第4話 瞳の裏にあいつはいた

「あっ、お姉ちゃん!ただいまー。」

 皆目かいもくしてすぐに鈴愛れいあに抱きつくのは一緒に歩いてきた少女、そしてそれを当たり前のように受け入れる彼女。少女の言葉から察した俺は頭を抑えた。

「お前らっ、まさか……姉妹なのか?」

「あれ?言ってませんでしたっけ?私、足立鈴羽すずはと言います。」

 突然と自己紹介で明かされた彼女の名字は鈴愛と同じもの。紛れもない、二人が姉妹だということが証明された。ただ似ている部分はあまりない。

 鈴愛は大人びた顔立ちをしていて胸囲も年相応としそうおうにあり、すらっと伸びた長い足をしている。その反面、鈴羽すずはは成長期前といっても通じるくらいで胸は……まぁ、あれだ。これからに期待しようといったところだろう。

 そんな二人が似ているのはせいぜい声色と髪色か。鈴愛は薄ピンクのロング、鈴羽は桃色のショートボブだ。一緒じゃないかと思うかもしれないが、若干鈴羽の方が濃い。鈴愛は俺と同じ2年だから、彼女ら姉妹の年の差はたった1年ということになる。一年後の鈴羽が鈴愛と同じような顔になる未来を頭で想像したが、鈴羽を縦に引っ張って伸ばしたような不自然なイメージしか思い浮かばなかった。




「久しぶりね。4ヶ月ぶりかしら?」

 鈴愛は俺を見ると再開を感慨深そうに祝う。1、2、3、4、と指で数えて頷く。

「ああ、そうだな。」

 彼女はマイペースで普段から何を考えているのかわからないような人間だ。1年の最初の頃はそのモデルのようなくっきりとした体型から話しかけられることが少なくなかったようだが、集団行動ができない彼女に次第に人は離れていった。だから俺には言葉を交わすことでしか彼女の考えていることを知ることはできない。



「そんなことより、どうして学校を休んでいるんだ?鈴愛さん。」

「まぁまぁ席に座ってくださいよ。お姉ちゃんも。もう今日は上がりでしょ。」

 俺の質問に水を差すように鈴羽が介入する。その言葉を聞いて、彼女がまだバイト中なことを思い出した。邪魔をしてしまっては悪いだろう。

「すまん。後で、話そうか。」

「ええ、そうだ、翔哉しょうやくん。注文があったら聞くわ。」

 そう言われてもここに来たのは初めてでメニューをよく知らない。それに知り合いに注文をするのはなんだか気がひける。行った先のコンビニに知り合いが働いていたときの気まずさを思い出す。



「じゃあ私はオレンジジュースで!」

 鈴羽は遠慮することなく、(彼女の家なのでおかしなことはないが)そう言って窓側のテーブルに先行していった。

 鈴愛は「あなたは?」と聞くように俺の方を見る。何も頼まないのも変だろう。

「じゃ、じゃあ同じので。」

 甘いのはあまり得意では無いがそう答えた。

 鈴愛は頷くと厨房の方に向かっていたので、俺は先に座っている鈴羽のところへと歩いた。

「向かい、失礼するぞ。」

「どうぞどうぞ〜」と返されたのでかばんをテーブルの足にかけるようにして置いた後、席につく。



 鈴羽はなぜか上機嫌じょうきげんに振る舞う。足をパタパタと動かしながら携帯を触り始める姿が、どうしてもこのお店の雰囲気ふんいきにあってはいなかった。

 次いで丸い銀のトレーに3つのグラスを乗せて持ってきた鈴愛が丁寧にそれぞれの手元にジュースを置いて、自身は鈴羽の隣に座った。俺の目の前に2人が座っているといった構図だ。



「もう終わったので大丈夫ですよ。それよりも急な呼び出しに困惑したでしょう。ごめんなさいね。」

「まあな。」

 手に取ったグラスを傾け喉に流し込むとオレンジの果肉の酸っぱさと果実の甘みが喉を突き指す。紙パックのものとは雲泥の差といってもいいだろう美味しさだが、ただここまで一度も水分に口をつけていなかったのでもう少し水気がほしい気もする。

「この子からは何処まで話を聞いてるの?」

 どうやら先程の俺の質問は保留にされたようだ。少し納得がいかないが、ここは彼女の話に付き合うことにしよう。



「依頼の仕事を請け負っているといいうことぐらいだが。」

 今日結城から聞いたことは言わなくてもいいだろう。

「そう……妹の言うとおり、私達は依頼のお手伝いをしているわ。どんなことをしているかは噂で耳にしたことがあるのではないかしら。」

「まぁ、な。」

 ギクシャクとしながら返答して、結城ゆうきの話を思い出す。バランティア紛いのことをしていると彼は言っていた。そして……

「その噂によれば鈴愛さんは不登校にさせられたらしいけど、どういうことなんだ?」

 鈴羽は自分が依頼屋と言い、その姉は被害者ひがいしゃと噂されている。しかし入り口で見たように、姉妹の間には普通かそれ以上の仲の良さが垣間見えた。その矛盾をまずは整理させておかなければならない。

