第26-3話 有馬和樹 「落ちるなら、みんなで」

「ほかには、いくらか財産がありますか?」


 姫野がハビスゲアルに聞いた。


「捕まれば、異端審問にかけられますゆえ、着の身着のまま逃げ出しました。王都の財産は、すでに教会に没収されているかと」


 姫野があきれたように腕を組んだ。


「資金もなく組織作りなんて、よくもまあ……」


 ハビじい、肩をすぼめて今にも消えそうだ。


「姫野、そんなに怒るなよ。怒るっつか、今日は、なんだかキレてるぞ」


 くわっと姫野が、おれを睨んだ。ママ怖え。


「キレるっつの! ドクやゲスオはこれを予想したけど、わたしはないと思ってた」

「えーと、おれが出ていくこと?」

「そう! 民を置いていく王がどこにいるっつうの!」


 おれは言い返せないから、頬をふくらました。姫野の言うことは、もっともだ。


「キング」


 肩を叩かれた。誰かと思えばプリンスだ。


「まあ、あきらめろ。お前が考える以上に、頭脳班は作戦を練ってたようだ。勝てるわけないだろ」


 プリンスの言うことも、もっともだ。いや、でもね、一晩中ハビじいと計画練ったんだよ。今後のことをあれやこれや。


「プリンス、ひょっとして、こうなるの予想してた?」

「してたよ」

「言えよ!」

「まあ、盛り上がってるとこにケチつけるのもな」


 にやっと笑う。くぅ。この里をプリンスに背負わせる、その事に悩んだおれの気遣いを返してくれ!


 プリンスはハビスゲアルに微笑んだ。


「ハビスゲアルさん、このように我らが王を引き抜くのは、無理かと。こちらに入っていただくほうが早い」


 ハビじいは顔を上げた。ひどく、おどろいている。


「吾輩を迎えてくれるのですか? ここに召喚した張本人ですぞ!」

「ハビじい、そこはまあ……」

「うっさい、ボケキング。落ちた張本人も黙ってて!」

「……へい」


 今日のおれ、散々だ。


 姫野は考え込んで、大きく息を吐いた。


「かなり複雑な気分なの。もちろん、召喚なんて、されたくなかったけど」


 そう話し始めたが、また口をつぐんで考え込んだ。それから立ち上がり、うろうろ歩く。


「なんて言うかな。もう一度、あの状況になったら、同じことしちゃうんじゃないかなって……」


 意外な言葉に、おれはおどろいた。おれを最初につかんだのは、姫野だ。


「別に、キングに惚れてるわけじゃないわよ」

「お、おう。それはわかってるよ」


 なんだ? 視界の端の黒宮和夏が、地団駄を踏んだ気がする。姫野はまたうつむいて、うろうろと歩いた。言葉を探しているようだ。


 そして立ち止まった。思いついたようだ。


「そうね、あの時、もし向こうに残されていたら……」


 姫野の言葉にクラスのみんなが、はっとなった。姫野が言葉を続ける。


「何人かが落ちて、何人かが残ったとする。向こうに残った場合、けっこう、キツイ」


 セレイナが、うなずいて口を開いた。


「わかる。残った方は悩むわ。どうして助けられなかったのか。今はどうしているのか」

「それって……」


 友松あやが横から入った。


「それって、けっこう地獄よ。一生、悔やみ続ける人生になるかも!」


 友松あやの言葉に、姫野がうなずく。


「なるほどな。全員が落ちるって、ある意味で正解やったんか」


 同調したのはコウ、根岸光平だ。


「コウは、こっちの世界のほうがいいだろ」


 隣にいたコウの親友、山田卓司が言った。


「あほう、タク、んなワケあるかい」

「コウの転校理由は?」

「借金取りに追われて……あっ、ホンマや」


 みんながくすっと笑った。


「なるほどねぇ。そうなると、キング以外は自分の意志で来た、とも言えらあな」


 大工の茂木あつしが「べらんめい」といった感じで鼻をすすった。


「そうなの。もちろん向こうの家族は可愛そうなんだけど、なんかもう、しょうがないかなって感じに、わたしは最近、思い始めてる」


 姫野の言葉に、クラスのみんながうなずいた。


 みんな、そんな風に考えていたのか。


 おれは27人は自分のせいだと思っていた。だからプリンスに「みんなを守りたい」と最初の夜に相談した。


 ……いや、そりゃ違うのか。おれが守るってものではないのか。みんな互いに守って、そして守られるのか。


 おれが考えにふけっていた横で、当の召喚者は顔をくしゃくしゃにしていた。イスから立ち上がる。


「許されることではありませんが、このハビスゲアル、残りの短い人生を皆様のつぐないに使いたいと存じます」


 そして深々と頭を下げた。どうでもいいけど、後頭部はどうやって剃っているんだろう。


「ハビじい!」

「はっ、キング殿」

「おれが言うのもなんだけどな、過ぎたこと、気にすんな! 友達だし」

「キ、キング殿、前も申しましたが何でも『友達』で解決するのは……」


 姫野が思いついたように言った。


「いいんじゃない? 同じ里、クラスメートみたいなもんでしょ」


 クラスメートか。おれも思いついて、立ち上がった。


「よし! おれは決めたぞ。今、この里にいる全員、子供から、じいちゃん、ばあちゃんまで。今後おれは『クラスメート』と呼ぶ」


 いつの間にか、3年F組の輪の外には人が集まっていた。その人たちから、どっと歓声が沸き起こる。ありゃ、そんなウケる事だったか。


 カラササヤさんが、涙をこぼしながら前に出た。


「キング殿! 仲間と認めていただき、誠に感無量でございます!」


 あっ、そうか。おれらが先にいたから、あとで来た森の民は間借りしてるような気分だったのか。これはいかんな。


「みんな、クラスメート。この里が自分の家な! 好きに使ってくれ!」


 おおっ! と歓声と拍手が沸き起こる。


「クラメート!」

「クラメート!」


 ちっこい双子、同時に間違ってる。もう一つ、前から気になっていた事があったので、それもついでに言ってみる。


「みんな『エルフの隠れ里』って呼ぶのやめないか?」


 みんながうなずく。同じこと思ってたんだな。


「じゃあ、決定。たぶん思ってること同じだな。今日からここは『菩提樹の里』と呼ぼう」


 おれがそう言った瞬間、菩提樹に満開の白い花が咲いた。風に吹かれたように花吹雪も散る。精霊の幻影だ。


 今日一番の大歓声が里に響きわたる。


 ぬうっと精霊が出てきた。


「菩提樹、ぜったい出番狙ってただろ!」

「なにを、無礼な!」

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