第24-3話 飯塚清士郎 「来訪者」

 それから数日。


 ドクもゲスオも徐々に回復してきている。


 三人のうち、牛のウイルスを移植したノロさんは発症しなかった。これによって無症状で免疫の獲得ができるらしい。


 まずは里の中で。それが終われば、近隣の村にも配る。


 発症はしないと思ったが、人によって軽い発熱は出るようだった。戦闘班では、通話スキルの遠藤もも、元ソフト部の玉井鈴香、この二人が熱を出した。女性のほうが発熱しやすいのかもしれない。


 二人がいないので、残りの戦闘班で里の周りを見回る。


 今日は朝から見回りの番だ。


 洞窟に住むケロベロスに挨拶をし、半円に曲げた木の板を持つ。滝をくぐる時に濡れないためだ。この異世界にまだ傘はない。


 滝をくぐると、人の気配に身構えた。


 いるはずのない人物が、そこにいた。俺は思わず、その名を口にする。


「ハビスゲアル」


 灰色の魔術師は笑うでもなく、俺をじっと見つめていた。


 うしろの滝を誰かがくぐる音がする。


「プリンス早いな。わいのほうが先やと……」


 そこまで言って、コウが固まった。


「コウ、戦闘班と頭脳班、すべて起こしてくれ」

「わかった」


 コウの気配が瞬時に消える。


 俺はハビスゲアルから注意をそらさず、周りを見た。


「この老生よりほかはおりませぬ。馬と従者は離れた森に待機させております」


 周囲に気配はない。ほんとうのようだ。


「何しに来た」

「ここのおさと膝を交えるために」


 ばしゃ! と豪快に滝をくぐり、こっちに駆けてくる音がした。


「プリンス殿!」


 俺の横に立ち、槍を構える。


「カラササヤさん、武器をしまってくれ。キングに話があるらしい」

「しかし!」

「こういう時、俺らは下手に手を出さないほうがいい」


 ハビスゲアルは意外そうな顔をした。


「ほう、そなたがおさではないのか。そなたか、もう一人のどちらかだと目処をつけておったが……」

「もう一人のほうだ。俺たちの王を軽く見るなよ」


 さらに滝をくぐる音。こっちに駆けてくると思ったら、のんきな声が聞こえた。


「いよー! ハゲ過ぎじいちゃん!」


 ……おいキング、お前のために威圧をかけようとした俺の気持ちを返せ。


 ハビスゲアルはキングに向かって深々と礼をした。


「どしたのよ? こんな所まで」

「ご注進したき事案がございまして」

「あらそ。朝メシ食った?」

「いえ」

「朝メシ食うほう?」

「食べませぬ。食は細くなる一方で」

「健康によくないぜ。じゃあ、茶でも飲むか」


 キングはそう言い、くるりと滝に向かった。


「おい、キング、里に入れるのか?」

「だって、バレてんなら意味ないよ」


 まあ、たしかに。


 俺はハビスゲアルが濡れないように、水よけの板を持った。並んで滝に入る。横に並ぶと意外に俺より背は小さかった。


「こんな仕掛けが……」


 ハビスゲアルは敵情視察というより、単純におどろいたような声を上げた。洞窟に案内する。


 洞窟のケルベロスをちらりと見た。元はハビスゲアルの持ち物だ。だが、何も言わず進んだ。


 里の中は大騒ぎだ。大通りを歩く俺らを、みんなが見にきた。だがキングが笑顔で手を振ると、安心したように帰っていく。


 なるほど、見せたほうがいいのかもしれない。外で話せば中の人たちは不安が募る。まあ、あいつの場合、単に腹が減っていて、朝食を早く食べたいという可能性もあるが。


 中央の広場にテーブルとイスが二つ用意されていた。向かい合って置いているが、少し離してもある。頭脳班の姫野あたりが用意したか。


 キングとハビスゲアルが席についた。その周りを里の者が囲む。


「あー、話しにくかったら、部屋を用意するけど」

「かまいませぬ」

「んじゃ、とりあえず、なんでここを知っているのか聞いてもいい?」


 キングの問いにハビスゲアルがうなずいた。


「火竜を退治されましたな」

「ああ、サラマンダーか」

「あれには首に鉄輪をつけておりました。それで大よその位置はわかります」


 しまった。そこまで考えてなかった。キングが壊したことで安心していた。


「あの時、壊すのであれば、首を切り、ここから離れた所で壊すべきでしたな」

