おまけⅡ第6話 根岸光平 「次鋒戦」
日出男が、有馬に引こずられて退場。
あれ、制服の背中がめっちゃ汚れそう。
土俵に残ったのは飯塚だ。上級生からも一人出た。飯塚と同じぐらいスラッとした長身。眼鏡をかけていて頭も良さそうに見える。
「飯塚くんだろう?」
「そうだが、あなたは?」
眼鏡の上級生は、答えずに土俵の中央に構えた。
「その眼鏡、危なくないか?」
「余裕だ」
飯塚は少し首をひねって不思議がったが、中央の仕切り線に構えた。
「見合って見合ってー!」
行司の小暮元太が声をあげる。
「はっけよい!」
両者がぶつかって組み合った。しかしその体勢のまま止まった。なぜか飯塚が腰に回していた手を放す。
よく見ると、眼鏡の上級生は飯塚の耳元でなにか話していた。
けっこうな時間、飯塚は話を聞いていた。それからこっちを向く。
「みんな、すまん。この徳永というやつ、親父の会社のメインバングである双葉銀行の課長らしい。しかも担当が親父の会社」
飯塚の親父の会社? そういえば「飯塚」という名前に覚えがあった。駅前ロータリーに隣接する商業ビルのうち、二つが確か「飯塚コーポレーション」だった。あれ、そうなのか!
「悪い。本当かどうかわからないが、今すぐは手が出せない」
「本当だぜ。父さんに言って融資止めちゃおうかな」
「父親の名は?」
「光宏。徳永光宏だ」
これはホンモノっぽい。
「いいぜ。気にすんな清士郎」
有馬が声をかけた。飯塚は土俵を出て、行司役の小暮元太を見つめた。小暮がはっとする。
「勝負あり!」
飯塚はすぐにスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。次は三番手の俺だ。
勝ち抜き戦なので徳永はそのまま土俵に残っている。これは、俺は勝ってもいいのか? 飯塚はまだ電話をしている。
「見合って見合って!」
小暮元太の声が飛ぶ。仕切り線に構えた。
「はっけよい」
徳永が組み付いてきた。押されないように踏ん張る。思いのほか踏ん張れた。こいつ非力だ。俺は背が低い。日出男ほどではないが、小柄なほうだ。それを動かせないのだから、この徳永、身長はあっても腕力はない。
勝っていいのか、負けたほうがいいのか、それがわからなかった。
「コウ、勝っていいぞ」
横目で見ると土俵わきに飯塚がもどっている。
「ええんか?」
「問題ない!」
俺は瞬間さがって相手の力を流した。そのあと素早く左前へ踏み込み、相撲はわからないが大外刈りみたいに思いっきり足を払った。
「痛っ!」
徳永は尻餅をついて眼鏡が落ちた。
「勝負あり!」
行司の小暮元太が手をあげる。
俺は飯塚に駆け寄った。
「ほんまに大丈夫なんか?」
「ああ、親父と連絡取れた」
「親父さん、なんて?」
「資産を全部引き上げて、銀行を代えるってさ」
うげっ。なんか大ごと。
「なんか申しわけないな」
「いや。親父もいい働きだって褒めてたよ。相手の本性がわかって良かったってさ」
飯塚はあきれたように徳永を見た。
「あいつ、今どき銀行がそんな力持ってると思ったのか。TVドラマでもあるまいし」
徳永は、ケツをさすりながら土俵からさがっている最中だった。
「あいつの父親、クビになるかもな」
「マジで? それも気の毒やな」
「そうか? 子供のしつけは親の責任だろ」
さらっと言う飯塚。あれだな、2年F組のイケメン二人は、さながら北風と太陽だ。もちろん飯塚が北風、それもめっちゃ冷たい。
「あー! 人のを見てると燃えてくるな! 早くやりたい。コウ、そろそろ負けていいぞ!」
太陽は太陽で暑苦しいな!
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