第9話 荒唐無稽な高等技術

 そうして連れてこられた先は学校の外……ではなく、茶道室の前であった。

「お前、鍵はどうやって手に入れたんだ。」

 カチャカチャと不慣れな手付きで鍵を回す鈴羽に尋ねる。

 三年ほど前から部員不足で廃部になっているこの部屋は、よほどのことがなければ使われることはない。そのため普段は職員室に厳重に保管されている。そして鍵を借りる際には先生に生徒名を記入した貸し出し届を出す必要があり、必ずその施設の利用後には返さねければいけないことになっている。例えば朝部活で鍵を借りたらSHRまでに返さないといけない。だからこんな時間に鍵を持ち歩くことは普通出来ないはずだ。


「それはまだ秘密ですよー」

 人差し指に鍵のリングを通してくるくると回しながら言う。含みある言い方に怪しさしか感じられない。先生を買収でもしたのだろうか。だがそんな非行をするような生徒が、反面図書館であんな真面目に振舞うことに意味を感じえない。

「そうか。まぁいい。」

 質問を返してくれないのはいつも通りだ。それなら向こうが気ままに話す言葉に適当に返事を返してやればいい。そのうち満足して教室に戻るだろう。少しでも早くこの場からいなくなってほしい。とにかくそれだけが頭の中にある。この頭の中にあるモヤモヤを消し去ってしまいたいんだ。

 彼女に続いて中に入る。やはりこの場所は長らく使われていないようで、ホコリ臭い。それに物置のように畳でない部分に、使われていない机や雑貨が置かれていた。俺は鼻を抑えせき込む。すると彼女は外のガラス窓を開け、空気を入れ替えた。



『よお。翔哉しょうや、元気がなさそうだな。』

 当たりをきょろきょろと見渡していた俺は驚いて顔を上げる。

 俺の声が聞こえた。どうしてだ?そして俺は目にした。他でもない、俺自身を。

「どうして、俺が……」

 視線の高さまで全く同じ、あり得ない現実を目にしているのだ。

『よく周りを見てみろよ。』

 言われるがままに周りを見る。だが、特に可笑おかしな点は見当たらない。

『おいおい、いただろ。小さなお嬢さんが。』

 お嬢さん?首を傾げる。そんな人ここ数日間は見ていない。生意気そうな小さな小学生なら記憶に新しいが。

「私ですよ!私!す、ず、は!」

 先程まで俺の姿をかんしていたそいつは、鈴羽の姿に変わった。いや、元通りになっているというべきだろうか。


 どういう原理だろうか?背の高さや体格の違いを真似することなんて不可能だ。女子の中でも比較的小柄な彼女は特に。それに成長期前の男が女の声に近づけるならなんとかできても、逆は困難だ。あまりの衝撃に頭がパンクしそうになる。

「ふふっ、驚いたでしょ。」

 鼻をふんと鳴らしながら両手を腰に据える。やはり鈴羽だ。この地味にいらっとくる表情は忘れない。

「なんだそれは?」

 変装ともマジックとも言い難いそれを抽象的に指し示すことしかできない。

 すると彼女は「どうしようっかな~。」なんて後ろで手をつなぎながらいじらしい表情をしている。しばらくそんな様子を眺めていると、痺れを切らしたのか立ち止まり、ほほを膨らませた。

「これはですね。見たことがあればその姿を、聞いたことがあればその声を自由に使える能力なんです!その名も、狸寝入り《たぬきねいり》」

 腕を前に出し、指先を俺の顔に向けながら意気揚々に答える。病院に勧めよう。こいつは不治の病を背負っているようだ。



「お前、裏では中二病だったんだな。」

 中二病の感染者の特徴は、自分の望んでいる自分と現実とのギャップに毒されたり、社会的なストレスを患っている人間に起こりやすい。図書館での真地面な姿や気さくに話す明るいクラスメイトの姿など、多面的な性格で接しているうちに現実との区別がつかなくなったのだろう。今のうちに直しておいたほうがいい。

「違います!!ってかなんですかその微妙にやさしそうで同情している顔は!」

 力いっぱいの叫び声を浴びせられた。まったく、いくら部屋の中とはいえそんな大きな声をだしたら廊下に聞こえる。先生に見つかったらこの状況をなんと説明するつもりだろうか?

「じゃあ鈴愛れいあ真似まねもできるのか?」

『ええ、できますよ。』

 まばたきをする間もなく、目の前には鈴愛が現れた。彼女は不登校、この場にいるわけがない。なら、と今度は校長や生徒会長など、俺も彼女も顔を合わせたことがあるような人物を指名していった。それも彼女は淡々とこなす。その間、彼女から発言や動きといった細かなものは直近の記憶出ないとコピーできないと説明を受けた。しかしこんなにも等しい顔をしていれば黙っているだけでばれないんだ。デメリットなど些細な問題にしか見えない。


 テレビでよくあるマジックショーだって、物を消すときには赤色の大きな布なんかで一瞬対象を隠すんだ。瞬き一つしないで真剣に観察していた俺の目をごまかすこともできる彼女とは、雲泥の差といってもよい。

