第28-2話 有馬和樹 「プロレスラー・ゲンタ」

 石畳が続く大通り。


 去年は逃げたが、そこを今年は逆走する。


 大通りの先が街の中央だ。王の城がそびえ立つ。ここから1kmほどだろうか。この、ゆっくり進むトレーラーが城に着くまでには、勝負がつくだろう。


『うしろ、弓、二人!』


 遠藤の通信。振り返ると吹き飛ばした門の横、城壁の上に弓兵が二人いた。すでに矢を引き絞っている。


 シュルシュルシュル……と何かが風切る音がした。


 ゴツッ! と弓兵の一人にボールが当たる。残った一人は、あたりをきょろきょろした。


「んがっ!」


 その一人も飛んできたボールに当たり、城壁の外に落ちた。


 元ソフトボール部、玉井鈴香の投げたボールだ。すごいな。どこから投げたのか、わからない。ヴァゼル伯爵のように気配を消す技術を完全にマスターしている。


 そしてボールだ。ドクがゴムの木を見つけたのは聞いていた。おれは石を投げたほうがいいと思ったが、やっぱりボールなんだな。スピードが全然違う。


『次の十字路、西から一小隊、数、およそ五十』


 また遠藤から通信が入る。この遠藤も、どこにいるかわからない。おそらく、どこかの建物の屋上なんだろうが、上手く隠れたものだ。


 姫野が後ろを振り返った。


『タクくん、作田くん、お願い』


 おれも振り返る。二台目のトレーラーにいたタクこと山田卓司が、作田智則の手を掴んだ。ざぶん! と二人とも沈み、姿が消える。タクのスキル「どこでも潜水」だ。


 やがて、十字路の曲がり角に二人が現れた。物陰に隠れる。


 小隊が大通りに進入した時、作田がすっと前へ出た。石畳に手をつける。


「エポキシA!」


 おお? 作田が叫んだ瞬間、兵士たちがツルッとこけた。


「エポキシB!」


 そしてこけた態勢のまま、兵士たちはピタッと動かなくなった。


「隊長!」

「動けん! 貴様ら靴を脱げ!」

「だめです、腕も離れません!」


 兵士たちが口々に叫んだ。なるほど、作田の接着剤スキルか!


『そこから十時の方向。路地裏、百人ほどが集まりだした』


 遠藤の通信。それを聞いた姫野が、空中に目を走らせた。表計算を使った地図を見てるんだな。


『あそこは仕込んでる場所。ノロさん!』


 うしろを見た。ノロさんこと野呂爽馬さんの隣には、タクがもう戻っている。タクがノロさんを掴んで姿が消えた。そうか、タクが護送役をするのか。


 さきほどタクに護送された作田は走って戻ってきた。二台目のトレーラーには登らず、その下の貨物扉を開けて入る。トレーラーの中ってどうなってんだろ? そんな事を考えていたら、遠くから男たちの絶叫が聞こえた。


「ぎゃあ!」

「熱っちい!」


 姫野が肩をすくめて笑った。


「あのへんの路地裏、水を入れた樽を置いてるの」


 なるほど、その水を地面にぶちまけて、ノロさんの沸騰スキル「チャルメラ」か!


 ……路地裏、水はけ悪そうだもんな。




 トレーラーは、止まることなく進む。地面に固まった兵士たちの横を通り過ぎた。隊長らしき髭面の人が、めっちゃ睨んでた。悪いね。


 そうこうしていると、トレーラーの脇にノロさんとタクが戻ってきた。


「ノロさん、グッジョブ!」


 おれがそう言って親指を立てた時、その路地裏の方向から音がした。


♪ボボボ~ボボ♪


 これは沸騰スキルをかけて三分たった時の音だ。石畳が鳴ったのか。


「ぎゃあ!」


 また悲鳴が聞こえた。


「ひょっとして二回かけた?」


 沸騰スキルは連続でかけることができる。


 ノロさん、申し訳なさそうに、指を四本立てた。四回か! こりゃ地獄だぞ。


「ノロ殿、今日、カップは?」


 声をかけたのは伯爵だ。


「あります。水筒とカップを持ってます」


 ノロさんが大きなポケットを叩いた。ポケットがふくらんでいる。水筒は大きな物を二つぶら下げていた。


「一杯頂きたい」


 ノロさんはうなずいて、一台目のトレーラーに走ってきた。伯爵、ほんっとに余裕だな!


