第4話 お誘い

 ペンタブはお母さんにお願いしてから2日後に手元に届いた。


「「おー」」


 などと開封したらイマジナリーフレンドと共に驚いちゃったりして、小一時間ほど眺めた後、せっせと使えるようにセットなどを行った。


「えーと、んー、んーー?」

「これこうじゃないかしら?」

「……駄目じゃん」


 イマジナリーフレンドは私の知らないことは知らないということがよくわかる一件なども交えつつ、2時間ほどでセッティングを終える。

 

「……操作方法が分からない」

「ネットで調べましょうか」

「……………………」

「……………………」

「難しーもーやめたーい」

「諦めないの」


 慣れない新装備に頭を悩ませながら、なんとか使えるようになるまでに4日経過。自由自在に使いこなせるようになったのは寒さが一層厳しくなったころだった。

 私は身を震わせて、


「さむっ」


 ペンを置き、ブランケットを身に纏う。もこもこ素材の厚布が私を温かく包んでくれた。


「暖房をつければ良いじゃない」

「やだ。もったいないでしょ」

「気にしないと思うけどね、貴女の母親は」


 確かにそうかもしれない。というか絶対そうだ。むしろ暖房をつけてあったかくしろ、と駆りたてられると思う。

 だから私が暖房を付けないのは誰かに対する遠慮なんかじゃなくて、自分自身の意地だ。取りに足らないちっぽけな自分だけど、それなりの意地はある。そう、肥大化するばかりの意地が。


「うぅ……」

「落ち込んでないで描いたら? あとちょっとなんでしょ?」

「言われなくてもそうしますぅ」


 ペンを走らせ、最後の仕上げを図る。最初は戸惑った描いた線がパソコンの画面に移る現象も、今ではもうすっかり慣れたもの。躊躇いなく線を引き、理想の絵を完成させていく。


「なんというか、あまり似合わない絵を描くわよね」

「に、似合わないとか言わないでよ、似合わないとか」

「でも実際そうだし。貴女自身は如何にも女の子女の子してるというか、ファンシーなのに、絵は結構大人びた雰囲気のイラストを描くわよね。若干冷たさを感じるタッチだわ」


 それは確かによく言われることだった。よく分からないけど、線がシャープなことが原因らしい。


「おまけにペンネームもルージュだしで。結構痛々しいわよね、この名前」

「うっさい、うっさい!」

「忘れてないかしら、私の意見は貴女の意見だからね」


 自覚があるから指摘欲しくないんだよ! 

 顔の火照りを無視して、取り掛かっている絵の仕上げに掛かる。筆圧が強くなったのは気のせいだ、気のせい。


「よっし完成」

「今回は女スパイなのね。やたらグラマラスな」

「かっこいいでしょ」


 有名なアニメの登場人物だ。世界を股に掛ける怪盗を翻弄し、多くの有力者たちと渡り合い、類稀なる銃の腕で死線を潜り抜ける、そんな出来る女だ。

 幼い頃に初めて見たとき、なんというか、こう、痺れた。自分とは全く異なる在り方をする人にとんでもない衝撃を受けたのだ。これまで多くのアニメや漫画を見てきたけど、このキャラが私の中で不動の一位だ。


「ちょっとエッチね」

「大人の女性と言って」


 この良さが分からないとは、私のイマジナリーフレンドながら情けない。本当に私の思考をトレースしているのか。つくづく気の合わない友人である。

 若干の苛立ちを噛みつぶし、私は描いた絵を保存した。そしてブラウザを開き、青い鳥がトレードマークのSNSとイラスト投稿サイトを開く。

 描いた絵はネットの海に流していた。これはマリーから――つまり私から――もらった「折角描いたんだから、誰かに見てもらいましょうよ」というアドバイスに従った結果だ。しぶしぶ、そうしぶしぶ。決して私が自己顕示欲強めな女子中学生というわけではなく!


