第24-7話 飯塚清士郎 「戦いの後はごちそう」

「今日はね、もう一つ目玉があるの」


 テーブルの上にドン! ともう一つ来たのは、大きな釜だった。


 匂いが麦ではない。もしや?


「ウルパの村からもらったの。そう、お米よ」


 これには男子だけでなく、女子からも歓声が上がる。


「お米は、こっちの部族では『タンタ』って言って、私たちの知ってるとこで言うとインディカ米に近いんだけど、やっぱりカレーには米ね」


 ゴカパナじいさんは喝采と拍手をもらい照れていた。なるほど、お礼を兼ねて食事に呼んでいたのか。


 テーブルに木の皿とスプーンも置かれた。我先にと、クラスの連中が群がる。


「ハビスゲアルさん、甘口と辛口、どっちがいいです?」


 異世界の司教は考え込んだ。


「そのカレーというものが初めてでして。どうしたものか」

「ハビじい、男は辛口だ」


 横からキングが言う。


「キング、言葉を返すが俺は甘口を食うぞ」

「くぅー、軟弱」

「ふむ。では物は試しで辛口をいただきとうございます」

「わかりました。取ってきます」


 俺は立ち上がった。ハビスゲアルは72番目の司教と言っていた。一番下だが、この時代の司教だ。自分で配膳することはないだろう。


「いえ、皆様と同じように自身で注ぎますゆえ」


 そう言って立ち上がる。無理に合わせなくても、と思ったが違った。ご飯を注いでカレーをかける仕草は慣れている。身の回りのことは自分でするタイプか?


 思えば、この老人にあまり嫌悪感がない理由がわかった。服装が地味だ。権力者なら、もっと派手でいい。腕輪や首飾りなどの装飾品もしていなかった。かえってゴカパナ村長のほうが、じゃらじゃらだ。


