after:新しい日常

 事件が解決した翌週の月曜日、俺はメールで呼び出されていた。もちろんこれはちゃんとしたメルアドからだ。昨日保健室で別れ際に彼女と交換しておいた。

 

 俺は鈴愛の指示通り、放課後すぐにかばんを持って、指定された茶道室に向かい、周りを注意しながらドアをゆっくりと開く。正式な部活ではないのだからこそこそと入るしかないのだが、とてつもなく悪いことをしているようで胸が痛い。窃盗罪、なりすまし、誰かのために活動しているというだけで、行った罪を数えれば先日の事件の犯人とさして変わりない。


「こんにちはっ、翔哉先ー輩。」

 そこにいたのは鈴羽であった。俺と目が合うと、にこっと笑みを見せる。ナニそれ不吉。

「なんですかその不満そうな顔はー。」

 俺がひねくれているだけかもしれないが、彼女の笑みには何かありそうな気がしてならない。

「そんなことより、体調は大丈夫なのか?」

 見たところ元気そうだが、彼女のポーカーフェイスは俺には見抜けられない。先日、いやそれ以上の間の苦労を考えれば、二日や三日では足りなそうだ。

「ええ。もう元気ですよ。」

 握りこぶしをつくって身振り手振りで表現する。簡単には安心できないが今と昨日では状況が違う。嘘をつく理由はない。



「そういや今日はどうして呼び出したんだ?」

「やだなー翔哉先輩、もう忘れちゃったんですか?今日は活動初日じゃないですか。」

 ママ友の会話のように手を上下に動かして言う。そうか、俺も今日から依頼屋か。

「そういえばそうだったな。今日は何か依頼が来ているのか?」

 どんな依頼が来るのか見当もつかない。しかし彼女の高揚した様子、ただ事ではないだろう。期待に胸を膨らませる。


「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれました!今日の依頼は花壇の花植えです!!」

「なんだそれ。」

 肩をがっくりと落とす。それではただこき使われてるだけじゃないか。やれやれと思いつつも自然と笑っていた。あんな事件はもうこりごりだ。こんな感じのゆるい依頼で十分だ。

「さっ、早速始めますよ!」

 でももしまたあんな事件が起きたなら、『そのときは完璧に解決してやるよ。』

「翔哉先輩、何か言いました?」

 もう一人の俺がぼそりとつぶやく。気合は十分のようだ。

「いいや、なんでもない。」


「では翔哉くん!行きましょう!」

 今はこの笑顔が見られたらそれでいい。

 ただ‥‥‥それだけで

 fin:suzuha






「やあ、おはよう。」

 誰だ……?

