第26-2話 有馬和樹 「軍師の怒り」

 なんだろう、姫野は体調が悪いのか? とりあえず、みんなが集まったので話しをしよう。


「しばらく、おれは里を留守にしようと思う」


 姫野の眉がピクッと動いた。やっぱり機嫌が悪い。


「一応、おれはここのおさってことなんだが、それはプリンスがやってもらえればいいかなと」


 プリンスを見た。やつは無表情だ。


「留守って、どこ行くの?」

「ハピスゲアルさんと、街に潜伏しようかと」

「それで?」

「ええと……とりあえず疫病の免疫を広めとこうかなと」


 それを聞いた姫野が、ため息をついた。えっ、これって、ため息つくところ?


「免疫については、もっと有効な手があるわ。じゃあ、そういうことで」


 姫野が去ろうとしたので、あわてて呼び止める。


「おいおい、姫野」


 姫野がくるりと振り返った。


「キング、おおかた、この国をぶっ潰そうと思ったんだろうけど、計算が甘すぎるわ」


 ガーン!


 もう「ガーン!」としか言いようがない。なんだ、なんで姫野はわかった? おれはポカンと開いた口が塞がらない。


「っていうか、ハビスゲアルさんも甘すぎる。あの人、今どこ?」


 姫野の問いに、意外にもヴァゼル伯爵が答えた。


「キング殿の家です。私が呼んで参りましょう」


 伯爵はそう言って飛び立った。


 ……ハビじい、これなんか、おれら怒られるパターンっぽい。


 設備班の人間が、気を利かしてテーブルとイスを持ってきてくれた。すでに座っているおれにはテーブルを。向かいの姫野にはイスとテーブルが出される。


 小さなテーブルとイスで向かい合うと、バイトの面接か高校の進路相談みたいだ。


 姫野は、つまんなそうにテーブルに肘をついた。面接で言えば、面接官がこういう態度を取る時は落ちる時だ。


「いや、姫野、どう考えても、この国にいる限り国とは衝突しそうなんだ」

「でしょうね」

「うん、うん、森の民もかわいそうだし」

「そうね」

「だからよ、おれが戦おうかなって」

「いんじゃない、戦えば」


 おれはもう一度、開いた口が塞がらなかった。


「姫野、戦い、戦争だぞ。この里は巻き込めない」


 ため息をついて首を振る姫野。なんだ、これじゃ、おれは母親に駄々こねてる子供みたいじゃないか。


「まったく逆。この里と、みんながいるから戦えるんでしょ」

「姫野! みんなは巻き込めない!」

「もう巻き込んどるちゅうの!」


 姫野はバン! と机を叩いた。


「でもよ、姫野!」

「わからんやつだな」


 姫野はイスに座ったまま、体をひねって後ろを向いた。


「よし、みんな、キングと戦う人、手を上げて」


 ……えっ? みんなが手を上げた。


「キングが一人で行くってさ。賛成な人、手を上げて」


 今度は、みんなが手を下ろした。


 まじか。なんか予想と違うほうに話が進む。


 ハビスゲアルがヴァゼル伯爵に連れられてきた。


「キング殿、これは?」

「うん。ママンが、お怒りだ」

「ママン?」


 おれの横にイスが追加された。ハビスゲアルが座る。


「ハビスゲアルさん」

「はっ」

「免疫を広めるとの事ですが、具体的には何を?」

「国に不満を持つものを、こっそりと組織していこうと思います」

「それでは遅い。疫病は一ヶ月もすれば大流行するでしょう」


 ハビじい、黙った。


「この里が取るべき作戦はこうです」


 姫野は立ち上がり、空中に何かを伸ばした。そしてパチン! と指を鳴らすと、空中に巨大な表が現れた、すげー!


「冬に向けて、需要が伸びる品目の予想です」


 表には様々な品物の名前が羅列してあった。衣類や寝具などのほかに、調味料などもある。


「この里を経由して、この品物を市場に出します。そこに無力化した菌をつけて」


 そんな手があるのか。思いもつかなかった。


「これは、実際にネイティブアメリカンを征服する時、使われたと噂される手だ。物資を提供するように見えて、麻袋に天然痘をつけてわたした。あいつらは悪いほうに使ったが、俺らは逆だな」


 説明を付け足したのは、幻影スキルを持つ渡辺裕翔だ。あいつ、映画マニアなのは知ってたが、歴史も詳しいのか。


「問題は、流通にどう絡んでいけるか。ハビスゲアルさん、ツテはありませんか?」

「ラウルの街に商人がいます」

「それは、信用できる人で?」

吾輩わがはいの息子です」


 息子? みんながザワついた。


「ハビじい、息子いたのか!」

「隠し子に近いような形ですが……」

「むむ、妾? 不倫?」

「いえ、滅相もない。息子と公表すれば、教会に入れるしかなくなるからです」


 そういう事か。ハビじい、ほんとにこころざしのために生きてきたんだな。


「では、問題ないですね。数日以内に合わせて下さい」


 ハビじいは力強くうなずいた。


「このように、里にいるからできる事が多いのです。キングも、ハビスゲアルさんも、里から出て一人で何かしようとするのは、計算が甘すぎます」


 ハビじいが、おれに小声で聞いた。


「姫野女史は何者ですか?」

「あれは、こっちで言うとこの商家の娘なんだ」

「なるほど」


 バン! と姫野が机を叩いた。おれもハビじいも、背筋をシャキンと伸ばす。


「だいたい、ハビスゲアルさんは、現在、いくらお持ちなんですか? 所持金です」


 まずい。そこを聞かれた。ハビじいは、申し訳無さそうにローブのポケットから小袋を出す。


「それだけ?」

「はい」


 姫野が、おれを睨んだ。


 おれとハビスゲアルは教師に怒られる生徒のように、思わず背中を丸めて小さくなった。

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