おまけⅡ第14話 根岸光平 「空き地のランチ」

「サンドイッチ」と聞いて、急に腹が減ってきた。


 昨晩は親父が夜勤だったので一人だった。袋ラーメンを一個食い、それから何も食べてない。


 手作りのサンドイッチなんて、食うの何年ぶりだろう。親父との男二人だと、どっちが作ってもだいたい同じ。焼きそばとか、野菜炒めとか。


 しばらく待っていると、姫野たちが来た。


 それと同時に、軽トラックが止まったと思ったら、男子が一人下りてくる。その男子は軽トラの荷台からブルーシートを降ろした。


「あれは、茂木あつし。家が大工なんだ」


 隣のタクが教えてくれた。じゃあ、家から持ってきたのか。


 あれよという間にブルーシートが広げられ、みんなが座る。紙コップと紙皿がわたされ、ブルーシートの中央には、大きなタッパーがいくつも開けられた。


 取りに行ってみると、豪快なサンドイッチだった。八枚切りの食パンを、そのまま二枚使ってある。それを個別にラップで巻いていた。中は野菜と何かのフライだ。


「んまっ!」


 おどろいた。挟まれているのはアジフライだった。でも、キャベツと一緒に挟まれ、ソースとバターがマッチしてて旨い!


「メンチカツサンド、うめー!」


 となりのタクが言った。ぜんぶ違うのか!


「お店の惣菜使ってるから、好き嫌い言わずに食べてね!」


 なるほど、姫野の家はスーパーやってると言ってたから、それでか。


「女子はフルーツサンドもあるから、あとで出すね」


 喜多絵麻が言った。女子、大喝采。それ、俺も食べたいねんけど。


 うしろの芹沢に気づいた。気後れして取りに行けないらしい。


「俺、取ってきますよ」


 芹沢の紙皿にサンドイッチを取ってくる。芹沢は一口食べ、おどろきの顔を見せた。


「うまいっすよね?」

「うまい、そして本格的だ」

「えっ、芹沢さんの何です?」

「ローストビーフ、それにバジルソースだ」


 ローストビーフ! やはりこれは天運か。芹沢の育ちは良さそうに見える。靴下やシャツは安物じゃない。ローストビーフも似合うやつのとこに行く、というわけか。


「ピクルスを刻んで入れてる。たぶん、バジルソースはその漬け汁も入れて・・・・・・」


 芹沢が言った。ほんまかい、と思ったら作った本人の喜多絵麻が拍手した。


「すごい。それに気づく人は少ないと思う」


 芹沢は照れたように笑った。なにおう、笑ってもカッコよくないぞロン毛。今日は鼻ガーゼしてるから。


「そういや姫野」


 有馬が口を開いた。


「これ、いくらかかった? みんなで材料費、負担するぞ?」


 ぎくり。今の所持金は62円だ。


「いいの。あっ、それより、来月、大幅な棚変えがあるんだけど、男子何人か手伝ってくれない?」


 ほぼ男子全員が手を上げた。わいも手を上げる。


「じゃあ、アルバイトさん雇わなくてもいいわ。ラッキー」


 したたか。昨日といい今日といい、この姫野ってのはあなどれん。


 俺はサンドイッチのおかわりを取りに行く。しゃがんで目を凝らした。


 ローストビーフ! 外からではわかりずらい。きらめけ、俺の第六感! ローストビーフなんざ、ここで食わんといつ食える!


「何か探してる?」


 急に声をかけられビックリした。小柄な女子、作った張本人の喜多絵麻だ。


「ロ、ローストビーフを」

「ああ、それなら、厚焼き卵サンドの下がそう」


 あれか! 取ろうと思ったが、ひとつ気になる事を言われた。


「厚焼き卵?」

「そう。ケチャップとマヨネーズの単純な味だけど、美味しいよ」


 それは、ぜったいウマい。


「あやちゃんが焼いてくれたの。彼女、弟たちのご飯をいつも作ってるから、料理も上手で」


 おお、これはあれか、レストランの味を取るのか、家庭の味、言わば、おっかあの味を取るのか、どっちかだ!


「どっちにする?」


 喜多絵麻がしゃがんで手を伸ばした。取ってくれようとしているらしい。


「え、選べへん・・・・・・」

「んん?」

「どっちもウマそう過ぎて、選べへん」


 喜多絵麻が笑った。


「なあに、エマちゃん」


 現われたのは、おっきな女子。友松あやだ。


「コウくん、大げさで。ローストビーフか厚焼き卵か、どちらも美味しそうだから選べないんだって」


 友松も笑った。いや、でもな、こっちにしたら大問題やねん。


「どっちも取ったら?」

「なに!」

「女子は一個で充分だし、男子用に多めに作ってるから平気よね」


 友松の言葉に喜多もうなずく。天使だ。このクラスには天使がいる。大きいのと、ちっこいの。


「いやー、うまかった!」


 有馬が食べ終えたらしい。立ち上がって背伸びをした。


「よし、じゃあ、野球すっか!」


 言うと思った。


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