第6話 いつか裏切るその友に
翌朝、
「おはよう。」
机に突っ伏しているとそんな声が聞こえて、目をこすりながら顔を上げる。
「結城か、おはよう。元気だな。」
昨日もよく眠れなかったからか、授業の始まる前からこの有様だ。これでは今日の授業もまともに受けられそうにない。そういえば、いつもは寝ている時に声をかけない彼だが何かあったのだろうか?
「うん。翔哉は眠そうだね。今日は確か家庭科の実習だったでしょ。ちゃんとエプロン持ってきた?」
「ああ、もちろんだ。」
机の横に掛けていた布の袋を持ち上げて結城に見せる。
「あーあ、こういうときばっかやる気出しているんだから。」
いつの間にかいた三波が話に参加する。彼女はちょうど来たところのようで、その手にはエプロンが入っているであろう袋を手にしながらも、その表情は乗り気には見えない。
「お前不器用だもんな。」
「うっさい!」
女子としてのプライドからかカッカとする。一か月前にも調理実習の時間があったのだが、そのときの彼女は大変だった。話すと長くなるので簡潔に説明すると、手始めに彼女は電子レンジを爆発させた。
あれはテロだ。一緒にいた俺と結城には何も言わずもくもくと作業するので慣れているのかと思って任せきりにしていた。だから最初爆発音が聞こえたとき、あーあ、やっちゃったな。とどこか他人事のように考えて調理に戻った。しかしレンジとは逆側に立っているというのに、周りからの視線を感じる。結城と目を合わせて、首を傾げる。一緒になって顔を向けると、そこには先生に平謝りする三波がいた。どうやら耐熱性でも無い皿を突っ込んだらしい。ケガした人はいないが、めちゃくちゃ危険だ。
「大体あんたもあんたよ。男子のくせに家庭科が得意ってどういうことよ!」
「別に自慢できるほどじゃねえよ。」
3日ぐらいならなんとかできるくらいのバリエーションしかない。なんせ普段はほとんど妹がやってくれている。せいぜい妹が部活で遅くまで帰ってこない日くらいしか料理はしないだろう。最近は包丁を握っていないから今日のポテサラだってうまくできる自信はない。
「家庭科の教科書に作り方載っているんだから練習してこればよかっただろ。」
「止められたのよ。包丁を握った瞬間にね。」
どうやら彼女の調理スキルはご両親も理解しているようだ。
「翔哉くん、きょうもよろしくね。」
結城ははにかんだ笑みを浮かべて話した。
「結城〜私じゃなにか不満でも〜〜?」
三波は笑っているように見えて、そのまぶたの裏を見るのが怖くなるほど黒いオーラをまといながら結城の方を見る。
「も、もちろん三波さんも頼りにしているよ。」
「ほんとに〜?」
三波が疑いを拭いきれないでいるのをどうにかしようと、四苦八苦する結城を見るのも新鮮だな。
「三波、今日はお前の丹精込めて作った料理をぜひ、結城に味わってもらわないとな。」
ちょっとしたいたずら心から出た言葉に、彼は「もう。翔哉までやめてよ。」と苦笑いで返す。
昨日の倉梨とのことが少し気がかりだったが、どうやら俺が心配するほど結城の精神状態は危険ではないようだ。
「そういえば倉梨のことだが。」
だが念の為にもと思い、それまでチャットでも話題にしなかった疑問を尋ねた。
「大丈夫だよ。心配することないさ。」
彼は頭を掻きながら笑顔で答える。言い切る前に返答をしたところを見るに三波には気づかれたくないらしい。その彼女は首を俺と結城に順番に向けている。
ふつうなら怒り、あるいは拒絶してもおかしくないだろう。あるいはこの場で愚痴を言ってしまうかもしれない。
だが彼はその感情を表に出そうとはしない。もし彼が自分の怒りを露わにするとしたらその時は、彼の大事なものを傷つけられたときだろう。
誰かのためにしか怒ることができないそれは甘さなのかもしれない。仮にそうだとしてもそれは同時に暖かさなのだと俺は信じたい。最初に声をかけてくれたあの日から今日まで、友人関係を続けていられるのも、彼のそういう一面をあったからだ。
結城ならこの状況で心配しても自分からそれに触れようとはしないはずだ。なら俺にできることはただ見守るだけだ。彼が手をさしのべられることを望んだ日には、友人として手を貸せばいい。
