おまけ第4話 有馬和樹 「菩提樹ステージ」

 プリンスは、おれが一人で行くのをどう思ったんだろうか?


 それを聞いたのに、無表情で何も答えない。


 しばらく並んで歩いてたら、ふいにプリンスが言った。


「あのなぁ、和樹」

「なんだ?」

「それ、逆だったらどうするんだ?」


 逆? つまりプリンスが一人で戦いに行くということか。


「ないな。一人で行かすのは」

「お前な、ワガママって言葉知ってるか?」

「清士郎、渋谷のこと覚えてるか?」


 渋谷の連中ともめた事がある。相手が六人でこっちはプリンスと二人だけだった。


 なんとかなると思ったら、不意打ちでプリンスが角材で殴られた。


「あの時、そっちは意識飛んでるから、わからないだろうけど、頭を切って血もドバドバ出てて。救急車の中で生きた心地しなかったぜ」


 プリンスが肩をすくめた。


「おれ、あの時に決めたんだわ。こいつより先に死んだら後悔するかもなって。だからワガママかもしれないけど、一人はないな」


 プリンスがあきれた顔をする。


「アホだな。そんな大げさなこと考えるのは、ヤクザ映画ぐらいだ」


 プリンスの言葉に今度はおれが、肩をすくめた。意識なくした側だからそう思えるんだ。見てる方は、たまったもんじゃない。


 シュッと、おれの横に人影があらわれた。


「キング、そろそろ時間や。見張りは一旦、切り上げるで」


 疾風走りのコウだ。コウとタクは、祭りの最中でも自分らが見張りをすると手を挙げてくれた。


 そして「そろそろ時間」とは、セレイナの歌だ。おれとプリンスも広場に向かうことにした。




 広場に着いて全体をながめる。何度見てもおどろきだ。


 広場の外側には、なんと客席ができている。かんたんな造りの大きな階段が四段。菩提樹を囲うように半円形になっていた。内側は地べたに座るが、外側の人はこれで見えやすいだろう。


 ちょうど茂木が通ったので、茂木に声をかけた。


「しかし、よく作ったな、これ」


 茂木は満足そうに鼻をすすった。


「組み立て式にしてるんで、一時間もあれば撤収できるぜい」


 里のはずれに茂木たちの倉庫がある。工作班の専用だ。それがいつの間にか大きな倉庫になっていた。もはや、あの中に何があるのやら。


「会場」と言っていい雰囲気の広場。まだ時間があるのか、人はまばらだった。


 見回してみると、意外なところに意外な人を見つけた。ステージの正面にあたる階段席、その一番上にジャムさんとヴァゼル伯爵がいた。ふたりの元に行ってみる。


「早いですね、おふたり」


 ジャムさんの横には数本のビンが転がっていた。ここで酒盛りをしていたのか。


「ヴァゼルが本番前の練習から見たいというのでな。ここで飲んでおった」


 それに付き合うジャムさん。なんだかんだで、師匠ふたりは仲がいいな。


「キングよ、演目という果実はいきなり実るものではありません。仕上がっていく過程、それもまた楽しみの一つなのです」


 ツウな言いぶりだが、伯爵、もはやセレイナの熱心なファンだ。


 大通りの光っていた三角布の灯りが消えた。開演の合図だ。おれもプリンスもジャムさんの横に並んで座る。


 前を向いて首をかしげた。菩提樹の前には、それを隠すかのように大きな長方形の白い布が張られている。


「あれ? これじゃ菩提樹が見えないぞ」

「キングよ」


 ジャムさんの向こうにいる伯爵が顔をのぞかせた。


「ワタナベ殿の手腕、黙って見るのです」


 渡辺は、そのステージの横に立っていた。


 3年F組のみんな、それに森の民が集まってくる。


 みんなが座り、落ち着いたところでセレイナが出てきた。セレイナは黒い布でギリシャの女神みたいなドレスを着ていた。


 みんなが静まる。


「あれ? ライトもないの?」

「キング!」


 伯爵に注意されたが、ステージは暗がりだ。沼田の照明スキルでスポットライトを作ればいいのに。


♪名も知らぬ~♪


 前に歌った「椰子の実」だ。


♪遠き島より~流れ寄る椰子の実一つ・・・・・・♪


 セレイナは、一小節の最後をゆっくりと歌い、声をしぼっていった。


♪ザザ~ ザザ~♪


 んん? 遠くから波の音が聞こえる。


 長方形の布が光り始めた。なにか絵が浮かんでくる。


 ・・・・・・まじか! 砂浜だ! ステージの横では、森の民の男性二人が砂の入った大きな木箱をかたむけていた。


♪ふるさとの岸をはなれて~なれはそも波にいく月~♪


 セレイナが、また歌い始めた。だんだんと力強く歌い上げていく。いい声だ。波の音と歌声。おれは目を閉じて、海の感触を思い出そうとした。


 一曲が終わると、会場の全員が立って拍手した。また映像が変わる。みんなが慌てて座った。


 映像は寝ている赤ん坊の映像だ。カメラがズームアウトして、全体が映った。赤ん坊は揺りかごに入っていた。


 オカリナのような音色が響く。さきほど木箱を持っていた森の民は、竹笛のような物を口にしていた。


 渡辺を見た。ステージ脇の暗がりで見えにくいが、目を閉じて集中しているようだった。スクリーンに映った赤ん坊が動いた。もじもじして、また寝息をたて始める。


♪ゆりかごのうたを~カナリヤがうたうよ~♪


 セレイナがゆっくりと歌い始めた。


「これは、良い歌だな」


 隣のジャムさんが言った。ビンを差し出してくる。おれは持っていたカップをかかげ、ジャムさんに酒をついでもらった。


 その次が立て続けに二曲、ジャズの曲だった。以前に調理場で聞いたことがある。映像は夕焼けだった。ジャズに夕焼け、意外によく似合う。


「しんみりした曲が続いちゃった。次はみんな、踊ってね!」


 セレイナが通る声で言った。踊る?


 白い布が取られた。菩提樹があらわれる。菩提樹は赤や青のきらびやかな光の装飾をまとっていた。


 太鼓の音が聞こえだした。おお? このリズムって・・・・・・


♪はぁ~おどりお~どるな~ら~♪


 だはは! 東京音頭だ!


 3年F組のみんなが、菩提樹のまわりに集まりだした。


「師匠たちも、行きましょ!」


 嫌がる師匠ふたりを立たせ、菩提樹まで押していった。3年F組のみんなも森の民を誘って輪になっていく。


 菩提樹を中心にして、盆踊りが始まった。おれはまわりの森の民に振り付けを教えていった。


 最初は戸惑っていた森の民も、見よう見まねで覚えていく。笑い声があちこちから聞こえた。


 楽しいな今日は。おれは出て行かなくて正解だった。あとで姫野にあやまっておこう。おれは心底、そう思った。

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