「なるほどなぁ、入口の滝までわかったのは?」

「それは、愚老の勘にすぎませぬ。このあたりは魔力が異様に強くなっており、滝の水も魔力が高まっておりました」

「ああ、菩提樹ぼだいじゅがいるからなぁ」

「菩提樹?」


 その時、キングのうしろにある菩提樹から精霊が出てきた。


「わらわを呼んだか?」

「呼んでないっつの」

「ふむ、そうか」


 精霊は帰っていった。


「樹の精霊……」


 ハビスゲアルは口を開けたまま固まった。


「あ、そうか。お茶だった。ノロさーん!」


 いや、キング、相手は茶より水だと思うぞ。おそらく精霊を見たのは初めてのはずだ。この辺の部族でも口寄せはあっても、実像は見てなかったのだから。


 お茶係のノロさんこと野呂爽馬さんがカップを持ってきた。カップに茶と水を入れ、スキルをかけて下がる。


「よし、それで話を聞こうか」


 キングの言葉にハビスゲアルは気を取り直した。


「例の奇病でございますが、山間部だけでなく、街にも、現れ始めました」

「やっぱそうなったか」

「はい。王都でもそれは同じ。ひとまず隔離して治療しております」

「それ、あんま意味ないかも。ドクが言うには、そうとう感染力が強いらしい」


 ハビスゲアルが少し首をひねった。


「ドクとは?」

「ああ、俺の友達ね」

「さ、左様ですか。友達」


 キング、そこは、この里の治療班とか、病を研究している者とかのほうが、いいんじゃないか。


「ドクが言うには、死人のカサブタでも感染する」

「なんと!」

「だいたい街の半数は死ぬってさ」

「は、は、半数!」


 ハビスゲアルの目が泳いでいる。およそ何人、いや何万人が死ぬのか、ざっと頭で計算できたんだろう。


「では、この国はもう……」


♪チャララ~ララ~チャラララララ~♪


「はうっ!」


 ハビスゲアルがおどろいて胸を押さえた。ノロさんのスキル「チャルメラ」の三分アラーム。タイミング悪すぎだ。心臓止まるぞ。


「まあ、あの病気は大丈夫だわ。ドクが免疫? 抗体? なんか、そんなの作ったから」

「なんと! ドク殿とは賢者か何かで?」

「いや。友達?」

「友達ですか」


 これ、会話に入るべきだろうか? 噛み合ってない。


「この近隣が済んだら、そっちに渡すから。なんとかなるよ」

「それは……」


 ハビスゲアルの顔が突然、曇った。


「そちらで、お配りいただきたい」

「はい? なんで、教会で配りゃいいじゃん」

「教会は回復魔法を奨励しょうれいしておりますゆえ……」

「んん? だから回復魔法は効かないって言ったじゃん」


 その時、カラササヤが歩み出た。


「王都の教会は、魔法以外の治療は行っておりませぬ。薬草や祈祷も禁止です」

「まじかよ! んん? それって……独占狙いってこと?」

「さすがキング殿。その通りです。王都で病気や怪我の治療は、教会でしかできぬようになっています」

「えげつないな!」


 ハビスゲアルは沈んだ顔で聞いている。図星らしい。


「待てよ、疫病のことじゃないなら、話って何?」


 ハビスゲアルが苦渋の顔から声を絞り出した。


「回復魔法で治らぬ病気というのは、教会も気づいております。そこで、違う系統の魔法を呼び寄せればいいと、考えたようです」

「呼び寄せるって……あっ、召喚で?」

「はい」

「召喚、好きだねー!」


 ハビスゲアルの顔がさらに渋くなった。丸ハゲのじいさんが、それ以上に顔をしかめたら、梅干しになりそうだ。


「しかし、現れた者は、あまりに強くよこしまな力を持つ者でした。召喚者の呪縛も解き、現在、行方がわかりませぬ」

「なんか、すげえバケモノ呼んだんだな」

「バケモノではございません。夜行族という種族」


 みんなの目が、一斉にヴァゼル伯爵を見た。伯爵が歩み出る。


「ほう、我が種族とは。名はなんという者を?」

「ポンティアナック」


 ヴァゼル伯爵は動きを止めた。


「キング殿、これは、かかわらぬほうがよい話かと」

「やべえやつ?」

「はい。特段にやべえです」

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