おまけⅡ第10話 根岸光平 「結びの一番」
「でも、お昼よ」
姫野がそう言った。
「そうだな。みんな、そろそろ帰るか」
飯塚もそれに賛同した。
「おい、ちょっと野球やって行こうぜ」
有馬はまだ言ったが、みんなはわらわらと空き地の出口に向かった。有馬がリーダーな感じだが、それに従うわけでもないのか。ほんま変なクラス。
「おっ! じゃあさ」
この有馬ってやつが口を開くと、ろくな予感がしないのは俺だけか。
「ゲンター!」
帰ろうとしていた小暮元太が戻ってくる。
「なに?」
「最後に俺と一回、相撲しようぜ!」
「ええっ!」
小暮がおどろいてる。そりゃおどろくわ。
「あのぶちかまし。俺も体験してみたいんだわ」
「まあ・・・・・・ちょっとなら」
「よし。ちゃちゃっと、上着だけ脱いでやるか!」
土俵の右と左に別れた。俺は小暮の上着を持ってやろうと思い、小暮のほうに歩き出したが、妙に肌がザワッとした。振り返る。
有馬は上着を脱ぎ、それを日出男に渡している。それと同時に何かを飯塚と話していた。
「根岸くん、ごめん、またこの上着を・・・・・・」
「オーケーオーケー。コウでええよ」
「じゃあ、ぼくもゲンタで」
「んじゃ。ゲンタ。有馬、マジで来るぞ」
「ええっ!」
そこへもう一人やって来た。水泳部のええと、山田なんとか。
「山田くんだっけ?」
「タクでいいよ。そっちはコウでいい?」
「もち。んで、なんや?」
「ああ、有馬、本気で来るんじゃないかなと思って」
タクもそう思うか。
「ええっ! ぼく相手に?」
ゲンタは感じてないか。
「ねえ」
声にふり向いた。
「有馬くんとゲンタくん、相撲するの?」
姫野だった。
「なんだかヤバソーな雰囲気なんだけど」
まじか、この女。よく見てる。
「おーい」
土俵の向こうから有馬が呼んだ。
「どうした? みんな集まって」
「有馬に勝つ作戦を練っとんねん!」
「おお、そりゃいいな。よし、ゲンタ、ぜったい勝つ!」
タク、姫野と目が合った。お互いの目が「やっぱり」と言っている。
「コウくん、作戦って、なにかあるの? ぶつかるだけでしょ?」
俺はゲンタを見た。
「んー、頭から行くか、肩からいくか、組みに行くかとかかな」
ゲンタが言った。おお、ちょっと考えただけで、けっこうある。俺は有馬の出方を見たかったので、言っただけだ。
「有馬って、拳法みたいなのやってるだろ。軸足は左だ」
タクがそう言って構えをまねた。たしかにそうだ。空手とかでも、必ず右足が前だ。それに合わせて、こっちも右足を出した方がいいのか?
「あれは、どうやねん、TVで見たけど飛んでかわすやつ」
「舞の海、八艘飛びか」
答えたのは姫野だ。お前、相撲見るんか!
「いなす事はしたくない。有馬くんなら、正面からしか来ない。ぼくもそうしないと」
ゲンタがきっぱり言った。
「せやけど、あいつの身体能力、たぶんすごいで」
「うん。強い。ぼくが会った中で誰より」
あっ、一年で同じクラスだったんだ。俺より知ってるか。っつうか、なんでゲンタまで燃えとんねん。
「・・・・・・ちょっと後ろから行くとか」
何か考えていたタクが、ふいに言った。
「うしろ?」
「格闘技の経験がないから、ずっと考えてたんだけど、力を入れるタイミングってあると思うんだ。水泳のターンとか」
俺は水泳のターンを思い描いた。なるほど、俺はいつも早すぎて足が「すかっ!」ってなる。
「それって、ズルにはならんの?」
「大丈夫。実際に、うしろから行く事もあるから」
「その案、いいわね。相撲を知らない人間は、あの線の上って思い込んでる」
ゲンタが力強くうなずいた。
「ぶちかましてきます!」
ゲンタと有馬、それぞれが土俵の端に立った。有馬が直立不動で目を閉じる。精神統一か。
目を開けた有馬に、またも肌がゾワッとした。ゲンタにそういう雰囲気は感じない。これは武道とスポーツの違いだろうか。でも、気合いの段階でも負けてる気がする。
「ゲンタ!」
土俵に向かおうとしたゲンタが帰ってきた。
「立会いで勝たないと、殺される。そう思って行け!」
「こ、殺される?」
この言葉が正しいかどうかは、わからない。でも、このままだと負ける。そう思った。
ゲンタは振り返って有馬を見た。
「わかった。コウくん、ぼくの頬、張ってくれる?」
「えっ、俺が?」
今日初めて会った人間の頬を張れるほど、俺は肝が太くない。さっきの坂田なら殴れるけど。
「わたし、やる! 女の力ならしれてるでしょ」
「お願いします!」
パーン! と鳴り響いた音に、俺とタクは引いた。ゲンタの頬には、姫野の細い手形がくっきり残っている。
「おおお!」
ゲンタが土俵に向かった。意外に気合いが乗っている。
ふたりが片手をついた。にらみ合う。長い。呼吸を合わせているのか、合わさないようにしているのか。
これはいつまでも動かないのは? そう思った瞬間、ふたり同時に拳が地面に触れ、弾けるようにふたりの身体が動いた!
ドン! とぶつかり、有馬が吹っ飛んだ! 倒れずにぐるっと回転して受け身を取ろうとしたが、勢いがありすぎてバタン! と仰向けに倒れた。
有馬に駆け寄り、のぞきこんでみる。大丈夫やろか。
有馬は目をぱちくりさせ、青空を見ていた。
「すげえ、軽トラにぶつかったみたいだ」
軽トラにぶつかった事があるのか。いやでも、見てても、そんな衝撃だった。
「ごめんよ! 有馬くん」
ゲンタがあわててやってくる。おどろいている所を見ると、自分でも思ったより力が出たみたいだ。火事場のクソ力みたいなものか。
「ゲンタ」
有馬が仰向けのまま呼んだ。
「なに?」
「春の大会って、すぐだろ」
「うん」
「おれ、人数いなかったら参加しようと思ってたけど、これ、むずいな」
なるほど、そんな事を考えていたのか。
そしてそうか。有馬が空気を読まないヤツだけど、むかつかない理由がわかった。カッコつけてない。良いも悪いも、むきだしだ。
「コウって、家どこ?」
ふいにタクに聞かれた。
「遠いで。駅向こうを西にずっと・・・・・・」
「緑が丘霊園のへん?」
「そう、その方向」
「同じ方向だ。一緒に帰るか」
気づけば、ほかのみんなは帰っていた。
「せやな。帰るか」
みんなで空き地を出て、歩道で別れる。
「コウ、また明日な」
有馬、飯塚、日出男、姫野が手をふった。俺も手をふる。転校初日で、こうやって別れの挨拶をするのは初めてだと思う。
「けったいなトコに来たな」
となりを歩くコウが笑った。
「2年F組?」
「そう」
「そういうわりには、溶け込んでたけど」
「んなアホな。開いた口がふさがらんかっただけやわ」
転校して、最初の一ヶ月が重要。それは何回も転校した俺が、気をつけていることだ。それが今回は初日からケンカ沙汰。おまけにクラスの連中は、ようわからん。
こりゃ、前途多難だな。思わずため息をつき、俺はとぼとぼと家路に着いた。長かった転校初日が終わる。
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