして、見せつけるようにした。

「お前、鍵を……」

 額に汗が浮かぶ。いや、おかしい。今まで意識を預けている間は、皮膚の感覚を失っていたはずだ。意識の主導権が曖昧になっているのだろうか?



「そうだよ。その鍵はもう使えないんだ。だってその鍵、外から鍵を指すタイプじゃなくて、中から鍵をかけるタイプだもん。」

 嘘、いや嘘じゃない。たしかにこの扉は内鍵だ。生徒がふざけて中に入ったりしないようだとかいう理由でそういう作りになっている。じゃあ何で今まで気づくことができなかったんだ?


「それがお前の能力とかいうやつか?」

 こいつは鈴羽と同じではない。鈴羽は近くにいる一度見たことがある人物しかなることができない。鈴羽も俺も見たことがない生徒が制服を着ることはできない。

「そう。あなたに生かされちゃったあとに目覚めたの。そうね。神隠しとでも名付けようかな?私はあなたに錯覚を見せることができるの。例えばこんなふうに、」

 彼女が天井に向けて指を指す。


 その方を見上げた俺が見たのは、縄に縛られ苦しむ鈴羽の姿であった。

「くっっ!あっ」

 うめき声を聞いて、とっさに体を動かそうとするがちっとも言うことを聞いてくれない。何やっているんだ。早くしろ俺!

「これが幻覚か。随分とリアルなんだな。」

 ああ、そうかこれは幻覚か。密室に急に鈴羽が現れるはずがない。落ち着いて考えれば簡単にわかるはずなのに、そのリアリティの高さから冷静さを欠いてしまう。


「へえー、ちょっとは驚くと思ったんだけどなあー」

 愛海は一転つまらなそうに話す。

「趣味の悪い道楽に付き合う気はねえよ。さっさと消せ。」

 淡々と言葉を漏らす。優しさとかそういうのじゃない。純粋にこいつは自分の思ったことを口にしているだけなんだ。

 愛海は指を鳴らすと、幻覚も幻聴もなくなった。

 嫌なものを見なくてすんで良かったがまだまだ安心はできない。鈴羽が扉の幻覚も消したことにより、俺がこの場から逃げることができないという問題をの当たりにしている。

 俺たちを閉じ込めるには中から鍵を閉める必要がある。しかし入る時に愛海はわざわざ鍵はかけなかった。俺はそれに疑問を思わなかった。なぜなら誰かに見られても問題はなく、こそこそとする必要はないからだ。だから鈴羽はさっき外に出れた。つまり愛海は鈴羽が放送室を出る瞬間に一時的に幻覚を解いていた。なら最後に鍵を掛けたのは俺が鈴羽が閉めたと思ったその時、そして今は本物のカギをもった愛海の手によって、今は開けることができない。

 密室状態に閉じ込められたようなものだ。

 


 この場から脱出するには、

「お前のもっている鍵を奪えばここから出れる。そうだよなあ?」

 考えは一致しているようだ。

「そうだよ。でも見つけられるかな?どこに隠しているかわっかんないよお。」

 愛海はスカートをひらひらと動かしながら挑発する。先ほどまで見せつけていた鍵もすでに見えない。あれも幻覚か。


 いくら何でも、女性の体をみだりに触るわけにはいかない。

 すると俺は足を動かし彼女の前に立った。おい何をする気だ!?やめろ、このままでは冤罪で捕まる。世間的には満場一致で敗訴するだろう。すると、彼女のポケットに手をやった。

「鍵を直接入れたら音が鳴る。自分の意識外でなった音はどうあがいても消せねえよ。ならここだろ。」

 俺が手に取ったのは彼女の財布であった。ストラップ付きのチャックを引っ張ると、小銭入れの中には鍵が入っていた。鍵のリングにあったプレートにはマジックで放送室と書かれている。間違いない。

「ジュースのために財布を開いた、そんときに鍵の幻覚をつくっておいたんだろ?。わざと転んでチャックを閉めていない財布が出てくる。鍵は座っていたときに尻に敷いてコインに見えるよう幻覚を使えばいい。ともかく、これで終わりだ。お前と遊んでやる時間なんかねえよ。じゃあな。」

 俺は財布をその場に捨てて、抜き取った鍵を穴に差し込む。


「空かない、だと……?」

 ガチャガチャと奥まで入れようとするが、つっかえて入らない。

「ざぁーんねーん、は、ず、れ、だよ。」

 振り向くと、愛海は興奮を隠せない顔で息を漏らしていた。

「これも幻覚か。」

 俺は壁に鍵を投げつける。するとガンッと音が鳴る。

「なっ!?」

 あの瞬間で幻覚を準備できるのか?それとも……、

「これは幻覚ではありませんよぉ~本物ですからねえ~。」

「本物そっくりと偽物を実物で用意しておくとはなぁ。」

 愛海は二つ鍵を持っていたんだ。そして偽物を複製していた。俺は、俺たちは一度も本物のカギなんて見ていなかったんだ。


「ちっ、メスが。」

 俺は今までないような大きな舌打ちをする。愛海は俺が財布にあると気がつくことでさえ見越していたんだ。まんまと嵌められてしまった。

「さあて、次はどこを触ってく、れ、る、の、か、な?」

 彼女は顔を小さく見せるように手を当て、その隙間からニヤリと笑みを浮かべながら話す。幻覚がこうもリアルでは、探しようがない。鍵だってあといくつ実物の偽物を準備しているか分かったものではない。

「うーん。今日は久しぶりに会えたからもうちょっと遊びたかったんだけど、続きはまた明日ねっ。」

 完全に敗北だ。

「これからじっくり教えてあげるね。」

 愛海は耳元でそうささやくと、呆然と立つ俺を置いて鍵を回しながら立ち去って行った。



「翔哉先輩、翔哉先輩!」

 うっすらと目を開ける。

「だ、れだ?」

「鈴羽ですよ。大丈夫ですか?」

 体を起こし声の主の方を見上げた。心配そうな顔で俺を見る。

「ああ。大丈夫だ。」

「すみません、自販機が全然反応しなくて遅れました。」

 息を荒くしながら彼女は話す。走って戻ってきたようで、彼女の手には飲み物はない。偶然がこうもつながるだろうか、いや、きっとこれも幻覚のせいだ。鈴羽が放送室に戻ってきたら鍵穴があってもなくてもおかしいと気づく。そうすればすぐに予備のカギを借りに行くだろう。さて、鈴羽には詳しく話をしなければいけない。




「そんな、また‥‥‥」

 鈴羽はしばらく現実を受け入れれなさそうだ。それでも話を聞き終わるまでは決して口を挟むことはなかった。

「あいつの神隠しはやっかいだ。今後も俺のところに来るだろうし対策しないといけないな。」

「そう、ですね。」

 今日はこれ以上話はできないだろう。俺も頭が痛くて限界だ。

 その場で解散し、俺はまっすぐ帰宅した。帰り道も気を緩めることはできない。神隠しを見破ることができないと分かってはいつつも、周囲に常に視線を贈り続けた。

 

 その日は普段睡眠の浅い俺もぐっすりと体を横にして眠りについた。家に帰ればもう安全だ。家に帰ってくる妹の顔も愛海は知らない。唯一自分の部屋が安息できる場所である。

 頭に浮かぶのは愛海の言葉の数々。もう一人の俺でも超えれなかった相手を俺はどうすればいい?


 もっと、もっと俺に力がアレバ。

 憎悪と欲求は次第に、悪魔を呼び覚ましていった。


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