「見てもらいたいと思うのは自然だと思うけど?」

「だから人の心を読むなーっ」

「貴女は私なんだから、思った時点でわかっちゃうのよ?」


 ぬぐ。イマジナリーフレンドって本当に厄介……。

 自分自身と喧嘩してても仕方ないので、ちゃっちゃと描き上がった絵をアップしよう。

 まず初めにSNS。注目される戦略(?)とかはよくわからないので、『描きました』という文言だけ付け加えて投稿。

 それから投稿サイトへ。ハッシュタグという機能があるので、アニメの名前とキャラクターの名前をハッシュタグとして付けて投稿する。こうすることで同じアニメやキャラクターが好きな人が絵を見つけやすくなるらしい。

 

「投稿時間とか気にしなくて良いの?」

「良いよ。面倒だし」

「たくさんの人に見られるのに?」

「今でも見てくれる人はいるから良いの」


 固定ファンというものが私にもついた。SNSや投稿サイトで評価をつけてくれる人たちだ。

 数は当然少ない。神絵師(?)って呼ばれてる人は万単位でフォロワーがいるけれど、所詮はただの中学2年生。すごい人たちとは比べるべくもない。

 だけど、これで良いんだ。なんてことない女子中学生の絵を偶然見てくれた人が評価してくれる。こんな凄いことは他にない。インターネット様々だ。

 ぴこん、と通知音がなる。SNSからの通知だ。早速見てくれた人がいるのだろう。私の絵は押し並べてSNSの方が反応が早い。多分SNSの方が開いてる人が多いからだろう。

 それから2、3と通知が増えていく。

 思わずガッツポーズ。


「やった!」

「その程度で満足してて良いの?」

「良いの」


 人が素直に喜んでるにも関わらず茶々を入れないで欲しい。


「第一、マリーは高望みし過ぎ。私なんかはこの程度で十分なんだよ」

「馬鹿。自分で自分を卑下しない」

 

 珍しくマリーがと言った。

 思わず体が竦む。


「え、あ、うん、ご、ごめん……」

「良い? 自分で自分を下に見ないの。自分だけは常に自分を一番だと思ってなさい」

「それってただの自己チューで傲慢な奴じゃ……」

「他人に対する優しさを忘れなければ良いの。自分を一番にするのを忘れて他人を尊重してばかりだと、いつか自分自身を失って何もない人間になっちゃうわよ」


 何もない人間。想像するだけで体が寒気に震えた。

 他人のために自分自身をそぎ落とす、そぎ落としていくのは生きながらにして肉を切り落とされる豚のようなものだろう。そうして最後は骨だけになって、朽ち果てるのだ。

 誰にも見向きもされずに、ただ土に還るまで。

 

「世界は残虐ではない。けれども温かいというには冷たい。そうであることを貴女は知っているでしょ?」

「……うん」


 そうだった。そうだったのだ。優しい世界に長い間いたから、すっかり忘れてしまっていた。

 世界の冷たさを。

 足元を冷たい空気が撫でる。反射的に足を椅子の上に持ち上げ、抱え込む。そのままブランケットで体をミノムシのように包んだ。

 そして名前を呼ぶ。


「マリー」

「此処にいるわよ」


 その言葉に少し安堵した。自分勝手だ。分かってる。普段は邪険にしているのに甘えてしまうなんて。

 だけど彼女は私のイマジナリーフレンド、私自身なんだ。だったら、良いよね。

 少し眠ろう。嫌な思いが少しでも紛らわすことが出来るように。

 目を瞑る。意識が暗くなる。うとうととし始めた時――


――ぴこん

 

 SNSの通知が来た。うっすらと目を開ける。

 いつものやつかと思ったら、画面を確認して目を見開く。

 DMだった。誰でも見られるやり取りではなく、送った人と送られた人しか見られないメッセージのやり取り。送るには心理的なハードルが高いアレだ。

 送ってきたのは『アルツ』という名前のフォロワーさん。交流があるフォロワーさんの中でも私の投稿に初めて反応してくれた人だから印象に残ってる。私と同じように絵を投稿している人で、私とは正反対の可愛らしいタッチで女の子を書く絵描きさんだ。

 そんな人から送られて来たDMはこうだった。


『オフ会しませんか?!』


 オフ……会?


「何それ?」

「さぁ?」


 私も知らないことはマリーも知らない。つまりマリーも知らないということは忘れている言葉ではないらしい。

 ネットで検索をかける。


「オフ会……ネットで知り合った人がオフラインで会う会、か」


 なんだか物凄くアブナイ匂いがする。学校の授業でもネットで誘われても会いに行っちゃいけないって言ってたし!

 こういうのは無視に限る、無視に。


「良いの無視して?」

「良いよ」

「と言いつつ、気になってるでしょ」

「気になってない」

「忘れたの? 私に嘘はつけない」

「…………本当は少し気になってる」


 だって初めて私の絵を認めてくれた人なんだよ、アルツさんは。自分を認めてくれた人に会いたいと思う感情は自然だと思う。


「んんぅ~~~~」


 送られてきたDMを私は睨みつける。

 懊悩する私にマリーは悪戯げに言った。


「どうするの?」

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