おまけⅡ第15最終話 根岸光平 「雲の切れ間」

 空き地にラインを引いて、野球が始まった。


 野球と言っても、ゴムボールを棒で打つのでお遊びだ。


 俺はまだサンドイッチを抱えているので、あとで入ることにした。空き地の端にクローバーの茂みがあったので、そこに座って食べることにする。


 なぜか男子VS女子でやるようだ。それは無茶やろと思ったが・・・・・・


「ストライーク、バッターアウト!」


 審判役のゲンタが声を上げる。そうでした。向こうには、ソフトボール部の玉井鈴香がいた。


「渡辺、とりあえず振れ!」


 次の打者は渡辺というやつか。


「ストライーク!」


 下投げで高速のゴムボールは打ちにくそうだ。それに、あの渡辺は運動部ではないな。スイングがへっぴり腰だ。


 第二球目、当たった。三遊間を抜けるかと思ったら、素早く女子が走り込んでキャッチ。一塁には投げなかった。女子は内野ゴロならキャッチだけでアウトらしい。なるほど。


「ももちゃんスゴーイ!」


 一塁線の外で応援している女子が声を上げた。ももって呼ばれた女子は運動部っぽい。動作が機敏だ。


 男子も女子も、それぞれ9人以上いる。適当に交代するようだった。


「清士郎、ホームラン狙って思いっきり振れ!」


 有馬の声がした。次のバッターは清士郎か。あいつなら打てそうだな。


「なあ、根岸くん」


 ぼそっと聞いてきたのは、横に座っていた芹沢だ。


「あれは、なんだ?」


 芹沢が指さしたのは、俺らの近く。日出男が地面にうつ伏せになり、野球を見ていた。


「日出男、それ、なんしとんねん」


 日出男は顔をくるっとこっちに向けた。


「しっ。大きな声を出さないでほしいですな。だべって寝転んでいる、そんな擬態ぎたいをしているでござる」


 擬態ってなによ。


「んで、それ何か意味あるん?」

「ふふふ。野球の守備は9回。このローアングルなら一回はチャンスが巡ってくるでござろうよ」


 なるほど。パンチラが見たいんやな。


「うわー! キャッチャーフライだ」


 声がしたので向くと、ゴムボールが弧を描いてこっちに来る。キャッチャーフライを大きく超えて、ファールフライだ。


「日出男、ボール来るぞ、避けろ!」

「むむっ」


 日出男が顔を野球のほうへ向けた。


「まかせて!」


 玉井が走りながら駆けてくる。


「日出男、そこ危ないぞ!」


 玉井が飛んでキャッチ。そして着地。


「ぐえっ」


 革靴で背中を思いっきり踏まれた日出男は、カエルが潰されたような声を出した。


「日出男、寝そべるなら、もっと離れたところにしろよ」


 有馬が足を持ってひこずっていく。アホやな。いや、さりげなく親指を立てていた。どうやらさっきのチャンスで見えたらしい。


「・・・・・・あいつに負けた俺は、あれより下なのか」


 先日、相撲で負けた芹沢がため息まじりに言った。いや、それはない。


「しかしやっぱり、こう見るとすごいな」

「すごいって、これだけ集まるのが?」

「そう」

「まあな、わいも色々な学校行ったけど、初めてや」

「初めて?」


 そうか。芹沢は坂田に誘われて来ただけで、俺のことは知らないのか。


「わい、転校生やねん、昨日が転校初日」

「お前、転校生かよ!」


 そう、誰が見ても転校生には見えんわな。


「転校するって、大変?」


 意外な質問だ。そういうのはあまり聞かれた事がない。


「どうやろ。一ヶ月もすると慣れてくるかな」

「そんなもんか」

「転校先のクラスにもよるけど。当たり外れはあるから」

「じゃあ、どう? このクラスは」


 どう、と聞かれても返答に困った。


「大当たり、または大外れ。実のとこ、ようわからん」


 芹沢は笑った。


「俺には大当たり、に見えるな」


 そう言って芹沢は、野球をしているクラスメートを眺めた。


「よし、決めた! 俺も転校しよ!」

「は、はい?」

「今度、父親が大阪に転勤なんだ。残るかどうするか、迷ってたとこで」


 そういや、病院で両親は大阪に行ってると言ってたっけ。


「昨日と今日で、決心がついた」

「それは、俺はなんも言えませんが、ええんですか、友達は」


 芹沢は自嘲的に笑った。


「まわりに合わせて、がんばって、結果があれじゃ、意味ないよ」


 ああ、と少し納得する部分もあった。転校すると、どこかのグループと仲良くなる。そうすると、そのグループの雰囲気に合わせないと、仲が悪くなるのだ。かといって、学年の途中にグループを替えるのも難しい。


