第24-8話 飯塚清士郎 「食後の馬車」

 みんな、カレーはあっという間に平らげた。


 俺とキングも食事を終え、ポンティアナックの遺体を片付けに出かける。気分的に里の中には捨てたくない。


 手綱を取り、遺体を載せた馬車を出した。


 ハビスゲアルが自分も手伝うと言うので、御者台の左に座ってもらった。右側にはキングだ。コウやタクも手を挙げてくれたが、戦った者が片付けるべきだろう。トドメを刺した伯爵はいないし。


 ゲスオに見せてやろうとしたら、布に包まれた遺体を見た時点で逃げ出した。ほんと、あいつは口だけだからな。


 三人で馬車に揺られていると、ハビスゲアルが口を開いた。


「豊かな里でありますな」


 午前中の騒動が終わり、うちの農業班や森の民が畑仕事を始めている。ハビスゲアルの感想には、キングが答えた。


「菩提樹がいるのが大きいけど、グローエンのじいちゃんが言うには、肥料がいいそうだ。おれらの仲間に発酵の名人がいるから」

「発酵ですか……」

「これ終わったら、案内しようか?」

「よ、よいのですか?」


 キングが俺を見た。俺はうなずく。何を隠したっていまさらだ。


 それに今日で痛感した。ポンティアナックを倒せたのは、3年F組以外の者がいたからだ。


 ジャム師匠、ヴァゼル伯爵、森の民のカラササヤさん、すべてキングがらみだ。俺が仲間にしたわけではない。むしろ俺が仲間にした者など、一人もいない。


 ここが、なぜ有馬和樹がキングで、俺がプリンスなのかという事が現れている。逆にはならない。


 ブーンと小さな羽音が追っかけてきた。


「そうか、お前がいたか」


 手綱から片手を離し、人差し指を立てた。ハネコが先端にちょこんと器用に座る。


「それは妖精! 初めて見ました。飼われているので?」

「いや、これはプリンスの友達だ」

「友、友達。キング殿はなんでも『友達』で済ませておられぬか?」

「ほかに言いようがないだろ。ハビじいも友達な」

「むぅ……友達……でありますか」

「そりゃそうだろ。お前と殺し合う。おれはもう、できねえぞ」


 ハビスゲアルは黙った。馬車は里の外れにつき、ここから草むらを抜けていく。この里の隠された出口だ。


 俺はハネコを肩に乗せながら言った。


「キング、一点だけハッキリさせとけよ」

「なにを?」

「俺ら、教会には入らないって」

「ああ、そこかあ。ハビじいは、自分の教会を信じてんの?」


 ハビスゲアルは顔をしかめ、また梅干しみたいになった。そして、絞り出すかのように声を出す。


「今日、精霊のお姿を見ました。我が教会が掲げる神を、見たことはありません。しかし国としては……」


 ハビスゲアルは途中で黙った。


「おいおい、あんま考え込むなよ。ハゲるぞ」

「キング、もうハゲてる」

「これはハゲではありませぬぞ! 剃毛!」


 ハビスゲアルは頭を叩いた


「ぎゃはは! コウが上手いこと言うからな、ついネタにしちゃうな」

「ハゲ過ぎである、か?」

「そう、ありふれた帝国のハゲ過ぎである」


 思わず吹き出した。


 アルフレダ帝国、ありふれた帝国。なるほど、さすが疾風鬼のコウ。いや、さすが元関西人というべきか。


 しかし、いよいよ帝国の兵士と戦う機会が出てきた。これは予想より早い。こんな世界で生きていくんだ。いつか戦いは起こると思っていた。


 ハビスゲアルとは、戦いというより個人の喧嘩だ。もっと大きな戦いはあると思っていた。


 いつか来る戦いのために、この半年は剣の腕を磨いた。ジャムザウール、ヴァゼルゲビナードという師にも恵まれた。


 だが早い。二年、いや三年は欲しかった。


「清士郎」


 ふいにキングが俺の本名で呼んだ。


「あんま気負うなよ。ハゲるぞ」


 俺は片方の眉を上げた。こいつは天然のくせに、たまに敏感だからやっかいだ。


「気負うかよ。ありふれた帝国だぞ」


 俺は手綱を叩いた。まるで、急げば自分が早く成長するかのように。


 俺がキングとクラス全員の命を守る。最初から、そう決めていた。草が生い茂る馬車道の先を睨みながら、その思いを今一度、俺は胸に刻みこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る