 顔を上げて目をこするとぼやけて誰かわからない。

「あはは、すごい寝癖ついてるよ。」

「結城!?」

 しかし確かにその声には聞き覚えがあった。

「うん、そうだよ。」

 視界がはっきりとして最初に目についたのは置き時計であった。時間は8時20分、どうやら教室に入ってすぐ眠っていたようだ。が、そんなことはどうでもいい。それより、

「すまん!」

 本当はすぐにそうすべきだった。でも怖くて、もうもとに戻れないのかもしれないという幻想が現実になってしまうのを恐れていた。

「いいよ。だからひとまず頭を上げて。ぼくは責めに来たわけじゃないからさ。」

 いつもの優しい口調、それに心から安堵した。

「昨日依頼屋にメールを送ったんだ。クラスメイトに教えてもらってね。」

「え?」

 その言葉に困惑した。彼は依頼屋に興味を示していながらも、その噂からどこか少し離れた場所で観察しているように見えたからだ。

「本当のことを教えてもらったよ。そして今日まだ学校に来ていない2人の席を見て確信したよ。」

 そういえば倉梨も愛海もまだ学校には来ていなかった。いや片方はもう来ることは二度とないだろうが。

「この前、あんなにも怒っていたのは三波さんをこれ以上犯罪に手を染めないようにしたかったからなんだね。」

 鈴愛は単に事実を伝えただけでなく、そこに至る経緯をすべてを詳細に話したらしい。あいつ……

「あ、ああ。」

 すると結城は後ろを向いた。

「三波さん。早くきなよ。」

 すると結城は後ろを向いて手招きする。その先には視線を泳がせながらたじろいでいる姿があった。

 一歩ずつゆっくりと近づいてくる。いつもの強気な態度はそこにはない。

「おっおはよう。……それとごめん。」

 三波が頭を下げると同時に、結城もまたとなりで頭を下げた。

「おっおいなんでだよ。お前らは何も悪くはないだろ。」

 彼らは今回の被害者であって、何も悪いことなんてしていない。

「私は脅されていたことをあんたにも相談できたのにそうしなかった。」

「僕は倉梨さんの感情に気づいていながらも向き合おうとしなかった。」

 2人の言い分も分かる。でもそれはもともとあいつらが悪いわけで、2人が責任を持つようなことは‥‥‥そうか、だからか。

「結城、三波。今日も昼、一緒に食べていいか?」

「え?」


 すると2人はあっけをとられたような顔をした。

「なっ。いいだろ?」

「うん、いいけど。」

「私も……どうせあんたらしか食べる相手いないし。」

 二人とも、今どうしてそんなことを?と疑問を浮かべる表情をしている。

 

 俺達は皆、他の2人に気を使い合っていたんだ。自分のせいで誰かに迷惑を、苦しみを与えてしまったと。でもそれはちがう。誰もが気にしていないんだ。自分だけは許されてはいけないとそんなルールをいつの間にか自分に課してしまったんだ。

 ならそんなルールなくしてしまえばいい。詐欺師?上等だ。彼らともう一度、当たり前の毎日を過ごしたい。一から……

「あ、結城。今日眠いから数学のときだけノート頼むわ。」

「ははっ仕方ないなぁ。」

 結城は俺の思惑に気づいてか、わざとらしいつくり笑いをする。素直でうそをつくことを嫌う彼らしい表情だ。

「全く、抜け目ないんだから。2日分の授業はちゃんとノート取ったの?」

 三波もまた同じように、不器用な笑みを浮かべて話す。

「もちろん」

「じゃあいつもやりなさい!」

 そして笑いあった。周りも気にせず、自分達だけのこの空間に包まれて。

 fin:yuuki and minami





「せーんぱい?」

 はっと我に帰る。俺はいつの間にかテーブルに座っていて、目の前にはグラスに入ったコーヒーのストローがくるくると動いている。

「何か考え事でもしてたんですか?」

「いいや。ちょっと思い出に浸ってただけだ。」

 過ぎてみればあっという間の出来事。されど思い出せば一か月以上に渡って起こったと思えるほどの出来事。そして‥‥‥コーヒーに反射している自身を見ながらもう一人の人格について考えていた。あれから一度も俺と入れ替わることはなかった。でも俺の心の中に確かに存在している。彼が再び目覚めるとしたら、その時は……

 しばらく物思いにふけっていると店内のBGM以外の声が聞こえなくなって顔を上げた。すると鈴羽はまた不機嫌そうにしている。


「せっかくこんなかわいい私と一緒にいるんですから〜もっと楽しそうにしてくださいよお。」

 自意識過剰というわけではないから悪態もつけない。確かに自分の世界に熱中しているのも悪い気がしてきた。

「明日は何か依頼があるのか?」

 話題の一つも準備しておけばよかったと思う。こんな質問しか俺にはできない。

「今度は落とし物の捜索依頼らしいですよ。」

 彼女は特に不満も言わず答えた。いつもは直前にしか教えてくれないのにと珍しく思う。

「なーんか怪しいんですよね。」

 落とし物の依頼と言うだけけ怪しいと普通は判断しないだろう。だとすれば依頼者自体にか。

「ま、なんの根拠もなしに疑うのは悪いですし様子を見ましょうか。」

「それもそうだな。」

 依頼内容がどうであれ、本当に困っている人がいるなら協力するべきだ。この前の花植えだって俺たちが依頼を受けなければ、高齢の教頭が一人で黙々とするはめになっただろう。

 ストローに口をつけるとからりと音が鳴った。いつの間にかガラスの底をついていたようだ。

「明日の放課後にアポイントですからね。」

 鈴羽はそう言って立ち上がると、鞄を肩にかけて小さな足音を鳴らしながら去っていった。

 さて、お前は今回の依頼、どう思う?口を開かなければ届かない男に対して、そんな呟きを送った。

 start:suzuha and ???


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