第8話 亀の甲羅でさえ叩けば壊れる
「どうしたの、こんなとこに呼び出して?それもこんな朝早くに。」
足音一つ無い静かな空間、普段は使われることのないこの空き教室に呼び出された
男女がこんなところにいるのを見たら、何も知らない人は告白か何かと騒ぐだろう。もちろんそんな理由で彼女を呼び出したわけでは無い。
「昨日の5時間目の後の休憩時間。」
そう言うと彼女の
「
目をそむけるように地面を見ながら彼女は答えた。
「どうしてあんなことをしたんだ?」
「あんたには関係のないことよ。」
冷たく、突き返すような言葉を返される。
「ならもうこんなことはやめると約束してくれ。」
鈴愛は確実に依頼を成功させるために、なんとしてでも三波を退学させようとするだろう。だがまだ俺は依頼をしていない。今ここで食い止め、愛海に説明すれば何もなかったことにできる。
「それはできない。」
なぜだ、どうして素直に話を聞いてくれない。
「いいかげんにしてくれ!」
怒鳴ると彼女は畏怖して、体の力が抜けたように壁にもたれかかる。
「答えろよ!」
俺は意識すること無く大きな声を出した。それが怒りによるものなのか、それとも……
自問自答する暇もない。すると彼女はその場から逃げ出すように出口に向かって走りだそうとする。
扉を越える直前、なんとか手を掴みそのまま引き寄せるようにその場にとどまらせた。
「離して!」
三波はドアの側面をを力強く握りながら必死に俺から手を振り解こうとする。だがこちらは男子、性別の差は簡単には埋められない。せめて愛海から盗んだものを取り返さなくては、じゃなければ三波は!
そのとき脳裏に浮かぶ。
「犯人を退学させましょう。」
と言う冷たい声が。
今ここで三波を自白させ、解決してしまえば誰も傷つかなくていい。誰も失わなくてもいいんだ。
俺は焦っていた。力を入れすぎてしまうと三波はドア側の手を思わず離し、そのまま頭をぶつけて倒れた。痛そうに頭を抑えながらも、彼女はここから逃げようという姿勢を崩さない。また気を抜いて逃げようとされたら困る。俺は再び彼女の細い腕を掴んだ。彼女は必死になって手をぶんぶんと振り回す。
その力は先程の比ではなく、振り解かれそうになるのを防ごうとさらに手に力を加えようとする。
「痛っ!」
その瞬間であった。突如手首に感じた痛みに反射的に手を離してしまう。今なお俺の手を、力強く握り続けるこの手は太さからして三波のものではない。彼女をかばおうとする人物には心当たりがあった。
顔を上げ、その平凡な表情に苛立ちを覚える。
「
「何してるんだい、こんなところで。」
その顔立ちからは想像できない力強さ。手の力が入らなくなると彼は手を離した。
とっさに利き手をもう片方の手で庇う。その手は赤くなっていた。
「三波から聞き出してたんだよ。」
「そうか。何を聞いてたか知らないけどそんな乱暴にしちゃだめだよ。ねぇ、翔哉くん。」
結城は
「逃げ出そうとしなかったらこんな事はしねえよ。」
「うん、君なら意味もなくこんなことはしないよね。じゃあ三波さん、なんでこんなに翔哉が怒っているか教えてくれないかな?」
「それは……」
彼女は口をごもらせる。いつもは口の軽いくせして。なら代わりに、俺が説明してやればいい。
「
三波をにらめつけた。彼女は視線には気づいているようだが、決して目を合わせないようにまた地面を見ている。
「それは……本当かい?」
三波を向いていた彼は緊迫した
「でもそれは!」
「おい、それ以上言い訳なんてするなよ。見苦しい。」
地面に向かってその言葉を吐きつける。俺は確かに三波が盗んだ現場を見ていた。あれが意図的でないというなら一体なんだというのだ。
「バカ!」
彼女はまたもやその場から逃げ出そうとする。
「させるかっ」
腕を伸ばして彼女の手を握ろうとすると結城の手がそれを阻止した。三波は
その背中が見えなくなるまで、
「俺の話を聞いてなかったのか!?あいつは!」
怒りの矛先は結城に向いた。
「わかった。でも一回落ち着こう。今の翔哉くんは冷静じゃないよ。三波さんは僕が見ておく。もちろん盗もうとしていたら止めるよ。それで不安と言うなら君は愛海さんの周りに気をつければいい。」
半ば逆ギレで叫ぶ言葉も彼は包み込むようにして答える。
なんでそんなに冷静でいられるんだ。お前の友人が盗みをしていたんだぞ。現場を見ていないから俺の言うことを信じていない?違う、三波は自分のしたことを認めていたじゃないか。
不満は
それを確認すると結城は急ぎ足で教室を去っていく。きっと三波を探しに行ったのだろう。
俺はただ一人、当然か。俺は見せかけの友人にしか過ぎなかったのだから。
扉に持たれながら虚無の無限に等しい一時を味わっていた。
友人関係なんて簡単に、壊れてしまうんだ。
「せーんぱい」
どれくらいの時間が経ったか知らないが、そんな静寂を打ち破ったのは
「なんのようだ?」
始業のチャイムはもう鳴ったはずだ。それだけはかすかに聞こえていた。
こいつはこんな時間に何をしに来たというのだろうか?
「別に〜用なんてなくてもいいじゃないでーすか〜」
そんな気分屋だろうか?たしかにたまにふざけた口調になるが、学校では真面目で通しているはずだ。優等生にはそぐわない行為にはちがいない。
「要件があるなら早く言ってくれ。授業があるだろ。」
自分にも刺さる言葉だが、今はとにかく一人になりたい。
「じゃあ早退しましょうか」
「、は?」
てっきり「先輩も同じじゃないですかぁ」、なんて言うと思っていたばかりに戸惑いながら反応する。
あざとらしくウィンクする彼女に突っ込む気も失せた。そのまま有無を言わせない彼女は、俺をぐいぐいと引っ張っていった。
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