「お前が不治の病に感染してないことは分かった。だが、どうして俺に見せたんだ?」

 彼女にのみ与えられたその特別な能力の利用法は無限大だ。だが俺に教えれば能力の完璧さに傷がつく。この場で話すことにメリットなんてないはずだ。

「翔哉さんは信用のおける人間しか協力しないんですよね。」

「当然だ。他にあるか?」

「ええ、相手なんて裏切って当たり前。なら裏切られることを前提に損しないように立ち回る、そういう人もいますから。」

 理解はできないが納得した。人なんて千差万別だ。俺の価値観で測れる人間ばかりでないことなど当然だ。


「俺が背中を預けられるのは騙されてもいいと思える人間だけだ。少なくとも一朝一夕の相手は背中を見せる気もない。」

 それは遠回しに、彼女らへの協力を断る言葉であった。

「ええ、容易に口を滑れせれば、それが火種に罠に引っかかる可能性もあります。私たちが犯人とのつながりがないなんて証拠は一つもありませんからね。」

 偶然にも、彼女は俺と解釈一致した言葉を放った。いや、彼女はあくまでも俺を引き入れようとしているんだ。となるとこのセリフは逆接につなげるための布石、決して、決して彼女の本心ではないはずだ。

「そこまで分かっていてなぜあきらめない。」

「私はあなたになれる。それはつまりしゃべることも、その内容でさえあなた自身です。だからあきらめません。」

 当たり前だと、彼女はすました顔で言う。なんの根拠もなく言っているわけではない、俺を理解したからこそ彼女は勝ち筋が見えているのだ。


「確かめはできましたか?いいんですよ。自分にうそをつくことなんてできませんから。私が姿や声を真似るとき、同時にその思考回路でさえわがものとすることができます。」

 認めざる負えない。ほんとにチートといっても差し支えない。オーバースペックにもほどがあるだろう。


「先輩、先程言いましたよね。どうして俺に話したんだ?って。翔哉くんが安易に言いふらさない人間だと確信したからです。」

 俺は好奇心で噂に耳を傾けることがあっても、自分がもっている情報を話すことは基本的にない。それは友人でさえ、よっぽど信頼できる要素がなければ話さない。今日まで結城の意見を借りようとしなかったのもそのためだ。


「私たちに協力させていただきませんか?」

 彼女は俺から信頼を得るために自分の能力を見せたのか。俺には到底理解できない。自分のためじゃなく他人のためにリスクある行動をしてまで、助けようとする理由を。だから知りたい。どうしてそこまで他人に尽くそうとすることができるのか。

「一つ聞いておきたい。どうしてそこまで人助けにこだわる。依頼屋のメンバーが欲しいなら俺以外にもいくらだって適任はいるはずだ。」

 俺は運動が苦手で、勉強だって平均程度の実力しかない。何か他人より特筆すべき点もない。鈴羽までとはいかなくとも、何か一芸の才をもった人間をスカウトするほうが有益なはずだ。

「理由は二つです。一つ目は先輩が口の堅く、正義感をもった人物であるということ。そしてもう一つは、お姉ちゃんがあなたを推薦したからです。」

「鈴愛が?」

 俺と彼女は確かに去年同じクラスだった。しかし一度も話したことはないはずだどこか遠めで眺めたことがあって、どこか遠くから風のうわさで人物像を聞いただけで、直接何かあったなんてことは記憶にない。


「お姉ちゃんはあなたでなければならない理由があるから選んだはずです。私にも見えない何かを感じ取ったと信じています。」

 鈴羽は相手の感情さえ汲み取ることのできる能力を保持しているそのうえで、なお姉を絶対とするか。ただの姉妹に見える信頼よりも分厚いように感じる。そこまでの信頼を浴びるほどの鈴愛、鈴羽のことを信じれるとしたら、彼女も同等に信頼を置くことができるだろう。それほどまでにまことという字は重厚に聞こえた。


 俺の気持ちは揺らいでいた。

 本当に彼女らを敵と判断しなくてよいのだろうか?口を滑らすことはないだろうか?絶対無きところに不安は募る。しかし同時に、ただ同じ学校の生徒をこんなにも信じていてくれること、そしてほぼ無償で受けようとする偽善心を無下にすることはできない。どうしてこんなにも胸を揺さぶられるのだろう。

「先輩は相手のことはちゃんと見てるのに、自分のことは全く見えてないんですね。」

 彼女はクスクスとしながらそう言った。

「先輩だって愛海さんを助けようとしたのはただの偽善心じゃないですか。」

「それは……、」

 俺はこいつと同じことをしようとしていたことを、認めたくなかった。依頼屋というのは彼女のエゴイズムで、自分がやっているのはもっと真面目で、高尚な行為であると小さなプライドからムキになっていた。


 しばらく考えに耽り、そして答えを決めた。


「俺にできることならなんでもする。だから、協力してくれ。」

 腰を曲げ、ズボンを指で強くつまみながら頼み込んだ。すると彼女は「もちろん、何があっても依頼を解決して見せましょう。」と、見なくてもわかるほど自信を感じられる言葉が返ってきた。それは確かに、不安な気持ちでいっぱいだった俺には頼もしい一言であった。

「では一つ。最近あなたの友人との間で何かトラブルなどはありませんでしたか?」

 心当たりならある。


「結城が倉梨に執拗に絡まれている。」

 それは今回の事件に関係があるかわからないが、起こった時期の関係から警戒視けいかいししていたことだ。

 すると彼女はうんうんと首を振り、『先輩、随分ずいぶん面白い運命におどらされたのかもしれませんね。』と。彼女の瞳の奥に禍々しいものが写った。


 その瞬間察してしまった。宝石のように光り輝くその瞳に映った俺は、もうこの運命からは逃げられないのだと。数日お時間をお借りしますね、と落ち着いた口調で告げる彼女は、その姿をどこかに隠していった。



 彼女らの手を借りることが吉となるか、それとも凶となるか……

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