第23-1話 カラササヤ 「槍の調練」
木の上の家で目を覚ました。
このような家は、ティワカナ族の村にはなかった。エルフが使っていたというが、なかなかよい。子供のころの木登りを思い出すようで愉快だ。
木戸を開ける。まだ夜明け前だ。早朝の調練が始める前に、顔を洗おう。
木の上からハシゴで降り、小川に向かった。この隠れ里には、道に沿って灯りがある。夜明け前でも充分に明るかった。
小川に着き、水面に映った自分を見る。あいかわらず、ひどい
この自分の姿をたまに忘れる。
「俺と結婚してくれ!」
セレイナという娘にそう言ってしまった。どうかしている。
あまりに綺麗な女が、あまりに綺麗な歌を歌った。感動して思わず口走ってしまった。
水面の陰を消すように手を入れ、顔を洗った。腰に下げた手ぬぐいで拭く。それから広場に向かった。
広場にはすでにジャム殿が来ていた。
「今日も、お願い申します」
俺は頭を下げた。ジャム殿がうなずく。数日前から指南をいただくようになった。
急いで広場近くの武器庫から槍を一本出す。俺の得物は槍だ。
ジャム殿と向き合う。蜥蜴族の戦士は、片手に薪を持っていた。正面から対峙すると、この戦士がいかに強いかがわかる。薪を一本持っているだけだが、踏み込めない。
しかし、それでは何も始まらない。奥歯を噛み締め、突きを出した。すると、するりとかわし、薪で手を打たれた。思わず槍を放す。
もう一度。槍を拾い対峙する。突いた瞬間に横にかわされた。手の甲が叩かれる前に槍を回転して受ける。槍の柄に当たった薪は、そのまま跳ねて俺の顎を打った。
「がっ!」
もんどりうって倒れる。
「かわしながら、下がらねばならぬ。槍使いは懐に入られたら、考えずとも間合いを取ったほうが良い」
「はっ! 肝に命じます」
そんな打ち合いを続けていると、皆が広場に出てきた。
昔は戦闘班だけが調練を行っていたらしい。今では、ほとんどの者が調練を行う。
セレイナが剣の稽古をするようになってから、つられて皆がするようになったと聞いた。
そのセレイナは木で作った模擬刀を持ち、ジャム殿と向かい合っていた。今日も美しい。まるで昨晩に見た満月のようだ。
セレイナに見とれていると、おなごの一団が俺の元に集まった。槍の基本を教わるためだ。
槍は腕力のない者でも扱いやすい。おなごなら槍が良いと俺も思う。
例の奇病のことで、戦闘班は忙しいそうだ。ジャム殿がすべての面倒は見れないので、槍は俺が教えることとなった。槍の腕でもジャム殿のほうが上だが、基本を教えることはできる。
しかし、ついこの間まで、この辺り一帯では一番の腕だろうと自負していた。ところが、こんな所に村があり、そこに武芸の達人がいるとは。
ジャム殿がいる限り、俺は永遠に二番手の強さだろう。まったく、世の中は広い。
調練を終えるころ、調理場から朝餉の匂いが流れてきた。様子を見に行く。
十名ほどの婦人方と、数名の若い異世界人が和気あいあいと料理をしていた。
いや、よく見ると料理の指揮を取っているのは「エマ」とかいう娘だ。
「エマちゃん、ちょっと味を見とくれ!」
かっぷくの良い婦人が声を上げた。エマが鍋に近づき味見をする。
「おばさま、もうちょっと岩塩を入れてみましょう」
「あいよ!」
そのおばさま、俺を見て、にやっと笑う。
「カラササヤ、あんた独り身だろう、エマちゃん狙いな。この子は料理の達人だよ!」
なんと、武芸だけでなく料理の達人までいたのか。たしかに、いつぞやの肉は旨かった。ハンバーグ、とか言ったか。
「この年で、ご婦人を納得させれるほどか」
調理場の婦人方がうなずく。この婦人らは俺がいた村の住人ではない。別の村だ。
俺が助けられた翌日、キングらは、すぐに俺の村の隣村に向かった。同じティワカナ族だ。