名目上めいもくじょうそういうことになっているわ。実際は依頼屋の活動のために休学しているだけ。」

 休学と彼女は口にしたが、出席日数が足りなければ当然留年だ。何日学校に行けばいいのかなんて考えたこともないが、なんせ彼女は既に二ヶ月の欠席をしている。

 このままでは取り返しのつかないことになると彼女自身も理解しているはずだが……、ひとまず質問には返してくれたので他の質問に移ることにしよう。



「それで、今日はなんでわざわざここに呼び込んだんだ?」

 まさか今の話をするためだけに呼んだわけではないだろう。となると昼に来たメールが関係している可能性が高い。早い話が依頼の要求だろうか?

 依頼屋が依頼することを依頼するなんて考えている俺でさえややこしく感じる話だが。

「そうね、あまり遠回りしてもいけませんし。では早速ですが翔哉さん。」

 彼女はゆっくり息を吸うと

「私達の依頼活動に協力してくださいませんか。」

 真剣な顔でそう言い放った。



「断る。」

 それに対して俺は無情な言葉を返した。依頼活動の手伝いを願い出るとは予想外だった。しかし考えなくとも答えは明らかだ。彼女らのエゴで行っている活動に協力する気はない。

「そうですか。」

 彼女はその返しをあたかも予想してたかのように受け入れる。何か俺を確実に誘い込む策略があるのだろうか。結城の話を聞くに善行をしようとする気持ちは十分に汲み取れる。実際、活動報告を上げればきりがないだろう。しかし彼女らはまだ隠し事をいくつかもっているはずだ。

 そんな相手に安易に協力すれば、裏切られたときに俺の責任としてすべてをなすりつけられてもおかしくない。協力関係を結ぶには互いの信頼関係が必要不可欠だ。

 その点、この姉妹同士なら条件を満たしているだろう。わざわざその間に俺が入るメリットはない。



「話がそれだけなら俺は帰るぞ。」

「翔哉先輩。」

 席を立とうと背もたれに手をかけると、それまで静かにジュースを飲んでいた鈴羽が口を開いた。

「なんだ?」

『先輩、私達と協力をすればそちらの困っている問題の方も解決しますよ。』

 どこからか吹き付けたそよ風になびいた鈴羽の髪が、ふんわりと盛り上がる。図書室の起立ある真面目な風貌とも、笑顔の眩しい少女らしい風貌とも異なる、まるで人が変わったように彼女の鋭い眼光がんこうが俺の体を硬直させた。

 汗となってしずくほほをつたう。

「どういう意味だ?」

 ああ、今の俺はひどく焦りが表情に出ているだろう。鏡を見なくてもわかる。


『そんなしらばっくれないでもいいですよ〜ちゃんとお見通しですから〜』

 唇に指を当てて舌を少し転がす。

「鈴羽!それは『先輩のお友達の頼み事にお力になれると言ったら協力してくれますよね。』

 鈴愛の何らかの忠告に取れる静止を無視して、鈴羽は着実に場を掌握していく。好悦こうえつした彼女の顔は人が変わっている。目を合わせるとその瞳の奥に紅色べにいろめいたものが映り、決して目を離さないかのようにするが如く俺を捉えていた。



『盗難事件、その犯人を捕まえることができると言ったら?』

 その話は俺とクラスメイトの愛海、そして犯人にしか知り得ないことのはずだ。こいつは一体どこまで知っているんだ……。愛海が密告するはずがない。こいつらの言葉を借りるなら愛海は依頼する側だからだ。それに俺もこのことを結城にも三波にもさえ話していない。



「ブラフじゃ、なさそうだな。」

 彼女の目は確信に近い自信を彷彿ほうふつとさせる。あのことの裏が取れているといってまず間違いない。このあとの俺の行動も予想できているだろう。

 思い通りに動くのはしゃくだが、俺は席を立った。

『お帰りになるのですね。』

 予め録音したテープを再生しているようだ。どれだけ裏をかこうと嘘を重ねようと、手のひらの上で転がる自分のイメージを払拭することはできない。これ以上話していても彼女のペースに飲まれるだけ。余計なことを口走れば不利になるばかり、ならばいっそ黙ってこの場を立ち去ろう。

 そう思ってかばんを肩にして振り返る。


『あなただけでは力不足だと思いますよ。』

 、わざとらしく強調されたそれに舌を噛む。

 皮肉めいた言葉、彼女はきっと不敵な笑みを浮かべていることだろう。


 俺は誰もいないレジにお金を置いて外を出た。



 冷たい風がほほに触れる。

 空は月に照らされ、街灯の周りにはハエ共が群がっていた。


 アイツらの手のうちに転がされてたまるか。

 その決心が届いたかのように、ポケットに入れていた着信音が、静かな世界に鳴り響いていた。



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