第22-5話 高島瀬玲奈 「みんなへの思い」

 クーラー部屋にて、クラスメートの女子に囲まれた。女子に囲まれたのは、これで生まれて二度目だ。


「……ヤケになってんじゃないわよ」


 ヒメが口を開いた。


「ちょっと、大げさよ」

「大げさじゃない! セレイナ、火野レイ、来生瞳はストレートロングヘア! これ常識。おけ?」


 みんなが「ウンウン!」とうなずいている。


「それを切るなんて、ヤケになってるとしか思えない」


 なんだか、すごい誤解されている。その誤解を解くために説明した。


 歌のスキルしかないので、それほどみんなの役に立ってないこと。剣の稽古をして、少しは自分を守れるようにしようと思ったことなどを話した。


「それなら、切らなくったってできるじゃん」

「んー、もう前の世界の面影を引きづらないほうがいいかなって」

「むむむ。ご意見、ご立派」


 ヒメは腰に手を当てて少し考え込んだ。っていうか、ほんとに大げさ!


「しょうがない。ルミちゃん、やっちまいな!」

「無理無理無理! セレイナでショートは怖くてできない!」

「失敗しても、また伸びるって」

「ぜったい無理!」


 ヒメが空中をスワイプした。何か考え始めた合図。


「真凛ちゃん!」

「はいっ!」

「ラフでいいんで、セレイナの今をスケッチしてくんない? それからみんなで考えようよ」

「りょーかい!」


 毛利真凛ちゃんは元美術部。水をポスターカラーに変えるスキルを持ってたっけ。


 ヒメは設備班のほうを向いた。


「むっちゃんはライトを四方向に設置」

「あいあいさー!」

「和夏ちゃん、前に思ったんだけど、鉄の棒に暖房スキルかけたら、コテかドライヤー代わりにならないかな?」

「ヒメっち、天才!」


「よし! 3年F組女子の名誉にかけて、異世界イチのショートカット、やってやろうじゃねえか!」


「「「「「「「おう!」」」」」」」


 女子全員がときの声を上げた。


 ……なにこれ?




 あれやこれやの会議の末、一枚のラフ画が壁に貼られた。


 床には何枚もの落選した髪型の絵が散らばる。


「いい、いいと思う!」

「かなり大胆ね」

「眉上パッツン、似合うのセレイナとナタリー・ポートマンぐらいね」

「ヘップバーンもいるわよ」

「あっ、それもいいかも。横をうしろに流して」


 アタシは、ずっと姿鏡の前で座ったままだ。四方向からのスポットライトを浴びている。


「じゃあ、行くわね」


 ルミちゃんがハサミを構えた。


「あああ! うち見てらんない!」

「ダメよ、和夏ちゃん。みんなで見るの!」

「うわーん、ヒメっち、鬼ー!」


 ……みんな、すごい元気。昼間にあったこと忘れてない?


 髪を切るとなってからも、かなり時間がかかった。大ごとになった断髪イベントが終わり、アタシは姿鏡の前で上機嫌だ。


「すっごい楽! いいかも」


 るんるんのアタシに比べ、女子のみんなは床にへたりこんでいる。


「緊張と感動で、どっと疲れたわ」

「山場は抜けた、そんな気分」

「もう、今日は泥のように寝るわ」


 どんだけ大げさよ、あなたたち!