だが隣村は、例の奇病に一人残らず侵されていた。助け出されたのは女子供ばかり二十名ほどだ。
「賢者さんたちの食事ができてる。頼むよ」
籠に入ったパンと、野菜を煮た汁が入った小さな鍋が出てきた。
これを運ぶのは俺の役目だ。うなずいて受け取る。
持っていくのは里のはずれだ。急ごしらえの小屋がある。そこで例の奇病を研究していた。
歩くとそれなりの距離はある。中央から離したのは安全のためだそうな。
小屋が見えてきた。小屋の隣には柵があり、牛や鶏などがいた。食べるためではなく、研究に使うらしい。
小屋に入ると、ヨシノという娘が俺の顔に手をかざした。
「見えないマスク」という能力だ。
俺は持っていたパンと鍋を中央にある机に置いた。この部屋は生活のための部屋だ。奥にもう一つ扉があり、そちらが研究室となる。
研究室からドクが出てきた。手に小皿を持っている。
「カラササヤさん、いつも悪いんですが血をもらえませんか?」
俺はうなずいて、腰に差したナイフを抜いた。指先をちょっと切り、小皿の上に血を垂らす。
例の奇病にかかった俺は、血の中に抵抗する力があるらしい。この研究室に出入りするのは、俺のように一度かかった者だけと決められている。
ドクは小皿を持って研究室に戻った。かわりに男二人が出てくる。
二人は嵌めていた革手袋を脱いだ。部屋の隅にある鉄鍋に入れる。
「チャルメラ!」
一人がつぶやく。鉄鍋の水が瞬時に沸騰した。この里にいる人間は、変わった能力を持った者が多い。
「あー、俺もパン焼きてえな」
そう言ってパンを取ったのはツチダという男。たしか、小さな物が見える能力だったはずだ。
「あっ、カラササヤさん、キングに言っといて。まだ数日はかかるって」
俺はうなずいた。しかし、どうにか出来るのだろうか?
今回の奇病は、薬草が効かなかった。そして回復の魔法を跳ね返すそうで、俺から見れば打つ手なしと言える。
ほかに伝言はないようなので、俺は小屋を出た。
小屋を出て少し歩くと、口元にあった布の感触が消えた。さきほどの「マスク」という能力が解除されたのだろう。
食料庫の隣りにある小屋に向かった。膨大な本がある小屋だ。キングはそこにいるだろう。
小屋の戸を開けると、この里の中心となる面々がいた。キング、プリンス、ヒメノ、ゲスオの四人だ。
机の上の地図を見ている。一緒にチャラサニ族の元村長、グローエンもいた。
「カラササヤさん、いいとこに来た。この村は誰もいないのかな?」
ヒメノが地図の一箇所を指した。この近隣の地図のようだ。自分たちで作ったようで、この隠れ里が真ん中にある。指された場所は、俺の村からずっと北になる所だ。
「そこは、たしか何年も前に捨てられたはずだ。村の者はラウルの街に移り住んだと聞いた」
「じゃあ、ここはいいわね」
ヒメノはそう言って地図にバツ印をつける。俺のいた村にもバツがつけられていた。
バツではなく、丸がついた場所もあった。グローエン殿が教えているのだろう。
「友松と花森を連れて、なるべく早く周ろう」
キングが言った。おかしなものだ。異世界人が森の民を救おうとするとは。
「俺を護衛役に使ってくれ」
ここの皆は異世界人だ。年も若い。守るのが俺の務めだろう。
ヒメノが急に耳を押さえた。
「待って、忍者クラブから連絡来た」
忍者クラブ。戦闘班で索敵などを得意とする面々のことか。
「うん……十人?……わかった」
ヒメノは耳から手を離し、地図に描かれた一本の道を指した。
「この道を兵士が北上してるって」
俺は自分の血の気が引くのがわかった。どこかの村が、都に援助を求めたのではないか? それは俺の村と同じ道をたどるぞ!
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