第24-2話 飯塚清士郎 「見えないウイルス」

 ドクとゲスオの顔や腕には、赤い発疹ができていた。


「お前ら、自分たちで人体実験してたのか?」


 ゲスオの枕元に近づいた。


「あっ、近づくのは……」


 土田が止める素振りをしたが、睨んで黙らせた。ゲスオのひたいをさわる。異常な熱だ。これは四〇度を越えているだろう。高熱による意識混濁か。


「友松、頼む」


 掃除スキルを持つ友松あや。ウイルスを消せるのは彼女だけだ。


「ケルファー!」


 言い終わった友松が顔をしかめた。


「これ、かかってない! 感触が違う」


 かからない? 意味がわからなかった。


「プ、プリンスくん、ゲスオくんのウイルスは、人間のじゃないから」


 ベッドに横になっていたノロさんが言った。そのノロさんは平気そうだ。これは、どういうことだ?


「プリンスくん、ゲスオくんを実験に使ったんじゃなくて、進んで……」


 ノロさんの言いたいことはわかった。さきほど睨んだ土田を見る。土田は黙っていた。


「悪い土田。お前に怒ったんじゃなくて、ゲスオのバカに怒ったんだ。また首つっこみやがってと思って」


 土田がうなずいた。


「俺がする予定だったんだけど、ゲスオがやるって聞かなくて」

「いつものことだ。それで、違うというのは?」


 土田は、机から小さな瓶を三つ手に取った。


「人間のウイルスを、牛、羊、鶏に感染させた物。これを人間に戻せば、発症することなく免疫ができる予定だった」

「薬みたいなのを作ってたんじゃないのか」


 土田は首を振った。


「それは、あきらめた。免疫をつけたほうが早い」


 たしかに、カラササヤのような一度かかったものは二度とかからないと聞いた。


「三つともいけると思った。でも二つは人間につくとウイルスが変化したみたいで、劇症化した」


 そんな事になってたのか。天才のドクがいるから安心しきっていた。なかなか一筋縄ではいかないようだ。


「ゲスオに付けたウイルスは?」

「鶏だ」


 掃除スキルを失敗した友松が、土田に詰め寄った。


「それ見たい! 見ればイメージできると思う」


 俺は血の気が引くのを感じた。今「遠藤もも」はいない。


「ヴァゼル忍者クラブは全員、斥候に出てるぞ」


 みんなが、はっと息をのんだ。


 これは難問だ。土田がウイルスを見れるが、その画像を送る遠藤がいない。


 画像、いや、映像か。もしかすれば……


「進藤」

「なに?」

「急いで渡辺を連れてきてくれ」

「わかった!」


 俺は外に出た。進藤が車に乗り込み、猛スピードで去っていく。あいつ里の中じゃ、ずいぶんスピード抑えてたんだな。


 目を閉じた。一度、気配を消す。そして気配を周囲に向けた。これはヴァゼル伯爵から教わったやり方だ。あの人はバケモノで、この状態で一晩中過ごしたりできる。


 周囲の気配、音、広場、菩提樹。捕まえた。菩提樹は俺に気づいたはずだ。


 ゆっくり目を開けて深呼吸をした。感覚を拡散させたあとで急に戻ると目が回る。


 目の前に霧が集まってきた。それが形づいていく。


「わらわを呼んだか、プリンスよ」


 自分の里にいる人の営みが活発なせいか、菩提樹はめきめきパワーアップしている。白っぽかった姿は、髪や服に緑の色が入っていた。


「ああ、何ができるか、俺もきちんとわかってないんだが、ちょっと手を借してくれ」


 猛スピードで進藤が戻ってきた。荷台には渡辺を乗せている。


 渡辺裕翔は幻影を出すスキルだ。最初に菩提樹の映像を出したのも渡辺だ。


 二人を連れて中に入る。みんなに説明した。


「なるほど、遠藤もものスキルがない今、土田の顕微鏡を友松に見せなきゃいけないんだな」


 渡辺はわかったみたいだ。菩提樹は、おそらくわかってない。さらに渡辺が言う。


「一番手っ取り早いのは、菩提樹さんが土田に乗りうつり、幻影をだすことかな」


 菩提樹の表情を見た。無表情だ。これは何も伝わってない。


「菩提樹、土田に乗りうつるって可能か?」

「それはできぬ。わらわと土田では親和がない」

「のっけからダメか」


 俺は腕を組んだ。何かできそうな気がしたが無理だったか。


「プリンス、まだあきらめるなよ。機材がつながらないってのは、よくある話なんだ」


