第2話 事実と妄想は紆余曲折
「隣のクラスに不登校者がでたのよ。それが依頼屋による
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃に冷静さを失う。
「その不登校者の名前は?」
「2年の足立鈴愛。4月に一度学校を休んでから一度も来ていないっだってさ。」
三波はぶっきらぼうにそう口にした。
自分の知っている生徒なんて両手で十分事足りるくらいだが、その名前には聞き覚えがあった。それは去年の同じクラスだったからだ。
彼女はあまり人前では話す生徒では無いし席も離れていたので面と向かって話したことは無い。だが周りに比べてずっと長い黒髪が特徴的だったのでよく覚えている。
もし本当に依頼屋の
彼女がいくら人との関わりが少なくとも真面目な生徒で恨まれるような人間には思えない。
もしかしたら嫉妬やすれ違いが原因なのではないだろうか。
質問をする度に疑問は二倍三倍と増える。
すっかりこの話題に興味を奪われていた。
「この話はこれでおしまい。」
しかし彼女は立ち上がってすでに袋に入れられた弁当箱を手に取る。
「あ、三波っ」
引き止めようとするものの彼女は答えること無く教室を出ていった。
これ以上問い詰めて機嫌を悪くさせてしまっても仕方ない、諦めて再び席に着いた。
「あっ結城く〜ん。」
今の段階で分かっていることを整理しようと自分の世界に入ろうとするのを聞き覚えのある声が邪魔をした。
結城に声をかけようとするのを鼻につく声。
「
茶髪に染め、メイクで自身を美しく見せる彼女に対して結城は気の悪そうに答える。
「私の事は
結城のトーンの下がった声におじけることもなく彼女はなれなれしい態度を
「凜音さん、どうしたのかな?」
首を
嫌な顔しても離れないならさっさと話を終わらせてしまおうと考えているのかもしれない。これも結城の優しさからなのだろう。
「今週の日曜日のこと何だけどさー、」
「ごめん、昨日も言ったけどその日は予定が入っているから。」
彼女は俺を背にして両手を自分の後ろでつないで可愛らしく尋ねるがこれも華麗にスルーされた。
普通の人間ならここでもう引き下がっているだろう。だがこいつは表情一つ変えないでにこやかな笑顔を向ける。しかし俺は一瞬、その手のひらの血管が浮かんだところを見逃しはしなかった。
やはり見せかけの笑顔だったか。わざわざ結城にばかり声を掛けなくても彼女ならいくらでも異性を遊びに誘えるだろう。何度も同じ誘いをする理由もわからない。
去年倉梨をどこかでふいに見かけるたび、彼女の隣には別の男がいた。その時の俺は人の恋路をどうこういう気はないので、本人がそれでいいならいいか、ぐらいにしか感じていなかった。しかしこの頃になって結城にターゲットを絞るように執拗に追いかけるようになった。
三波が近くにいなくなるとすぐに声を掛け、時には移動中に引き止めることもしばしばであった。ひどい日には電車にまでついて行ったこともあるそうだ。これについては風のうわさなので確証はあまりない。
半ばストーカー染みた彼女の狂気に今では目を合わすことすらおぞましいが結城の心境を察するに何もしないではいられない。
「すまん。その日は俺と出かけることになっているんだ。」
すると倉梨は振り向きその鋭い瞳を向けながら一言「そう‥‥‥」と言った。その眼差しに俺の視線は反射的にあらぬ方向に向けられた。怖すぎるだろ。
「へえーそうなんだー。でもこんなやつより私とお出かけしたほうが良いと思うなー。新しいショップとかー洋服屋さんとかー。あとあとー」
再び彼女は振り向くとすっかりいつもの声の調子で話を再開する。そのあまりの変貌に本当に同じ人間なのかと目を疑いそうになる。だがその言葉遣いは、自分より俺との約束を優先させたと
「ごめん。倉梨さん、誘いは断らせてもらうよ。」
俺がよく知らないような
「翔哉くんありがとう。用事があるからすこし席を離れるね。」
倉梨に聞こえないぐらいの声でぼそりと言葉にする。本当は遊びに行く予定などなかった。あの場で結城が断れるよう助け船を出したことのお礼だろう。結城は愚痴を言うわけでもなく、そのまま教室を一人出ていくと、辺りはシーンと物音一つ立たない空間となった。
この状況を周りの何人かの生徒も気づいているだろうが、視線を向けて確認しようとするものはいない。倉梨を敵には回したくないのだろう。
少しすると教室はだんだんと食事をする友人ら同士の談笑で盛り上がってきたのは幸いだが、なんとなしにいづらさを感じて俺は教室を出た。
午後の授業が始まるまで二十数分、その時間を過ごすために俺は図書館に向かうことにした。結城のことは気になるが今は話しかけないほうがいいだろう。嘘を嫌う彼は今、ひどくネガティブになっているはずだ。下手な優しさは傷つけることに繋がりかねない。どんな言葉も
4階に上がってすぐの扉を開くと冷たい風に触れる。どうやらエアコンの試運転中らしい。今日は
中に入り扉を閉め、真っ先に新刊の本が
しかし今回は来るのが早かったようだ。残念ながら置かれていたのは先月のそれとまったく同じラインナップである。
仕方ないので目に写った
