第28-3話 有馬和樹 「チャルメラ無双」

『オッケー、エポキシB解除!』


 姫野の声に作田が答えた。


 二台目、三台目の連結が外れた。よく見ると、それぞれ屋根の席の前にハンドルがついている。


 二台目は右へ、三台目は左に回った。三台が並走する形になる。


 ガラガラ! と下で貨物扉が開く音がして、ガタゴトと作業の音がする。下にいるのは作田か。


『エポキシA、エポキシB。オッケー、固定できた!』


 三台のトレーラーは、車輪がぶつからない少しの隙間だけ空けて、ぴったり横に連結できた。すげえ! トランスフオームだ!


『前方、兵士に守られた魔法使い。兵士は十人』

『うむ。地上なら、このジャムが行こう』

『待ってジャムさん、その程度ならチャッキー1号が行くよ』


 チャッキー1号? 声は駒沢遊太だ。


『作田、チャッキー出して』

『オーライ!』


 左のトレーラー三号に乗っている駒沢を見た。駒沢のスキルって何だっけ?


「コントローラー・ワイヤレス!」


 駒沢が叫ぶと同時に、駒沢が見えない何かを持った。ぐっと何かボタンを押すと、トレーラーの前を小さな何かが走っていった。


「あれは、見えないコントローラーでござるよ」


 ゲスオがにやっと笑って解説した。じゃあ、走っていったのは?


 おれは望遠鏡をのぞいた。前方の兵士に向かって走っているのは、小さな木人形だった。木人形の両腕には、小さな刃物が生えている。チャッキー、怖っ!


『魔法が来る! あやちゃん、お願い!』


 掃除スキルを持つ友松あやは、二号車にいた。ゲスオが二号トレーラーに飛び移る。


「お茶目な落書き! 掃除に『魔法』をプラス!」


 山なりに飛ぶ火の玉が迫ってきた。


「ケルファー!」


 火の玉が消える。


 その間に、同じく二号トレーラーにいたハビスゲアルの魔法が発動した。こっちの火の玉のほうが大きい。


 火の玉は魔法使いと周囲にいた数人の兵士に当たった。そこへチャッキーが突っ込む。


「ぎゃあ!」

「足を斬られた!」


 チャッキー、小さいくせに足元で刀を振り回すから、兵士はスネやふくらはぎが切られる。もう小さな悪魔だな。


『次、三隊! 右と左は歩兵小隊。前方は……重装歩兵、重装歩兵が五十!』


 ここは大通りなので、いくつもの十字路がある。野次馬も集まってきた。そろそろ戦闘班が動かないと無理か。


『チャッキーはそのまま左の歩兵に。右はもう一度、作田くん。重装歩兵にはハビスゲアルさん、お願い。タクくんは待機』


 作田がトレーラーの下から走っていった。


 ハビスゲアルが魔法を唱え、巨大な火の玉が重装歩兵にぶつかる!


 ところが、重装歩兵は盾を上にかざすと、火の玉は盾にぶつかり消えた。


『これは、耐魔法の盾と鎧をつけております』


 ハビスゲアルが答えた。


 重装歩兵は重い甲冑で全身を包んでいるので、このトレーラーと同じぐらい動きが遅い。


 綺麗に十人が並び、それが五列。足並みを揃えて行進してくる。


『じゃあ次、タクくん、和夏ちゃんとミナミちゃんを連れて行って!』


 黒宮和夏と門場みな実?


「姫野、それ大丈夫か?」

「うん。あの二人、最強コンボがあるから」


 タクが黒宮と門馬の手を握って消えた。しばらくすると、重装歩兵の前にぬるっと出る。


 前列が剣を抜いた。やべえぞ、タクだけじゃ守れない。おれも行くか。そう身構えた時だった。


「おすわり!」


 前の一列がビターン! と正座した。すぐ後ろの二列目が、それに引っかかって転ぶ。


 トレーラーの上では、ゲスオがくるっと振り向いた。


「ぐふふ。門馬さんのは改変済みでござる。人間を書き足して……」


 なんと、サラマンダーには効かなくても、人間には効いたか! まあ、人間は言語がわかるしな。


「三列目くるぞ」


 プリンスの言葉に前を向いた。


 三列目がこけた兵をよけて前に出る。


「おすわり!」


 またビターン! と正座した。


「おすわり!」


 四列目、またビターン!


