第6話 オフ会
「いやぁ〜、なかなか返事が来ないもんですから、すげなく断れるか無視されるかと思ったっすよ〜」
対面に座るアルツさんはからから笑いながらそう言った。
アルツさんとビルの影でばったり出会ってから、彼女は息つく暇ないマシンガントークを繰り出し、私はあれよあれよと喫茶店に連れて込まれてしまったのだった。
入った喫茶店は全国チェーンなんかんじゃなくて、個人経営の喫茶店。少し大人な雰囲気は女子中学生には居心地が悪かった。
喫茶店というものには初めて入った。それも今日初めて会った人と。あまりにも未知で、滅茶苦茶な出来事だ。
こんなことになった理由は何か。私はこれまでのことを振り返る。
それはオフ会の誘いになったことが理由だろうか。いや、違う。始まりは絵を描いたことだ。絵を描いて、ネットに上げて、そしてアルツさんと出会った。だからこうしてアルツさんと一緒に喫茶店に入って、インスタントじゃないコーヒーを啜っている。
「まぁ断れたり、無視されたりするのは当然っちゃ当然なんすけどねぇ。だって、ほら突然見ず知らずの誰かからオフ会のお誘いなんか来たら怪しすぎるっすから」
「は、はぁ……」
にしてもこの人。本当にしゃべってばっかだな。なんでこんなに口が回るんだろう……?
うぅ……苦手だ。そしてだいぶSNSと人が違うな、アルツさん。SNSだと丁寧な口調の大人しい女性を彷彿とさせる感じだったけど。
ネットで人が変わる人は良くいるって話だし、不思議じゃない……のかな?
「それにしても驚いたっすよぉ。まさかルージュ先生がこんっなに可愛い系の女の子だったなんて!」
「そ、そうですかね……」
私もネットで人が変わるタイプっすか。そっすか。
「ちなみにどう見えてました?」
「クールで、ミステリアス!」
だ れ だ そ い つ は。
でも思い返せば、確かに絵しか上げてなかった。私の絵のタッチから考えれば、そう思われても仕方がないかもしれない。
「いやほんと、絵から全然想像できなかったっす」
「……アルツさんだって、結構意外でしたよ?」
アルツさんは可愛らしいイラストを描く人だ。だから私みたいに可愛い系の服に身を包んだ人が来るもんだとばかり思ってた。
「それ良く言われるんすよ。もっと地雷系女子想像してたって。そんな風に見えてんすかね?」
「じ、地雷系女子……?」
「おぉっとぉ、ルージュ先生は知らなくて良い言葉っすよー」
む、そう言われるとむかつくなぁ。
「調べよ」
「デジタルネイティブ!!」
騒がしい。
スマホでぽちぽち調べると、何やら良くない女子のことを意味する言葉のよう。
「うー……ん、別にそんな風には思わなかったですけど」
そんな風に思ってたらそもそも会ってないし。
私が地雷系女子云々を否定するとアルツさんはほっと息を吐いて、
「そっすよねぇ」
などと不満気な顔で相槌を打った。確かにあんな評価されてたらストレスは溜まると思う。
けど、そう何度も何度も悪口を言われたことがあるって言ってることはアルツさんはたくさんオフ会に参加しているんだろう。となると一体どれくらいの年齢なんだろうか。
「あ、あのアルツさん」
「ん? なんすか?」
「アルツさんって一体おいくつなんですか?」
オフ会に頻繁に参加しているということは、私よりずっと年上なのかも。ちんまりしてるから、そうは見えないけど。
想像するに大学生くらい、かな? SNSを見た時に知ったけど、同人誌をいくつも出してるみたい。だからお金とか自由度のことを考えると大学生くらいが妥当なように思う。
しかし問うた私に対してアルツさんは渋面だ。
「ネットの知り合いにプライベートを細々聞くのはご法度なんだけどなぁ」
「――っ」
そういうものなのか。
アルツさんは困ったように笑う。
「デジタルネイティブが故のって感じっすかねぇ」
「す、すみません……」
「いや、いっすよ。この場合、話しておいた方が良いだろうし」
どういうことだろう?
「ルージュ先生、中学生っすよね?」
「――?! どうしてわかったんです?」
「そりゃ分かるっすよ。高校生の私から見たら明らかに年下っすから。振舞いとかでね」
「そういうものですか」
「そういうもの。で、私は年上で貴女を保護する立場にあるっすよ。だから多少はこっちの身の上を明かすべきだと私は考えるっす」
「は、はぁ……」
「というわけで――」
アルツさんはごそごそとカバンの中を漁ると、一枚の紙を取り出して私に渡す。
「これ、は?」
「名刺っす。私が同人ではなく商業で使うやつっすね」
「商業ってことは、すでにお金を貰ってるってことですかっ?」
「まぁ、商業案件はほんの少しっすけどね」
たはは、と照れ笑いを浮かべるアルツさん。凄い人が身近にいたものだ。
驚愕しながら名刺に視線を落とすと其処には
「い、いいんですか? いただいてしまって」
「いいっす、いいっす。ルージュ先生、良い人そうですし。あ、ルージュ先生の方は良いっすから。絶対にネットで会った知らない人に本名とか連絡先とか明かしちゃ駄目っすからね」
「説得力ないです」
「こりゃ、手厳しいっすねぇ」
たはは、とアルツさんは笑う。それにつられて私も笑ってしまった。初めて会った人なのに軽快な会話を交わせたおかしかった。
私は頼んだコーヒーを一口啜る。砂糖もミルクも入れていないコーヒーの苦味がすっと気分を落ち着けた。
「それブラックっすよね。飲めるなんて、すごいっすね」
「そ、そうですか?」
「私は無理っす。苦くって」
「高校生なのに?」
「高校生は関係ないっす。ブラックで飲めない人、結構多いっすよ」
そういうものなんだろうか。高校生と聞くと中学生の私はとても大人に見えてしまうけれど、実はあんまり違いはないのかもしれない。
「高校生も所詮は中学生の延長線上っすからねぇ。高校生になったからといって、何かが劇的に変わるわけじゃないっす」
若干の落胆と共に呟かれたアルツさんの言葉。きっとアルツさんも高校生という立場に期待して、しかし裏切られた人間なんだろう。現実のつまらなさを吐き捨てるように私には見えた。
けれどもアルツさんは直ぐに気を取り直したように、
「だから自分で変えてかなくちゃっすよ。受動的にではなく、能動的に」
「同人誌とか一杯出したりとか、ですか?」
「そうそう、そういうことっす」
「でも、お金とかは……」
「とーぜんバイトして溜めたっす! 高校生になればバイト出来るっすからね」
バイト! そうか、確かに漫画とかだと高校生のキャラクターはバイトしてた! そっか高校生になるとバイトが出来るのか!!
気分が高揚する。ただ冷静な部分な私はこう問うていた。
「……それ中学生とだいぶ違う点じゃないですか?」
「――……っすね。でも、まぁ、最近は同人誌は紙じゃなくても良いし、同人誌出すのは中学生でもやれるっすからねぇ」
紙じゃない同人誌? どういうことだろうと首を傾げていたら、アルツさんがこう教えてくれた。
「ほら電子書籍ってあるっすよね? 紙じゃない同人誌っていうのは電子書籍と同じように出すタイプの同人誌ってことっす」
「へぇ……」
そんなのがあるんだ。同人誌を出すってなると印刷費とか遠征費――というものがあるらしい――が必要でお金がかかると聞いたことがあるけど、電子書籍みたいな感じで出来るならお金のない私でも出来る。
だからぽつりと呟いた。
「同人誌、出してみようかな」
ほんの小さな呟き、だったと思う。けれども目の前の相手には届いたようで、
「良いじゃないっすか! 出しましょう、同人誌!」
「きゃ――っ」
突然前のめりにアルツさんが食いついてきた。あまりの食いつきように、思わず私は身を引く。
「同人誌は良いっすよぉ。作るまでは大変っすけど、出来上がった後の達成感とかやばいっすから」
「は、はぁ……でも出したところで需要ないでしょうし」
「ちっちっちっ。認識が甘いっすよ、ルージュ先生。同人誌は『需要があるから出す』んじゃないっす。『出したいから出す』んす。需要とかは関係ないない」
「つまり……自己満足?」
「そっす。なんか金銭授受が発生したり、採算取れる大手が目立つから勘違いされがちっすけど、同人誌ってのは基本そういうもんすよ」
「同人誌がお金目的で生まれたものだったら二次創作本なんかは完全に黒っすからねぇ」と最後にアルツさんは付け足す。確かにそうだ。二次創作の同人誌は印刷費とか必要なお金の回収とかのためっていう建前があるから金銭のやり取りが出来るって書いてあった気がする。
「あれ、となる建前が機能しない電子版でお金取るのは不味いんじゃあ……?」
「鋭いっすね。でもそれ下手にオープンな場で言うと危ないから言わない方が良いっすよ。流石に私も火消できるほど影響力あるわけじゃないっすから」
「……りょ、りょーかいですっ」
でも、
「そうなると電子書籍みたいに出すなら、二次創作の同人誌は出来ないですね」
「いや、紙で出さずに無料で出せば良いんすよ。そうすれば出す側は印刷費などのコスト払わなくて済むし、グレーも黒よりのグレーじゃなくなって白よりのグレーになるっすから」
あ、そうか。同人誌の本質は自己満足なんだから、別にお金は関係ないんだ。お金のやり取りのイメージが強いからどうしても連想してしまう。
「ルージュ先生は二次創作のイラストばっか描いてるっすよね。ですから二次創作イラスト本を出すのが妥当だと思うっすよ。何か描きたいものがあるなら、そっちを描くべきっすけど」
「描きたいもの……いつも描いてるものが描きたいものだから、そのままの路線で同人誌を作れば良い、かな?」
「じゃ、決まりっすね。その方向性で行くことにするっすか」
こうしてあれよあれよと私が同人誌を作る流れが出来上がっていく。
同人誌の整え方、頒布するサイト、宣伝方法など。なんだか漫画家と編集者の打ち合わせをしているようだった。
そして最後にアルツさんはこう締めくくる。
「それじゃあ、公開は冬コミの開催時期に合わせてってことで。新規イラストを5枚くらいまとめて本のようにするでいくっすか」
それからアルツさんは席を立つ。「トイレ行ってくるっす」と告げて。
一人になった私は深く息を吐いた。まるで嵐の中にいるような時間だった。久しぶりに疲労感を覚えた気がする。
私はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。濃くなった苦味と酸味が疲れた体と心に喝を入れる。
確かに疲れた。けれどもこれは悪いことじゃないと私は確信していた。
楽しいことが始まる。そんな予感が胸を躍らせているから。
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