昼休みに届いた不可思議なメールがきっかけか何となくかは知らないがふと頭に浮かんだそのジャンルの本を求めて本棚を上から順に眺めていく。さすがにそんなメールが届く話なんてないだろうが、ずーっと上から視線を動かすと、一冊の本が目に入ったので手に取る。
それは偶然、街で出会った少年が探偵らしい格好をした怪しい人物とともに、難事件を解決するという至ってシンプルなストーリー展開のようだ。
そのまま数ページ目を運ぶとこんな一文があった。
少年は一枚の古紙を手に取ると
「少年よ、これが解けるとはやはり見込み通りのようだな。ぜひ私の助手となってくれ。」
少年が複雑なメッセージを解読し口に出すと探偵が突如目の前に現れる。
その登場シーンに俺は、探偵は実はマジシャンなのでは無いかと苦笑しつつも片手をズボンのポケットに伸ばしていた。
読み上げたら探偵が目の前に現れるのではないかなんて夢物語を頭に浮かべて、つい先程きたメールを思い出す。子供心か好奇心がとどまることを知らない俺は、一番上に表示されているメールに対して「会って話をしたい」と短い一文を送り返した。
「コラ!」
背中に聞こえるその声に体をビクリと震わせる。後ろを振り向くが誰もいない。
なんだ気のせいか。
司書の先生は図書館で携帯を使うと口を酢っぱくしていうのだが、さっきの声は公園遊んでいそうな元気な小学生の声に似ている。少なくとも30のおば‥ゲフン、
あの人の目の前でうっかり口に出してしまったら、永久出禁を食らってしまうだろう。
「ちょっと!あなた!」
なんだなんだ?また幻聴か?そう思いつつ後ろを振り返ると薄っすらと桃色の細い線が目につく。いやこれは髪の毛だ。
見下げるとそこには自分より頭1つ以上分背の低い生徒が立っていた。
「なんですか?」
ここにある本を読みたかったのだろうか?いやそんな理由でいきなり怒り出しはしないだろう。
「図書室では携帯の使用は禁止です。先輩ですから当然知っていますよね?」
はきはきと怖気ることもなく注意をする。
「あ、すまん。」
どうやら彼女は図書委員で今日は当番らしい。胸元には緑色の校章がワイシャツにプリントされているから1年生だろう。余談だが2年生は青色、3年生は赤色、俺の襟元には青メッキのバッヂがついている。
うちの高校は私立のため校則がゆるい。目の前の少女のように髪を染めるのも、倉梨のようにメイクをするのも自由だ。しかし図書室では独自のルールを設定し、利用者に義務付けている。内容は公共の図書館を参考にしているので無茶苦茶なルールではないが、校則よりは厳しいという謎めいたものである。
去年の最初は俺も注意を恐れて気をつけていたが、しばらくすると携帯を使う姿も見慣れるようになったので、自然に自分もルールに甘くなっていた。どうやら目の前の彼女は俺と違いルールに忠実な、真面目な人間のようだ。
「今回は注意だけですけど、次からは気をつけてくださいね。あと本をそうやって持つとページが折れ曲がってしまうのでしおりをご利用ください。」
指摘されてハッと気づく。家で本を片手に読むときの癖がでていた。
「気づかなかった。何から何までありがとな。」
礼を言うと彼女はぽかんと口を開けた。携帯はポケットに戻したし本は閉じたのだが……
「まだ何かあったか?」
自分の身なりを見るが特段おかしなところはない。
「その、あっさりと返事をもらえるとは思わなかったので。」
さっきとは打って変わっておどおどとした声で話した。
「完全にこっちに非があったからな。」
彼女は一年だし注意をしても聞いてもらえないことが多々あってもおかしくはない。ルールを守って驚かれるなんて可笑しい話、いや可笑しいのはこの学校か。生徒の自主性を校風にするのは悪いことじゃないが甘すぎる。一定の制限も時には必要なのかもしれない。生徒会長ならまだしも、一生徒の俺にできることなんてさしてないわけだが。
「そうですか。まあ、その方が助かるんですけど。ところでその本は?」
俺の手の本を見て尋ねる。
「ミステリー小説みたいなもんだよ。結構王道な感じの、まあ初めて読んだところだからまだあんまりつかめていないけどな。」
「いえ、そうではなくて。どうしてその本を?」
どうしてと言われると難しい。この本は有名では決してない。ただ、
「さっき携帯を見ていたことと関係があるんだけどな……」
ただ一つ、きっかけを話すとしたらやはり送られてきたメールがきっかけだと話すのが手っ取り早いだろう。依頼屋の噂はまだ1年には浸透していないだろうし笑い話のつもりで話した。
「そういうことでしたか。」
肩をおろしてぼそっと息を履くように彼女の口からでてきたその言葉。
「なんだ、一年にも広がっているのか?」
的を外したことを確認するように問いかける。しかし、
「私がメールの送り主です。」
「は!?」
冗談とは思えない声のトーンで話す彼女に戸惑いを隠せない。
「ですから、私が依頼屋なんです。こんにちは翔哉さん。予定より早かったようですが、本日はどうぞよろしくお願いしますね。」
手を前に重ね目を閉じ丁寧にお
歯車が、ゆっくりと、動き始めるーーー
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