第15話 不死鳥
「翔哉くん。バイバイ。」
「っっ!」
飛び上がるように体を起こすとそこは見慣れた部屋であった。
「夢、か」
どこか見慣れた玄関でそんな挨拶を交わした。何も変なことがない夢だ。だがこの感覚はなんだ?もやもやとしたこの気分、まるでそれを境に二度と会えなくなってしまうような感覚に陥る。あれは過去か、それとも未来か?ただの夢には思えない。
リアルであるが故の不可解さか、朝から気分が悪いが寝直す時間はないだろう。カーテンの隙間から光が薄っすらと差し込んでいる。
手元にある携帯を開くと7時、これなら朝はちゃんとご飯を食べれそうだと安心していると、メールが一件届いていることに気がつく。アプリのフォルダに画面を切り変えると、それは鈴愛からのメッセージであった。昨日の依頼も無事解決したし、おそらくは新しい依頼についてだろう。
'’放課後、茶道室集合。依頼内容は鈴愛より。“
制服の袖に腕を通しながら確認する。いつも通り淡白なメールだ。鈴羽が言うには不審な点があるらしいが、できることなら落とし物を見つけるだけで終わってほしい。
考え事をしていた俺は一階へと階段を降りると、いつもの癖でテーブルに置かれた食パンを手に取り、
そして時間は放課後まで進む。
「あっ先輩。」
「よっ。」
今日は教室の前で待ち伏せされることなく、茶道室の扉にもたれていた鈴羽は、携帯から目を離して言う。
「それで
「それで依頼人は?」
「あの……」
ビクリと体がはねる。後ろを振り返るとおとなしそうな子がいた。この学校の女子生徒は注意されないからという理由でほとんどがスカートを折るのだが、むしろ彼女は足元をできるだけ隠すようにしている。気にしているのだろうか?しかし出会ってすぐの彼女の足をまず見るのは失礼すぎる。むしろ目に入らないように目を合わせた。
「依頼で来ました。えっと、あなた方であっていますか?」
「はい、あってますよ。ささ、中に入ってください。」
鈴羽は予め鍵を開けていたようで、依頼者の顔を見ながら扉を開くと、手招きしながら誘導した。
俺は依頼者の後ろに続き、中に入って扉を閉める。万が一入るところを見られていたら窓ガラスから抜け出して誤魔化せばいい。幸いにもここは一階だ。
鈴羽は手慣れた動作で押入れらしき
あれ?俺のは?と首をかしげていると
「先輩は自分で持ってきてくださいよ。」
一枚くらい大して労力は変わらないだろうにと思ったが、すでに正座でちょこんと座っている鈴羽を立たせるのも忍びないので、諦めて立って話を聞くことにする。
「2年2組八代楓さん。依頼内容はCDケースの捜索ということで伺っています。」
「はい。その、どこかに落としてしまったようで。」
楓という名前の女子生徒は正座し、丁寧な言葉を選ぶ。後輩相手だからもう少し砕けた話し方をしてもいいと思うのだが。見たところメイクをすることもなく、かといって髪は十分に手入れされていて艶がかっている。
「八代さんは放送部ですが、そこで紛失した可能性はありますか?」
放送部ならお昼休みにCDを流してそのまま忘れたなんて起こりうることだろう。
「一応探しましたがディスクの部分にもCDラックにもありませんでした。」
当然八代も探したらしい。となると校舎のどこか、あるいはすでに誰かが拾って持ち帰ったか。もし前者だとしたら前情報が少なすぎて捜索は困難を極めることになるだろう。
「念の為放送室もあとで調べさせていただきます。今日は部活はありますか?」
「いえ。」
八代はきっぱりと言い切る。
「ではさっそく捜索を始めたいので鍵を借りてきてもらえますか?」
一応俺らは顔を隠して依頼を受けているわけだから、バレないようにしなければならない。が幸運にも放送部は休みらしいので今日は時間いっぱい探せそうだ。放送室は鍵がある職員室のすぐ隣なので、現地集合ではなく八代に続いてまずは職員室に向かうことにした。
「ここが放送室ですか。」
中に入ると鈴羽は物珍しそうな表情であたりを見渡す。放送機材としてマイク、スピーカー、カメラなど様々なものが置かれている。そのどれもが丁寧に管理されていて、ホコリ一つもない新品同然だ。
わざとでなくてもぶつかってしまっては大変だ。
「すみませんSNSにあげた写真しかありませんが……」
「いえ十分ですよ。拝見させていただきますね。」
楓のスマホを受け取った鈴羽の後ろに立って写真を見る。そこに写ったアルバムジャケットには3つのロケットのような絵がある。そして一番上のロケットには3つの英単語が書かれている。
「ぽえにっく?」
「フェニックス。先輩、恥ずかしいので口閉じておいてください。 」
鈴羽は口を閉じてくっついた親指と人差し指の先をつなげて唇をなぞった。
「習ってない単語なんだから仕方ないだろ。」
幻であるフェニックスが話の中で出てくる英語の教科書なんて存在しないだろう。少なくとも俺は読んだことがない。
「これ曲名ですし。それに有名ですよ。」
そうなのか?と気の入ってない返事をすると鈴羽は肩で息をした。
「いつまでもおしゃべりしている暇なんてないんですからさっさと始めますよ。先輩の無知に付き合っていたら日が暮れます。」
そこまで言うことはないだろう。肩を下ろしながら、捜索に着手し始めた。
CDラックはもちろん、棚や装置の隙間にもない。配置を移動させながらあたりをくまなく探したが1時間の成果は不甲斐ない結果に終わった。そもそもこの整頓具合だ。部員は使ったものをもとに戻す癖がついていなければこうはならない。そんな几帳面な生徒が紛失してしまうだろうか。
「そろそろ休憩しましょうか。先輩、何か飲みますか?」
「ああ、じゃあ缶コーヒーで。」
ぼーっと天井の穴の数を数えながら言ったものの返事は帰ってこない。聞こえてなかったのだろうか?