 ノロさんがハシゴで登ろうとした時、反対の右側で大きな音がした。見ると大きな樽が砕けて散乱している。


「そうりゃ!」


 かけ声とともに、また樽が飛んできた。トレーラーは大きくて頑丈だ。このぐらいではビクともしないが……


 投げたヤツがわかった。右斜前にある酒場だ。その店先に大男がいる。まわりには荒くれっぽい男どもが取り巻いていた。


「俺はゾリランダー傭兵団の団長、ゾリランダー!」


 ゾリランダーっていうか、ゴリランダーだろ。見た目、どう見てもゴリラだ。


「今日の警備に雇われている者だ。大将を出せ、一騎打ちだ!」


 警備で雇われてるのに、酒場から出てくるなよ!


 おれは降りようとしたが、ヴァゼル伯爵に止められた。片手にカップを持ちながら。


『ぼくが行きます』


 三台目のトレーラーの上から、誰かが飛び降りた。ドシン! と音がして地面に着地する。


 大男には大男。3年F組がほこる大男、小暮元太だ。


「うぉぉぉぉ!」


 手にしたハンマーを振り回して駆け出した。


「雑兵は呼んでおらぬわ!」


 ゴリランダーが樽を投げた。転がってくる樽をゲンタがハンマーで吹き飛ばす。


「これは、ドンキーコング!」


 思わず口にしたのは、おれとゲスオだけだった。なんだ、みんな初代やってないのか?


 迫りくる樽をハンマーで壊し、最後の一個を大きくジャンプした。これは決まる!


 と思いきや、空中でハンマーはポイッと捨て、がっぷり手四つに組み合った。


『なんで組むねん!』


 コウの叫びが通信から聞こえた。コウこと、根岸光平の姿はトレーラーにはない。どこか建物の上にでも潜伏してるのか。


 がっぷり手四つに組んだ二人だったか、ゴリランダーが振りほどき、ゲンタの胸を叩いた。


「バッチーン!」


 静かな大通りに音が鳴り響いた。ゲンタがよろける。


 ゴリランダーは、もう一回叩くぞと言うように、右手を上げてニギニギと動かす。


『ゲンタ、ぜったいよけるな!』


 遠藤の声。ええっ? なんでよけちゃダメ?


「バッチーン!」


 もう一度、痛そうな音が響きわたる。


『利いてない、利いてないぞ、ゲンタ!』


 またまた遠藤の声。ゲンタがうなずく。いやこれ、何の勝負?


 ゲンタはシャツを脱いだ。


『なんでシャツを脱ぐ!』


 クラスのみんながつっこんだ。


 シャツを脱いだゲンタは、胸板の前でホコリを払うような仕草をした。


 ゴリランダーの形相がみるみる変わる。そして、なぜかゴリランダーまで上半身の服を脱いだ。


 大男二人は店先から大通りに出た。


 ゴリランダーは胸を張り、親指で自分の胸を差した。俺を叩いてみろと。


「バッチーン!!」


 相手より倍は大きい音が響いた。ゴリランダーは倒れるかと思いきや、両手は握りしめて動かさず、ゲンタのチョップに耐えた。


「おお!」


 ゴリランダーの部下らしき男どもが感嘆の声をあげる。酒場の店先に大勢出てきていた。傭兵団、けっこう人数いるっぽい。


『遠藤、見とれてる場合ちゃうで! 通りに面した屋上に二人、魔法使いらしき人影あるで!』


コウの声だ。


『くそっ! ぜったい神試合だ。リングサイドAでガッツリ見たい!』


 ……遠藤もも、言ってる意味が、さっぱりわかんねぇ。


「キング殿、これを」


 ヴァゼル伯爵にカップを持たされる。伯爵は羽を広げ大空へ舞い上がった。


 空中を飛ぶ伯爵に火の玉が飛ぶ! 伯爵はそれを軽くかわした。建物の屋上に向けて手をかざす。屋上にいた人影が倒れた。


 伯爵は同じように、もう一つの屋上に飛び、もうひとりの魔法使いを倒す。


 それが済むと颯爽とトレーラーに帰ってきた。おれに持たしたカップを受け取る。カップのお茶は、いくらも冷めてない。


『工作班!』


 姫野の声。今日の姫野は大忙しだ。


『トレーラー変形よろしく!』


 ……ん? 今、なんつった?

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