「おすわり!」


 五列目もビターン! いや、あいつら学習能力ないのかよ。


「黒くまくん!」


 黒宮が叫んだ。おれは望遠鏡を目に当てた。


 ……うわあ、重そうな全身を包む甲冑に「霜」がついてきた。


 黒宮は多分、あの甲冑に向けて冷房をかけた。それも最低温度で。


「うひー!」

「さ、寒い!」


 重装歩兵が、あわてて甲冑を脱いだ。黒宮と門馬を見て「ひー!」と逃げ出す。


『馬だ! 戦車が来る!』


 この世界の「戦車」とは馬車だ。防具をつけた馬に荷台を引かせ、そこに重装歩兵を乗せた物。


「ゲスオ、おすわりって馬も効くの?」

「馬も鹿も無理でござる!」


 さすが「馬鹿」と言うべきか。姫野が口を開いた。


『毛利さんグループ、お願い!』


 毛利真凛? 元美術部の女子だ。スキルは確か「ポスターカラー」だったと覚えている。


 トレーラーのかなり前方、横断幕を持った人が横切った。街の人の服を着ているが、森の民?


 横断幕がピンッと張られた。書かれているのは……黒と緑と青の細かな模様。


 見ていると模様がグニグニ動くようで、目がしばしばする。おれは目を擦った。


錯視さくし図形ずけい、と呼ばれる物でござるよ。あんまり見つめると酔うので気をつけて」


 ゲスオに注意された。


「馬は意外に目がいいでござる。走る最中に視覚が酔えば……」


 整列して駆けていた戦車の列が、ぐらりと乱れた。隣の戦車とぶつかり何人かの兵士が落ちる。


『戦車の前方に水!』


 姫野のかけ声で、路地から樽をかかえた男たちが出てきた。大通りに水をぶちまけ、巨大な水たまりができる。


 バシャバシャ! と戦車の馬が水たまりに入った。


『マリンちゃん、ナウ!』


 毛利真凛が巨大な水たまりの端にいた。


「ポスターカラー! ブラック!」


 巨大な水たまりが漆黒に変わった。馬たちが半狂乱でいななき、棹立ちになる。馬にしてみれば、いきなり足元に穴が開いたように見えるだろう。ありゃ、たまらんな!


「むぅ、あの色合い、55ではなく、56Bか……」


 ゲスオ、言ってる意味わかんねえよ。聞いたら黒にも種類があるんだってさ。


 本格的に野次馬が増えてきた。これは、闘技場に集まっていた市民が、騒ぎに引き返してきたのかもしれない。


『路地の迷路は、だいたいできたよ!』


 とつぜん、おばちゃんの声が割って入った。この声は、調理場にいた肝っ玉母さんみたいな人か。


『おばさまたち、ありがとう! 茂木くん、まだ?』

『あっしの作業は終わってるぜい! 一個崩れれば、その振動で軒並みいくぜい!』


 そういえば、大工の「茂木あつし」がいない。あいつは市中に潜伏しているのか。


 ごごご、という音がして大通りに近い大きな建物が崩れ始めた。その建物には見覚えがある。牢屋があった建物だ。


 茂木の言う通り、一つの建物が崩れ落ちると、その振動が引き金になるのか、街のあちこちにある建物が崩れ始めた。


「兵舎や詰め所でござる。これで非番の者が装備をしようとしても、時間がかかるでござるよ」


 ゲスオが解説してくれた。


「それはわかるが、どうやって……」

「茂木殿の糸鋸いとのこスキルでござる。あれは手で撫でるだけ。建物の外からでも、柱の二、三を切れば傾くでござるよ」

「道具なしで切れるのか。怖っ」

「その気になれば、歩くチェーンソウ。江戸弁バージョン13日の金曜日でござる」


 ……茂木が工作班で良かった。戦闘班だと怖すぎる。


 あちらこちらの路地裏が騒がしくなった。大通りに出てくるかと思ったが、こちらには出てこない。


「路地裏のあちこちを、布で塞いでるでござる。壁や行き止まりに似た騙し絵を書いて」


 なるほど、それがさっき言っていた「迷路」というわけか。


 騒ぎに混じって「ぎゃあ!」という叫びも聞こえた。


「もちろん、迷う兵士の集団がいれば、そこは潰すでござるよ」


 ノロさんの姿がない。市民に紛れ、沸騰スキルをあちこちでかけまくっているようだ。


 ノロさんはいつも、気を遣っていた。ダブって同じクラスになると、自分がクラスの足を引っ張ると心配していた。それがどうだ、大活躍だ。


「すげえ! ノロさんすげえよ!」


 おれは嬉しくなり、ガッツポーズで一歳年上の同級生を讃えた。

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