 みんなが重い足で帰る中、アタシは足どり軽く里の中を散歩した。


 首に当たる風が気持ちいい。


 いや、それだけじゃない。むしろ、そっちじゃない。


 アタシは、今のクラスメートに「チヤホヤ」はされてない。ただ、大事に思われている。


 切ないわけじゃないのに、胸が張り裂けそうだ。


 時間がかかってもいいから、この気持ちをみんなに返していこう。




 散歩をしていると、調理場に灯りが点いているのが見えた。


 おかしいな、今晩は何も作らなかったのに。


 近づいてみると、キングにプリンス、トカゲ人のジャムさん、ヴァゼル伯爵。それに今日助けたカラササヤさんがいた。


 五人はイスを出し、調理台をテーブル代わりに何か飲んでいる。その横で絵麻ちゃんが何か焼いていた。


 あきれた。この五人は、あんな事があっても平気でゴハンが食べれるのね。


「ほう、夜の闇から麗人れいじんが現れた」


 キザなセリフはヴァゼル伯爵だ。


「バッサリ行ったな、高島」


 キングがおどろいている。プリンスは少し眉を上げた。


「絵麻ちゃん、手伝おうか?」

「じゃあ、付け合せの野菜を少し切ってくれる?」


 アタシはうなずいた。すでに用意してあった野菜を切る。


「なに飲んでるの?」


 野菜を切りながらキングに聞いた。


「これな。土田に作ってもらった葡萄酒ぶどうしゅ。ブドウでもないのかな。赤い実を潰して発酵させた物らしい」


 赤い実。アタシの部屋のあれは、ブドウの一種なのか。


 絵麻ちゃんのハンバーグが焼けたので、野菜も盛り付けて出す。


 ヴァゼル伯爵にわたす時、夜行族の紳士は、にやっと笑った。


「ご婦人が大きく髪型を変える時、何か決意が秘められている事が多い。何かな? 今宵の麗人が思う決意は」


 お願いするには、いいチャンスだ。


「はい。アタシも剣を習いたくて」

「ほう、その長い秀美な指に剣は無粋と思われるが」

「高島、無理しなくていいぞ、ここにいるオッサンらが、なんとかしてくれる」

「まだ老けてはおらぬ、キング。だが、お前たちを守るのが戦士の努めだ」


 力強く言ってくれたのはジャムさん。一部から「ジャムパパ」って呼ばれるだけあって頼もしい。アタシも、これからはそう呼ぼう。


「はい。でも、自分の身を守れれば、少しはみんなの負担が軽くなると思って。アタシはたいしたスキルもないし、絵麻ちゃんみたいな料理の名人でもないし」


「そういえば」と、ジャムパパが思い出したように出されたハンバーグを口にした。


「うむ。絵麻殿の料理は、いつも上手いが、これはいつになく秀逸だ」


 ジャムパパ、目を閉じてハンバーグを噛み締めた。


「やべえ! ハンバーグ最高!」


 キングが大げさにガッツポーズ。絵麻ちゃんがにっこり笑った。


「キング殿、やべえとは何です?」

「うーん、危険、危ないとか」

「危ないハンバーグ……」


 ヴァゼル伯爵が首をひねってハンバーグを食べた。


 横ではプリンスが静かに口に入れている。


「……うまいな」


 プリンスのつぶやきには、絵麻ちゃん、とびっきりの笑顔。


 そういや、絵麻ちゃんはプリンスにゾッコンだっけ。たしかそんな話を誰かから聞いた。


「んでもよ、高島のスキルは、無駄じゃないぞ。おれらの戦う技術なんかより、よっぽど貴重だ」

「ほう、意外にもキング殿と意見が合う」

「意外ってなんだよ、伯爵。おれ脳筋じゃねえぞ」

「それは失礼」


 ヴァゼル伯爵はハンバーグを一口食べ、葡萄酒をぐびっと飲み、杯を夜空に掲げた。


「旨い酒に旨い食事。これに極上の歌があれば……もはや死んでも悔いはありませんな」


 ニヒルな笑みを浮かべてアタシを見る。もう、ほんと伯爵はキザね。


 でも、そこまで言われると、照れるけど歌わないわけにもいかない。


「口ずさむぐらいでもいい?」

「ぜひとも」


 アタシは空いた調理台に腰掛けた。立ったままだと少し照れくさい。


 食事中だ。ゆったりした曲がいいだろう。ジャズのスタンダートナンバーを何曲か口ずさんだ。


 歌い終わると、男性陣はどこか遠い目をし、また、ぐびりと葡萄酒を飲んだ。


 ジャムパパがぼそりと口を開く。


「今日は、最高の一日であるな」

「戦士よ、私も同感です」

「ありがと、ジャムパパ、伯爵」


 ガタッと、カラササヤさんが突然に立ち上がった。


「俺、俺の、俺の嫁になってくれ!」


 アタシはしばらく、目をぱちくりさせた。


「……えーと、お断りします」

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