おまけ第5話 有馬和樹 「月の下で」

 盆踊りをしたり、セレイナにまた歌ってもらったり。


 まさに飲めや歌えやの宴会だった。


 おれは酔い覚ましに里の中を散歩した。里のはずれまで来ると、月が大きく出ていた。


「おろ、姫野?」


 姫野が月を見上げていた。


「キング、なに? 物資でも足りなくなった?」

 

 一人の時間を邪魔してしまっただろうか。姫野のようなポジションは、いつも誰かといる事になる。


「おれは散歩してただけだ。邪魔して悪かったな」


 引き返そうとしたら、姫野が口を開いた。


「ここ、すっごい月がよく見えるでしょ」


 その言葉に、おれも月を見上げる。


「ああ、雑木林のてっぺんが、ちょっとかかるのもいいな」


 雑木林には、ひときわ高い木があり、見る方向によってはそれが月にかかる。


「わかるー! かっこいいよね。あっちの丸太に座ると、ちょうどその角度。座る?」


 ちょっと離れたところに大きな丸太が転がっていた。ふたり並んで座る。


「ああ、ほんとだ、ちょうどいいな」

「でしょ!」


 今日の月は綺麗に真ん丸だった。


「完全にフルムーンだな」

「そうなの。あそこまで真ん丸なのも珍しいでしょ」

「ほんとだ。清士郎にも教えてやれば良かったな」

「プリンス呼んでくる?」


 姫野が腰を浮かしかけた。


「いや、いいよ。姫野とこうして月を見上げてるのも、貴重な気がする」

「キング・・・・・・」


 ふたりで月を見上げた。しばらく眺めていると、ふと姫野が気づいたように口を開いた。


「キング、それ、女子に言ったら口説いてるみたいよ」

「ありゃ、そうか」


 一年の時から、たまに姫野から注意されてきた。思ったままを言い過ぎると、気があるのかと勘違いされるらしい。「お前やさしいな」とか「その髪型かわいいな」とかは要注意らしい。むずかしいもんだ。


 実のところ、F組の女子はかわいい。かわいいというか、いい女そろいだ。美人で言えば姫野とセレイナが両巨頭だろう。でも喜多絵麻なんかは小っちゃくて優しいし、黒宮和夏は面白くてかわいい。


 友松あやに至っては、女っぷりがすごい。2年時に上級生と揉めた時、友松は上級生の女子に向かって言い放った。


「てめえら、ウチの男子に粉かけてくんじゃねえ。殺すぞ」


 ガタイのいい友松がすごむと、それは迫力がある。あいつは弟のケンカの仲裁なんて日常茶飯事だ。荒っぽいことにもなれてる。


 言葉は悪いが「いい女」だらけ。それがF組だ。男子の誰が言ったか、あの言葉が的を得てる。


「日常が、いい女のハーレム過ぎて、感覚がマヒする」


 そうだと思う。F組の女子に付き合ってると、感心することばかりだ。姫野なんてスーパーの現場を回してるし。ゲスオは、おれが初恋を知らないって言ったが、おれの初恋はF組の女子全員だぜ。


「守ろうと思ったんだけどな」


 月を見上げて、ため息をついた。


「それも、みんなわかってる」


 姫野がおれを見て、にっこり笑った。わかってるかなぁ。わかってないと思うなぁ。


 しかし、姫野にはかなわない。俺がキングじゃなくて、こいつがすればいいのに。キング姫、いや姫キングか。


「あっ、そうだ」


 おれは思い出してポケットから菩提樹のペンダントを出した。


「うわっ、それカワイイ!」

「うん。カッコイイだろ。茂木たちが作ってた」


 姫野にわたす。姫野がそのふたつをかかげ、月に重ねた。


「それ、里のみんな分を作れないかなと思って」

「いいわね、革紐とかで頑丈にして」

「そう! そんな感じ」


 姫野がペンダントを握りしめ、自分の胸に置いた。


「これ、一個もらっていい?」


 フルレとイルレに上げようと思ったんだが、まあ、いいか。


「ちょっとつけてみて!」


 姫野は立ち上がって、背中を向けた。姫野からペンダントを一個受け取り、首にまわす。


 月明かりの下で、細い紐を結ぶ。これは難しい。適当に蝶々結びにするには長さが足りなかった。


 四苦八苦して時間がかかっていると、姫野がぽつりと言った。


「キング、あのね」

「うん?」

「わたし、軍師のまねごと、しないほうがいいのかなって思うんだけど」


 なるほどな。思わず手が止まった。


「どう思う?」

「んー・・・・・・」


 結んでいるのを思い出して、手を動かした。


「姫野がやりたくなかったら、やらなくてもいいぜ」

「キングはどう思ってる?」

「おれは姫野がいいな」


 もうちょっとで結べる。


「だれかの作戦で死ぬとしたら、姫野の作戦がいいよ」

「和樹くん・・・・・・」


 やっと紐が結べた。


「だってよ、自分の作戦で誰かが死ぬ。そんなのに耐えられるのは姫野ぐらいだぜ」


 こいつはクラスで一番、芯があると思う。自分の能力って把握しずらい。わかってないねぇ。


 姫野がなぜか止まっている。


「姫野、結べたぜ」


 姫野の肩に手を置いた時、姫野が素早く身体をまわして沈んだ。


「ハイヤー!」

「おっ、今日もドロワ・・・・・・」


 ドロワース、そう言う前に姫野の上段キックを喰らった。


「ぐははっ、油断大敵じゃ。さて寝るよ、明日も早いし」


 姫野は帰っていった。


 おれは倒れたまま、考えた。なんでおれ蹴られたんだろう。あっ! 菩提樹のペンダント、二つとも持ってっちゃった。


 仰向けになって満月を見上げた。


 その時、バサリ! と羽の音がした。この音がしたら誰かはわかっている。近くに着地し、おれの顔をのぞきこむ。


「わかってませんねぇ」


 伯爵は、やれやれと言った顔をして羽ばたいていった。


 遠くに羽ばたいて行く伯爵が、ちょうど満月と重なった。その幻想的な風景を、おれはいつまでも見つめていた。






おまけ1-おわり

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る