 自分のゴザに戻り、カレーを一口。思わず目を閉じた。インディカ米に近いらしいが、それでも米だ。懐かしい感触だった。


 隣のハビスゲアルは、ご飯をまず食べた。そのあとにルーを食べ、飛び上がるように目をむく。


「これは……なかなか刺激のある食べ物ですな」

「よく混ぜたほうがいいです。もう、ぐっちゃぐちゃに」


 元の世界ではマナーが悪いとも言われるが、よく混ぜたほうが美味い、と俺は思っている。


 ハビスゲアルは、ご飯とルーを混ぜて一口食べた。噛み締めてうなずく。そのあとにもう一口。


「刺激はあるのですが、妙に後を引きますな」


 そう言って、また一口食べた。大丈夫のようだ。俺も自分のカレーに取りかかる。


はしやすめいる?」


 セレイナが大皿を持って周ってきた。大皿の中にはピクルスを刻んだようなものと、朝に出たイチジクの甘露煮があった。


「ハビスゲアルさん、ちょっとマイルドにしましょうか?」


 俺の言った意味はわからないだろうが、ハビスゲアルは自分のカレーを差し出した。ピクルスもイチジクも多めに入れる。


「これで、また混ぜてください」


 そう説明して、自分もセレイナからピクルスをもらう。


「ありがと」

「うん? ピクルスをもらったのは俺だ」

「助けてくれて」

「ああ、そっちか。結果として、いい判断だったと思うぞ」

「そう言ってもらうと、気が楽になるわ。ごめんね」


 謝ることではない。いい判断だ。あの飛び出しで、みんなが助かった。そう説明しようとしたら、セレイナはもういなかった。


「うぉぉぉぉ! 拙者せっしゃが寝込んでいる間にヴァンパイヤ・ウーマンを見逃し、あわやカレーまで! 皆の衆、ひどいでござる!」


 ……なんか、騒がしいやつの声が聞こえる。


 俺はたぶん人の悪い笑みを浮かべ、その声の主は放っておいた。そんなに見たいのなら、あとで死体と対面させてやろう。ゲスオ、お前が思ってるのと違うからな。


 さて、自分のカレーに専念することにした。美味い。これにも思わず笑みがこぼれる。調理班のリーダー、喜多絵麻に甘口を作ってくれと言ったのは俺だからだ。


 まったく、うちのクラスには芸達者なやつが多い。俺とキングだけで異世界に落ちてたらどうなったか。それを考えると背筋が寒くなり、俺はカレーを味わうことだけを考えた。


 気がつくと、隣のハビスゲアルは半分ほど食べていた。口を手で扇いでいる。イチジクを入れても辛いらしい。


 そこへノロさんが、カップと水を持ってきた。今度は陶器のカップだった。飲んでやっぱり。水もカップも冷えている。湧き水で冷やしておいたのだろう。


「よく気がつく御仁ですな。古くからの使いで?」


 ハビスゲアルは、水を飲みながらノロさんの後ろ姿を見ていた。そうか、こっちの世界だと下働きに見えるのか。


「いえ、ノロさんは友達です。28人、全部そうです」

「ほう、あの全てが」


 ハビスゲアルは召喚の時を思い出したのか、クラスの面々に目をやった。


 それで思い出した! 俺は近くにいた伯爵のほうに身体を向ける。


「伯爵」

「なんでしょう」

「さっきのあれ、どうやったんです?」

「さっき?」

「キングのスキルを使いました」

「あっ! そう、それそれ!」


 キングも思い出したようだ。


「キング殿の能力を借りました」

「いや、そこがおかしい。スキルは一人に一つ。そうですよね?」


 最後はハビスゲアルに向けて言った。


「いかにも。この世界のことわりをよくご存知ですな」

「ハビじい、それ自分で言ったじゃん?」

「キング殿に言いましたか?」

「いや、ゲスオに言ってたって。ほんっとに覚え悪いな」


 俺は苦笑いをして、ヴァゼル伯爵に向き直った。


「やはり、スキルは一人に一つ。伯爵がスキルを使えるのがわかりません」


 伯爵は特に表情を変えることなく、カレーをゴザの上に置いた。


「あれは、プリンス殿の言う『スキル』というものではありません。言わば呪いです」


 呪い? あの黒い霧のような物だろうか。


「なかなか珍しい魔術でして。まず主従の呪いが必要です。その上であるじから命を受けた時、主の能力の一部が加護として使えるのです」


 話がわからなかった。俺もカレーを下に置く。


「その主従の呪いってなんです?」

「契約のようなものですな。主の能力が使える代わりに、主が死ねと言えば即死します」


 覚えがあった。あの牢屋。あれは主従の呪いだったのか!


「おい、プリンス」


 キングが立ち上がった。言いたいことはわかっている。これはやってはいけない。


「伯爵、その呪いは無効だ。すぐ切ってくれ」


 キングがあわてて言う。俺もうなずいた。


「そこまでとは考えていませんでした。申し訳ない。俺の言葉は取り消します」


 俺とキングの雰囲気を察したのか、みんなが手を止めて俺らを見た。


「伯爵」

「さて、かなりいにしえの魔術でして。どう切ればよかったか」


 本当だろうか。この人の感情は普段から読みにくい。


「ヴァゼルゲビナード殿は、キング殿と同じ力を持っていると考えてよろしいのですか?」


 横から声を発したのはカラササヤさんだ。そうか。キングを守る立場としては、危険に感じるのか。


「とんでもない、カラササヤ殿。主の力が十とすれば、しもべは一か二、その程度のもの。そして、スキルではないのでゲスオ殿の補助も効きません」

「では、キング殿に歯向かうことはないと?」


 ヴァゼル伯爵は微笑んでうなずいた。


「カラササヤさん」

「はい、キング殿」

「ちょっと黙っててくれ」

「はっ!」


 キングが伯爵を見つめた。ちょっと、いや、かなり怒っている。カラササヤさんにじゃない。伯爵にでもない。


 静まり返った場に、ごとり、と鍋が動く音がして注目した。ゲンタがカレーをおかわりしている。


「さて、うっかり見張りを立てておりませんでしたな。私が行って参りましょう」

「伯爵!」


 ヴァゼル伯爵は翼を羽ばたかせ飛んでいった。


「ごめん、邪魔するつもりじゃ……」


 俺は思わず、小さく笑った。


「ゲンタって、甘口? 辛口?」

「ぼくは、ええと、甘、辛、甘、辛、と来たから、次は甘口かな」


 ……忘れてた。元相撲部だったわ。

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