第24-6話 飯塚清士郎 「伯爵の切り札」

「乗れー!」


 叫び声がして車が走ってきた。馬のない馬車、進藤好道だ。


 車は真横で急停止した。荷台にい上がるようにして乗り込む。


「中免小僧!」


 ガタガタ! と馬車は震えて走り出した。


 広場に戻る。花森が来ていた。


「お注射!」


 アバラの痛みが引いた。


「大丈夫か!」


 キングとヴァゼル伯爵が駆け寄ってくる。二人も花森が回復させたか。


 ゆらり。大通りに足取りのふらつく人影が現れた。ポンティアナック、しぶとい。


 火の玉がうしろから襲った。それはポンティアナックの周りに立ちこめる霧にぶつかり、消えた。


 黒い霧は、穴の空いた翼から漏れるように出ていた。ヴァゼル伯爵のではない。その霧は糸ミミズのように小さくうねうねと動いている。


 こっちにゆっくりと歩いてきた。


 その後ろに、ぬっと人影が飛び出た。地面からだ。潜水のスキル、タクか!


「ぐわっ」


 タクは一声上げ、ポンティアナックから離れた。地面に四つん這いになり、嘔吐している。


瘴気しょうきのような物をまとっています。ここは私が参りましょう」


 ヴァゼル伯爵が言った。


「伯爵……」


 キングが言葉に詰まった。


「キング殿、このような時、王はふんぞり帰っておればよいのです。そして言うのです。我が名によって命ずる、あの者を討てと」


 伯爵はふざけているのか? そう思ったが真剣だ。


 俺の親友はひとつ大きく息をつき、そして言った。


「キングの名によって命ずる。あの薄汚いバケモノを討て」


 ヴァゼル伯爵はうなずく。


「それでこそ、王という者」


 伯爵は歩きながら腰の両側に差した二本の短剣を抜いた。流れるような足取りで距離を詰めていく。


 黒い霧の中に入った。右手の短剣で喉を突く。それを爪が防いだ。反対の爪が今度は伯爵を襲う。右にかわし左の剣で腹を狙うが、それも爪が防いだ。


 爪の生えた二本の手と、二本の短剣の攻防だった。ポンティアナックは弱っていても動きは早い。


 何度目かの攻防の後、金属を弾く音がした。伯爵の右手の短剣が弾かれて飛んだ。ポンティアナックがそれを目で追う。いや、これは伯爵の罠だ。左の脇腹。刺さった! そう思ったが刃先が入ったところで止まった。伯爵の手首をポンティアナックが掴んでいる。


 ポンティアナックは掴んだ手をぎりぎりと捻り上げた。


「お借りしますぞ!」


 伯爵が叫んだ。右の拳を握っている。まさか!


「粉・砕・拳!」


 伯爵が放った拳は、ポンティアナックの鳩尾に入った。腹が後ろに破裂する。ポンティアナックは伯爵の左手を掴んだまま、ずるりと倒れた。


 伯爵は、掴まれた手の短剣を持ち換えた。くるりと刃を下に向け、額の中央に突き立てる。


 ポンティアナックの掴んだ手が、ずるりと外れた。


 夜行族で「稀代の悪女」と恐れられたポンティアナック。その彼女は二度と動かなくなった。




 戦闘が終わり、山すそからみんなが出てくる。


 回復スキルの花森はタクに駆け寄っていった。


 ヴァゼル伯爵が、二本の短剣を腰に戻しながら帰ってくる。


「伯爵、今の技……」

「キング殿の技を拝借いたしました」


 ヴァゼル伯爵はにっこり笑うが、それはおかしい。


「いや、伯爵それって……」

「腹が減りましたな。喜多殿!」


 喜多絵麻も山すそから広場に帰ってきた。


「はい、伯爵」

「いささか体力を使いました。ひとつ力のつく昼食を!」

「では取っておきのごちそうを。温め直すだけなので、すぐ用意しますね」


 喜多と調理班が駆けていく。いつからか俺たち戦闘班が食事か風呂を頼むと、みんなはできるだけ急いでくれる。面と向かって言われたことはないが、ねぎらってくれているのは痛いほどわかった。


 さて、倒したポンティアナックをそのままにして昼食ともいかない。遺体を布で巻き、馬車の荷台に載せておく。その帰りに、キングがふと思いついたように口を開いた。


「もう、今日ぐらいが最後だろう。菩提樹の周りで食おうぜ」


 キングが言う最後とは、気温のことだ。ここからぐっと寒くなるだろう。これからはクーラー部屋、いや冬だから暖房部屋か。あそこで食事をすることになる。


 クラス28人と異世界人数名で菩提樹の周りに座った。


 ほかの村の者は、各々おのおのの家に帰っていった。カラササヤさんはこっちにいる。キングの近くがいいのか、喜多の作る食事がいいのか。いや、ウルパ村のゴカパナ村長まで、しれっといるな。


 もう一人の部外者、ハビスゲアルは、設備班からゴザをもらって突っ立っていた。


 その所作なさげな姿に笑える。地べたに座って食べるのなんて初めてかもしれない。うちの男子に至ってはゴザも敷かず、そのへんに適当に座っている。


 ハビスゲアルを誘って、キングの近くに座った。


 調理班がドン! と大きなテーブルを中央に置き、その上に二つの大きな鍋をドンドン! と置いた。


「この匂い!」


 男子の誰かが叫んだ。


「そう、カレー。リクエスト通り甘口と辛口があるから」


 男子連中から「うぇーい」と歓声が上がった。

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