 渡辺は再度、菩提樹のほうを向いた。


「菩提樹さん、俺には送ることはできた。それって例えば、菩提樹さんが見た物を送ることってできますか?」

「見た物? こういうことか?」

「おお、来た! リアリティフレーム!」


 渡辺が空中に手を伸ばした。幻影が現れる。これは、キングが菩提樹を殴ろうとした時か。


 また絵が変わった。今度はキングが菩提樹クッキーを頬張っている姿だ。


「わぁ、キングの画像ばかり。菩提樹さん、キングが好きなんですね」


 花森の言葉で画像が消えた。


「なっ、なにを言うか。あの者が一番、わらわに無礼なだけじゃ!」


 言ってはなんだが、この時の菩提樹の顔は乙女だ。キング、やっかいな女に惚れられたな。まず、そうとうな年増だ。彼女の年は何万年?


「出力はできた。となると、あとは入力だけ。よくあるパターンで言うと、デコーダーかな」

「デコーダー?」


 聞き慣れない言葉に、思わず聞き返した。


「信号を変換する機械だよ」

「あっ!」


 みんなが花森を見た。


「それは無理じゃ」


 聞く前に菩提樹が言った。


「ハナには、一度口寄せしただけじゃ。乗りうつり、さらに力を使うとなると、かなり波長を合わせねばならぬ。今すぐは無理じゃ」

「ダメか」


 渡辺がため息をついた。だが今度は俺が、にやっとした。


「渡辺、あきらめるのは早い。使い古されたデコーダーがあるかもしれない」


 もう一度、進藤が車をぶっ飛ばす。連れてきたのは年老いた口寄せ、ゴカパナ村長だ。


「アマラウタ様、わたくしにご用とは、誉れ高き名誉。なんなりと」

「ふむ。しばし借りるぞ」


 有無を言わさず、菩提樹の幻影はゴカパナのじいさんに重なった。


「懐かしいの、よく知った身体ぞ」


 ゴカパナの口から出てきた言葉は、菩提樹のそれだった。


「どれ……」


 ゴカパナ、いや、ゴカパナの身体を借りた菩提樹の手が土田の頭をつかんだ。


 土田があわててスキルを叫ぶ。


「マイクロスコープ!」

「ふむ。見せたかった物とはこれか」


 次に菩提樹は、渡辺の頭をつかんだ。


「さきほど見たのはこれじゃ」

「オッケー、来た! リアリティフレーム!」


 空中に映像が出た。昔に理科の実験で見たゾウリムシみたいな物だった。


「イメージできた。やってみる!」


 友松がゲスオに近づく。


「ケルファー!」


 ゲスオの発疹が消えた。


 同じ流れでドクにつけたウイルスも見る。友松が掃除スキルをかけると、ドクの発疹も消えた。


 菩提樹がゴカパナから出てくる。ゴカパナは目を開き、あたりを見回した。


「はて、今、何が……」


 ぐらりとゴカパナが倒れそうになった。手を伸ばし支える。


「進藤、家まで送ってくれるか?」


 進藤がうなずく。


「おじいちゃん、家まで送りましょうねー」

「おお、わしはアマラウタ様に呼ばれての」

「はいはい、終わりましたよー」


 進藤の言い方に不謹慎ながら笑ってしまった。まるで介護だ。


 ゴカパナのうしろ姿を見ていると、複雑な気持ちになった。人が増えれば危険も増える。だが、今日救われたのはゴカパナがいたからだ。


「お注射!」


 花森が回復スキルをかけたようだ。ゲスオの枕元に近よる。


 ゲスオの瞼が開いた。まだ虚ろだ。意識がなくなるほどの高熱だったんだ。一回の癒やしでは回復しきれないだろう。


「ゲスオ、花森にブーストかけろ。お前、衰弱してるぞ」

「……」

「なに?」

「……ことわる」

「お前な」


 こいつの頑固さはキングに匹敵する。寝息を立てて寝始めた。まあ、今度は普通に寝ているようだから、放っておいてもいいだろう。


「……土田くん」


 今度はドクが起きたようだ。ドクの枕元に移動する。


「ドク! 友松のスキルでウイルスは消したからな。花森の回復かけるから、ちょっと待ってろよ」

「……」

「なに?」

「……要らない。予後の記録を土田くんと吉野さんに取ってもらって」


 そう言い残して、ドクも寝た。思わず花森を振り返る。


 花森は珍しく、頬をふくらまして怒っていた。


 ……まあ、気持ちはわかるよ。お疲れ花森。

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