最終話 マリー~たった1人の友達~
――あれから14年の時が経った。今、私はゲーム会社でイラストレーターをやっている。
「うわぁぁぁぁん、朱莉~~あのクソがーっ、納期守らないプロ失格がーー!!」
「はいはい、よしよし」
深夜のアパートの一室。部屋に引き入れて早々、美希が涙交じりに私に抱き着いてきた。
今、彼女は私と同じ会社で学生時代に培ったコネクションを利用して、イラストレーターの統括役やら起用やらの運営側に近いことをフリーランスでやっている。
「また逃げられたの?」
「うぅ、逃げられそうなところは先に潰しておいたぁ」
「ただで転ばないあたりが美希らしいよね」
そういう逞しさがないと、クリエイターなんて相手に出来ないのだろうけどもね。
「とにかく入ったら? 夜食でも作ってあげるわよ」
「やったー、ナポリタンが良い!」
「遠慮ないわねーほんと図太い超図太い」
「お願いだよー朱莉ママー」
「ママ呼びは止めて。私はまだそんな年齢じゃない」
感覚的にはまだ20代前半だ。結婚とかそういうのはあんまり考えてない。
「でもアラサーだったら子持ちが増えてくるでしょ」
「……別に結婚して子供産むことが幸せじゃないわよ」
「じゃあ、一瞬の沈黙は何かにゃーん?」
「やっぱ夜食作るのやめよっかな」
戯言を言う美希に一言言ってやったら、効果覿面。「うわぁぁぁぁん、許してぇ」などと今日一番の泣き言をほざいて、物理的に泣きついて来た。
「鬱陶しい」
「あぼげっ」
そんな彼女を引きはがしてから、私はキッチンに向かう。
遅れてついて来た美希はリビングに入るや否や、こう言ってきた。
「何か描いてる途中だった?」
私の部屋はリビングと丸テーブル、絵を描く用の液タブとデスクトップパソコンがある。美希は丸テーブルの上に置かれたペンと液タブを見て、そう言ったのだろう。
事実、私は絵を描いている途中だった。仕事用じゃなくて、趣味の絵を描く予定だった。
「まさかあのサークルのイラスト?」
「引鉄さんたちのサークルのこと?」
「そうそう」
引鉄さんというのは私が初めて受けたイラストの仕事を出していた同人ゲームサークルの代表だ。シューティングゲームを作る会社で、学生時代を通してよくシューティングゲームの絵を描かせてもらってた。そのおかげでゲーム会社に入れたようなものだから、結構大恩あるお方である。
「なんか新作作るって告知してなかったっけ?」
「してたけど、私は関わってないかな。描きたい気持ちはあるけど」
就職してからは趣味絵以外を除いて、プライベートでイラストを描くことはほとんどなくなった。単純に仕事に集中したいからだ。本職以外で描いたイラストとなると、ラノベのイラストくらいだろうか。
「本当はもっといろんなお仕事したいんだけどね」
「フリーになるのは考えてないの? 私みたいに」
フリーランスか。その言葉に私の料理の手が止まる。
考えたことがないわけでもなかった。ただ今の会社に文句があるわけじゃないし、これといった決め手がないのも事実だった。
「美希はなんでフリーランスになったのよ」
「会社勤めがつまらなかったから」
即答だった。自由を愛する美希らしいと言えば美希らしい。
「フリーランスになったら色々支援するっすよ~」
底意地の悪い笑みを浮かべる美希。まぁ確かに美希のような人が身近にいればフリーランスにはなりやすいかもしれない。
思い返せば、私の人生の岐路にはいつだって美希が立っている。初めての時もそうだった。美希がいたから、私は今の私になれた。
「そうね、それならいいかもしれないわね」
「それって結局ならないタイプの返事じゃない?」
「そんなことないわよ。そうね、ほんの少し揺らいだくらいね」
「影響力小さすぎない?!」
訝しむ美希に「全然そんなことないわよ、全然」と言ってやる。すると余計にぐずりだした。
「なんか朱莉ってぇ、出会った時からだいぶ変わったよね」
「そう?」
「若干毒があるようになったっていうか、人を掌でもてあそぶようになったっていうか」
「人聞きが悪いわね。ナポリタンにハバネロでぶち込もうかしら」
「そういうとこだよ!」
そういうとこだろうか。私個人としてはよく分からない。そんなに変わった?
「別にいいっすからね、勝手に描きかけの絵見ちゃうから」
地味な嫌がらせだった。人にもよるが、描きかけの絵ってのはあんまり見られたくないのがイラストレーターとしての性である。
美希だってそれを分かってるはずだけど、いや分かってるからこその嫌がらせか。
ま、今日はいいけど。
「お? これいつものキャラっすよね」
美希が見たのは普段の私の作風とは合わないイラスト。カッコいい大人な女性とは異なるキャラクター。
ウェーブがかかったブロンドの長髪に青い瞳のフリルが沢山ついたゴスロリ服を着たさながら動く等身大の西洋人形のような少女が描かれている。
「私と出会ったときからそのキャラ書いてるけど、愛着があるキャラなの? 朱莉が描いた物以外は見たことないけど」
その言葉を聞いて、私は思わず手を止める。
私の人生の岐路に立ったもう1人。そんな彼女が一体誰なのか。問われたならば、私はこう答えるべきだろう。あの中学2年生の秋。傍にいた彼女が自称した通りに。
「マリー。私のたった一人の友達よ」
なんだそれ、と美希は短く言った。
確かに訳がわからないだろう。でも、それで良い、それで良いんだ。
マリーは私だけの友達、私が生み出した私の願い。私だけが受け止めて、私だけが大切にしていれば良い。
作り終わったナポリタンを皿に盛る。ちょっと酸っぱいケチャプの匂いが湯気に混じって、鼻を刺激した。
「朱莉のナポリタンだ、やったー」
はしゃぐ美希に皿を渡し、私は液タブを受け取った。
私は指で画面の中の彼女をなぞる。
(私、頑張ったよ、マリー)
私は
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