 俺はグループに合わせるのが面倒になって、いつしか合わせなくなった。すると、一人になることが多い。俺は「どうせすぐ転校するし」と思えるから楽だが、普通はそうは行かないだろう。


 ここは、そういうグループがない。仲のいい相手はいるが、グループという感じはない。全部がグループだ。


「ノロさん、走れ!」


 有馬の声が聞こえた。ノロさんの打球は二塁の後ろに落ちた。一塁に懸命に走っている。


「アウトー!」

「ノロさん、惜しい!」


 まあ、あいつだろうな。あの有馬がいるから、クラスが妙にまとまってる。


「こんなクラスで、過ごしてみたかったな」


 芹沢は立ち上がってケツをはたいた。


「帰るわ」


 そう言って、空き地の出口に歩いて行った。


「コウ」


 呼んだのはタクだ。両手に紙コップを持っていた。お茶を持ってきてくれたらしい。


「あんがと」


 お茶を飲み、残っているパンを食べ始める。


「すげえ食うな」

「ほっとけ」


 夕食分まで食うつもりだ。


「芹沢さん、帰るって?」

「ああ」


 芹沢の後ろ姿を見た。


「どっかタイミングが違ったら、仲ようなってたかもな」

「あっ、それは思った。そんな悪い人でもない」


 まわりに合わせて自分を作ってた。そんな感じが最後にわかった。


「しかし、あきれてたで、やっぱ」

「うん?」

「このクラスの異常なまとまり」

「ああ」


 最後の残りを口に入れ、お茶で流し込んだ。思わずゲップが出る。ちょっと食い過ぎた。


「全員がまとまってるわけでもない」

「どういうことや?」

「昨日も今日も、同じメンバーだろ」


 それは、確かに。クラスは40人ぐらいいたはずだ。


「上の者と事を構えるってんで、引いてる人も多いんだよ」


 そういうことか。なんか悪いことをした。


「すまんな、ややこしい事になって」


 腹が苦しい。おれは、あやまりながら横になった。


「いや、これでよくわかったよ。このクラスが好きなのは誰か。28人もいたのが、逆におどろきだ」


 コウの言い方が、よくわからなかった。


「いつも集まってるんと、ちゃうん?」

「学校の外で、これだけ大人数で集まったのは初めてだよ」


 マジか。いや、それでもすごい。例えば誰でもいい、クラスの人気者がいたとする。友達を急に呼んで28人集まるだろうか。大人でもどうだろう。いや、大人になるともっと無理だ。


 俺は気が遠くなって、寝転んだまま空を見上げた。


「すごいな、28人って」

「すごいよ」


 雲の切れ間から日が差してまぶしい。両手で目を隠した。


「あっ、タク、ちゃうわ。俺とノロさんで28や。集まったのは26やわ」

「うん? だから28だよ」


 手を少しよけてタクを見た。タクも不思議がってる。


「いやいや、俺とノロさんを数に入れるんは、おかしいやろ」

「えっ、なんで?」

「なんでって、俺とノロさんは上級生に呼び出されたんやで。有馬が呼んで集まったんとちゃう」


 タクが首をひねった。えっ、そんなわからん話かな。


「俺とノロさんは呼ばれてへんって」

「そりゃ、集めたほうだもん」

「はぁ?」

「コウとノロさんが心配で、みんなが集まったんでしょ」

「いや、昨日の話やで?」

「そうだよ」


 意味わからん!


「昨日、俺はほとんど誰ともしゃべってへんで。心配はせんやろ」

「いや、するよ、すげえやつが来たって、みんな言ってたんだから」

「はぁ?」


 タクが、何か思いついたようにうなずいた。


「そうか、休み時間の話、聞いてなかったんだな」

「休み時間?」

「有馬くんが、今度入った二人がすごいって。初日からお互いを守ってて、感動したって話」


 あいつ、あの朝、最初から見てたのか!


「みんな思ったはず、やっぱF組に来る人って、すごい人なんだって」


 すごいのは、そっちやろ。


「なあ、タク」

「なに?」

「例えばな」

「うん」

「転校を繰り返してるヤツがおったとする」

「うん」

「そいつが、生まれて初めて、転校初日に心配された」

「なるほど」

「それも27人」

「うん」

「タクだったら、どうする?」

「俺、だったら、泣いちゃうかな」

「せやろ」


 俺は太陽がまぶしくて、もう一度、目を隠した。


「うわ、まぶしいな」

「日差し、強いから」


 ほんまやで。太陽のせいや。


 まぶしいのはな、太陽のせいや。


 



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る