鈴羽を見るとふてくされた顔でいた。
「私は八代さんに聞いたんですけど。」
どうやら重い荷物を運んだ苦労を気遣った言葉ではなかったらしい。よく考えたらこいつが他人行儀で話すのは依頼者の前だけだ。
後輩の可愛げのない一言にどっと疲れが押し寄せた。
「あっじゃあ紅茶で、今お金を渡しますね。」
八代はポケットから財布を取り出すと小銭を掴んで鈴羽の手のひらにそっと置いた。
「じゃあ翔哉先輩は引き続きがんばってくださいねー。」
わざわざ強調して言う。ほんとに可愛げがない。汗を流して働く労働者に休憩時間もないとかお前は社会主義の独裁者か。鈴羽は軽快に部屋を出ていった。だが帰ってきた時に何もしていないところを見られたら、小一時間説教を食らいそうだ。
あいつなら買いに行ったふりをしてどこかから覗いている可能性もある。安易に依頼屋の手伝いを引き受けたあの頃の自分を、軽く殴ってやりたい気持ちにかられながら重い腰を上げる。少しするとガチャリと音が鳴った。やれやれ、言った通りじゃないか。
「あ、あの少しやすんだほうが。」
体操すわりをしながらリラックスしていた楓が立ち上がりながら言う。その拍子に彼女の財布が落ちた。さっき財布を開けたときに閉め忘れたようで、小銭があたりに転がっていく。
「ああいい。男だしこれぐらい大丈夫だ。」
否、嘘である。足がぷるぷると震えているこの姿はさながら生まれたての子鹿だ。異性の前でなんとなく虚勢をはりながらこぼれた小銭を拾う。にしても依頼者が探しているCDとはそんなにも特別大切なものなのだろうか?スマホの検索機能を使って「フェニックス 曲」と打つと大量のウェブページが表示された。
一つ一つは見ていられないので一番上に表示されたサイトに飛び、上から下へと眺め回した。そこから分かったのは楓がなくしたのはプレミアがついているわけでも市場から消えたものでもないということだ。高校生ならバイトですぐに買えるだろう。そのCDになにか深い思い入れがあったりするなら話は変わってくるが、それも確かめようがない。
画面を閉じ、ポケットに戻して視野を放送室に合わせる。
よく思い出してみれば昼休みに流れているのなんてそれはもうメジャーな曲ばかりだ。外国語オンリーの曲なんて俺は聞いたことがない。
依頼をした以上学校に持ってこられたことは明白だ。鈴羽は放送でかけるために持ってきたのだろうと予想を立てたがそれが異なっているとしたら、「すまない。もう一度CDジャケットを見せてくれないか。」何かヒントが見つかるかもしれない。
「あっはい。ちょっと待ってくださいね。」
彼女の手を通じて再び同じ画面を見せてもらったが、やはり見覚えがない。SNSに発信されたそれは20人ほどからよい評価を得ていた。評価した人がどんな人かでヒントを得られるかもしれない。評価者一覧画面に切り替えようと手を伸ばす。
すると彼女は急に手を引っ込めた。
「あ、すまん。」
「いっ、いえ」
何も言わず触ろうとしたら驚くか。自分の考えない行動に反省しつつ謝罪をすると彼女は目をそむけながら答えた。
怒っているようには見えないが警戒心は多少あるだろう。この状態で開いてもらうのは難しそうだ。どうしようかと考えあぐねていると、一つの案が頭に浮かぶ。
そういえば俺の詐欺には相手を心理的に誘導することができたはずだ。うまく警戒心を打ち消し詳しい話が聞ければ真実に近づけるかもしれない。
何も考えないように頭を空っぽにして壁にもたれかかる。徐々に意識が消えかかって、目の前が真っ暗になった。辺りを見渡すと狭く暗い空間に閉じ込められる。何もそこには存在しない。
じっとしていると俺の声が聞こえてきた。
「久しぶりだなぁ愛海。元気にしてたか?」
「ふふっやはりバレてしまいましたか?知ってて知らないふりをするなんて、いじらしいじゃないですか」
2人の下劣な笑い声が耳に響く。こいつらは何をいっているんだ?
視界を取り戻すように集中すると徐々に真っ暗に包まれていた景色はもとの空間を取り戻し始める。
すると先程いた彼女の姿はどこにもなかった。あるのはただ一人。
「翔哉くん。会いたかったよ。数日ぶりだね。」
化けの皮を剥いだ
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