「まぁなんかあったら言えよ。おっかないからあいつにはあんまり関わりたくはないが。」
冗談交じりに言うと彼は少し表情を崩して、「そうだね、その時は頼りにしているよ。」と返した。
三波は口を開こうとすると同時にドアが開く音がする。
入ってきたのは鞄を肩にかける愛海であった。彼女は俺と目が合うと慌てて軽く会釈をし、すたすたと自分の席に向かった。
「ん?翔哉って愛海さんと仲良かったっけ?」
俺と彼女の関わりなど想像もしていなかっただろう。結城の疑問はもっともらしい。
「まあちょっとな。」
下手にここで話をして、誰かに聞き耳をたてられたら困る。犯人が盗んだものの多くはこの教室に置いてあったものだ。ならば必然的にクラスメイトによる犯行だと予想し
「良かったじゃないか、翔哉にも新しい友達ができて。」
悪気は無いとわかっていても彼のその言葉は地味に胸に刺さる。俺に友人がいないことを心配していたから出てきた言葉とは分かっているけれどもだ。しかし愛海とは依頼が解決してしまえば、会話する理由もなくなってしまう。そうすれば二人も気づくはずだ。後になって事情を話すことになるならいっそ今日の放課後にでも、近くのファミレスで話そう。
ふと視線を変えると、愛海はきょろきょろとあたりを気にしながらも席に座っている。警戒心が強い証拠だ。日々のストレスの積み重なりが表情にうっすらと出ている。結城の倉梨との人間関係に、愛海の盗難被害、解決すべき課題が山積もりだ。
今日こそ犯人を見つけなければ……俺は右手にぎゅっと力を入れた。
「はあー」
「どうしたの翔哉、そんなため息なんかついて。フラれた?」
箸を止め、深いため息をつく俺に三波は
「いや、なんでもない。」
ごまかすべきだったか。あっ、と口から出る。
「そ、じゃあ早くご飯食べちゃいなよ。」
そういう彼女のお弁当箱は空っぽだ。それを見て自分がしばらくぼーっとしていたことに気づく。
「ああ。」
三波はあまり関心や好奇心が高いほうではない。もちろん自身の趣味や実益には人並みのものがあるが、他人のことになるとからっきしだ。だから愛海の身に起きた出来事について話したところで広められる危険性は極めて少ないが、今のところは黙っていよう。
朝同様、やはり周りの目が気になって仕方がない。
結局のところ、午前中に犯人は見つからなかった。授業中は流石に盗まれることはないので、休憩時間には視線がバレないよう寝たふりをしながら机の周りを見張っていた。あの方法なら上手くいくと思っていたばかりに悔しく思う。
昨日の傘を最後に盗みがなくなればそれが一番いいのだが、そんな都合の良い話は無いだろう。
「あ、じゃあ私もう行くから。」
三波はちょうど今思いついたように話す。
「行くって何処にだ?」
「別に何処だって良いでしょ。」
彼女は立ち上がると教室をでて行った。
いつもの口の悪さとはちがう何かに違和感を感じつつも、俺は再び箸を手に取る。
「結城、何か知ってるか?」
卵焼きを口に入れながら尋ねる。
「いやーわかんないな。お手洗いなんじゃない?」
それなら追求しなくて正解か。なにより結城が気づかないなら俺に気付けるはずがない。
彼女は授業の始まるギリギリまで戻ってくることはなかった。帰ってきてからも特に変わった様子もない。やはりただの気のせいか。
5時間目が終わり休憩時間にさしかかる。
犯人にとって盗むことができるのはこの時間を逃せばあとは放課後。
今日は天候に恵まれたので傘は持ってきていないはず。そして幸運にも体育も無い。盗むとしたらこれが本当に最後だ。
ごはんを食べてからちょうど良い時間なので眠たくて仕方がないが、なんとか目をこすって観察していた。
そしてその時はやってきた。
愛海の机を横切るスカートが目に入り視線を少し上に上げると、その生徒は無造作に置かれた筆記用具の中からペンを盗る。その瞬間に目がぱっちりと覚めた。
誰なんだ犯人は!?
顔がぎりぎり見えないので視線を
「
誰からも返事が帰ってくることがない。俺の言葉は周りの談笑にかき消されていった。しかしその記憶はシャッターレンズのようにはっきりと脳裏に焼き付く。
その場から立ちあがることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます