第5話 アルツ
息を吐く。ほうぅ、っと吐いた息は真っ白になって宙に消えた。
12月の中頃、その土曜日。私たちはコンクリ―トジャングルの中にいた。
辺りは見回す限り、人、人、人! まったくもって人だらけ。流石大都会、人の数が『やばたにえん』ってやつだ。
「若干古くないかしら?」
「う、うるさいな」
「あとネットスラングをリアルで使わない方が良いわ。かなりイタイ」
「え、えぇ?!」
若者の間で流行ってる言葉じゃないの?!
「はぁ……」
「呆れた目で見ないでよ!」
まったく失礼なイマジナリーフレンドだ。事前に教えてくれれば良いのに! どうせ知ってるんだから!!
私がぷんすこ怒っていると、どうにも行き交う人が私のことを奇異な目で見て来る。一体どうしたことかと思っていると、マリーは畳みかけるように告げて来る。
「イマジナリーフレンドである私は貴女にしか見えないのは覚えてる? 今の貴女は、傍から見れば1人で騒いでる『イタイ女の子』よ」
「ぬがぁぁぁぁっ!」
そうだった。そうだったぁぁぁぁっ。すっかり忘れてた。ずっと家にいるから、家にいる気分でいた。でもそうだ、そうなのだ。今は外、人だらけの外なんだ。いつもの調子でマリーと喋ってたら、当然盛大に独り言をする変な人に見られる。
「あぁぁぁぁぁ」
「いいじゃない。どうせ貴女のことなんてすぐ忘れられるわよ。人の群れから少々浮かび上がったところで、所詮は些末事にしか映らないわ」
少し寂しいことをマリーは言う。でもきっと事実だ。周囲の人はスマホにばっかり目を向けて、周りなんか見ちゃいない。私の奇行を見た人もすぐに私から目を逸らして小さな液晶の世界に閉じこもっていく。
他者に対する無関心。その言葉が脳裏に浮かぶ。
「その無関心の怖さを貴女は知っているでしょう?」
「…………うるさい」
ノイズを無視して、私はこれまでそうしてきたように裸の男性像の台の周辺を見つめる。
男性の裸は絵の参考になりそうだからきちんと後で見ておくとして、私が注視しているのはその像の周りに集まってる人だ。今現在、私はビルの影から、こっそりその人々を観察している。
何故なら其処にアルツさんがいるはずだからだ。
「悩みに悩んで、結局オフ会に行くことにしたのよねぇ」
アルツさんから貰ったオフ会のお誘い。2日くらい時間を費やして、私はオフ会に行くこと決意したのだった。
勿論、危ないことだって分かってる。ネットのよく知らない人に会いに行くなんて言語同断だ。もし誘拐とか企んでるアブナイ人だったら、目も当てられない。それでも会おうと思ったのは、アルツさんがおそらく私と同じくらいの年齢の女性であること、そして何より自分の絵を気に入ってくれる人がどんな人なのか知りたかったからだ。
絵を描き始めて大した時間は経っていないけれど、それでも自分の作品を評価してくれる人が何者なのかは凄く、すごーく気になる。だから好奇心に負けて危ない橋を渡ってしまったのだった。
「でも今はいないみたいよ」
「だね。教えてもらった服着てる人いないし」
アルツさんとは事前に今日着て来る服を写真で送りあっている。私の方は精一杯のおめかしの、フリルがちょっと多めな可愛い系の服を着て、その写真を送った。アルツさんは薄い茶色のセーターにジーパン、その上に薄いパステルピンクのコートを羽織ってくるそうだけど……実際は分からない。ネットで拾った適当な写真をこちらに送ってきただけかもしれないし。
(危なそうな人だったら、即退散! これに尽きる!)
見た所、DMに送られてきた服装と同じ服装の人はいない。ということはまだ来てないだけなのか、あるいは私を騙しているのか……。
時計をちらりと見る。気づけば集合時間の5分前だった。5分前行動は基本だ。けれども送られてきた服を着た人は誰もいない。
ということは、つまり、
「クロね」
「えぇ、クロだわ」
待ち人来ず。いやいるんだろうが、それは危ない誰かだ。私が望んだアルツさんじゃない。
銅像近くにいるであろう何者かに気づかれないようにビルの陰からそっと身を引いた。そして帰ろうと駅の方に向かおうとした、その時だった。
「あれ、こんなところで何してるんスか? ルージュ先生」
声を掛けられた。声の主の方をおそるおそる向く。
怯えながら視線を向けた先にいるのは薄い茶色のセーターにジーパンを履いた、薄いパステルピンクのコートを羽織る少女。色素薄目な髪を持つ、ビン底眼鏡の背が低めな女の子だった。
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