第23-3話 カラササヤ 「ウルパ村」

 兵士たちの乗っていた馬車を避け、先に進んだ。


 馬車と死体は、ヴァゼル伯爵が森の中に隠すらしい。馬はもちろんもらう。


 途中で走りながら、もらったパンと果物をかじった。出来事が多すぎて、食べるのを忘れていた。


 そうこうしていると、ウルパの村に着く。


 流れてくる風に異臭が混じった。うみの匂いだ。間違いなく例の奇病にかかった者がいる。


 馬車の音を聞きつけたのか、家から男二人が飛び出してきた。


 俺たちを見て剣を抜く。


「待てって。変な病気になってる人がいるはずだ。おれらは、それを治しにきた」


 キングの言葉に男のひとりが口を開いた。


「嘘をつけ! 治療を頼んだのは教会だ。お前ら、神父には見えんぞ!」


 キングは手を挙げて馬車から降りた。


「教会はやめとけ。都の兵に殺されて焼かれるのがオチだ」


 キングの言葉は間違っていない。さきほどの馬車、あの荷台にも大きな樽が二つ載っていた。間違いなく油だろう。


 自分も降りてキングの横に立った。


「俺は、ティワカナ族のカラササヤだ。話は本当だ。俺の村は殲滅せんめつさせられた」


 男二人は剣を向けたまま、互いを見合った。


「ティワカナ、知らねえな」


 知らんのか! 何百年も森を守ってきた我が種族を。


「とりあえず、金目の物、いや、馬車を置いて去れ!」


 なんだと! 俺は御者台に置いていた槍を取った。


「お主ら、助けにきた者から盗むのか。それが森の民のすることか!」


 キングが、ふいに膝をついて頭を垂れた。


「キ、キング!」

「とりあえず、ここの村長さんに会わせてくれ。この通り」


 騒ぎを聞きつけ、村の者が集まってきた。その中から老人が歩み出る。


「頭をお上げください。若い人。ここの村長をしておるゴカパナと申します」


 長い白髪の老人だった。首にいくつもの首飾りをかけている。祈祷師かもしれない。


「村長!」


 剣を持った男をゴカパナは手を挙げて制した。


「カラササヤ、と申されましたな。祖父はひょっとして……」

「クワキリと申します」

「ほほう、ではその孫は噂に聞く槍の名手。そなたら二人でもかなうまい」


 敵うまい、と言われた二人が、むっとして若者らを指差す。


「ですが村長、こんな見たこともない小僧や小娘……」


 その時だった。ごごご、とでもいうような地響きがした。いや、地響きではない。声だ。


「さきほどから聞いておれば……」


 空中に光が集まり、それは大きな女の上半身となった。


「こ、この声は、アマラウタ様!」


 ゴカパナが地面に頭を擦りつけた。


 ほかは崇める者、ぽかんと口を開ける者と様々だ。


「このキングは、菩提樹の里の長。愚弄ぐろうは許さぬぞ!」


 キングが不貞ふてくされて腕を組んだ。


「菩提樹、お前が出ると話がややこしくなるっての」

「ならぬわ! お主は、わらわにも膝を折らぬ偏屈。それを軽く折りおって」

「あっ、さっきの? だって、カラササヤさんが殺しそうだったんだもん」

「長たる者が軽々しく膝を折るでないわ!」


 キングが首をすくめた。


「ア、アマラウタ様、お姿を拝むことができるとはいったい……」

「ふむ。色々あっての。お主は北の村におったゴカパナか」

「覚えておられましたか!」

「わらわと心を通わせれる者は少ないのでな」


 なるほど。このゴカパナも祖父と同じ「お使い様」だったのか。


「村人に告ぐ。このキングに不遜な行いをすれば、後の百年は作物が育たないと思え!」


 アマラウタ、菩提樹の精霊様はそう言うと、村の高台にある大きな樹に消えていった。ここにも菩提樹があったのか。


 そこからの話は早かった。早かったというより、恐れ、おののかれた。なにせ、歯向かえば百年の呪いである。


 村の外れにある家に、二十人ほどの病人が寝ていた。トモマツ、ハナモリの娘二人がそれを治療していく。


 それ以外の俺たちは村人を集め、すべての家で湯を沸かすように指示した。気休めでしかないが、ここで一度、すべての服を煮沸する。


「キングくん!」


 ハナモリが悲痛な声で呼びにきた。


「どうした?」

「何人かは、今の癒やしじゃ無理かも。ゲスオくんのブーストがいる!」

「くそっ。あいつも連れてくりゃ良かったな。わかった。里に運ぼう。明日じゃ無理かもしれない」


 村人たちが病人を馬車に運ぶ。老婆が一人、幼子が二人だ。意識を失っている。


 その時、村の入口に馬車が見えた。さきほどの黒い箱馬車!


「キング、あれを」


 村の入口を指差した。


 キングは箱馬車を見ると、ひとりで歩いていく。


「キング!」

「ああ、いいって。ちょっと話してくる」


 キングが近づくと箱馬車から魔術師が降りた。二人で何かを話している。争うような気配はない。


 トモマツ、ハナモリの二人が戻ってきた。病人の治療は終わったらしい。キングも戻ってきたので馬車を出す。行きがけに比べ、ずいぶん人が増えた。病人の三人と村長のゴカパナだ。


 なにも村長まで来なくてもよいのだが、精霊の宿り樹に祈りを捧げたいらしい。


 うしろの荷台が狭くなったので、キングが俺の隣、御者台のほうに座っていた。さきほど、何を話していたのか聞いてみる。


「あの魔術師は何と申された?」

「ああ、知らなかったってさ」

「何をで?」

「この疫病騒動を」

「なんと!」


 身なりからして王都の人間だ。この騒動を知らぬのか。


「おれらを探すのに忙しくて、都の大聖堂には、あまり帰ってなかったらしい」

「司教ですか!」


 キングがうなずいた。


「回復魔法は効かないぜって、一応、言っておいた」

「王都は敵ではないのですか?」

「いや、追いかけてこられたら敵だけど、あとは別にね」


 そんな物だろうか? キングの考えはわかりにくかった。


「膝を折られたのも、そのような考えで?」


 キングが笑った。


「カラササヤさんまで大げさだな。あんなところで仲違いするのも、もったいないでしょ。特にカラササヤさんは地元の人なんだし」


 やはり、俺が気遣われたのか。


「かたじけのうございます」

「大げさだって。減るもんでもなし。ゲスオのスライディング土下座なんて、いかに見事に決めるか」


 俺は馬を止めた。


「キング」

「なに?」

「自分のことでも、膝を折られるか?」

「おれ? おれのことなら死んでもイヤだな」


 決めた。この者に仕えよう。


 この騒動が終われば、俺はまたどこかに村を再建せねばならぬ。そう思っていた。それは、ほかの者に任せればよい。俺はこの男の下で働こう。


 まずは戦闘班に入り、仕組みを覚えていこう。どの村にも固有の流れがある。


 いや、待てよ。


 俺は不安になってきた。


 よくよく考えれば、この若者は存外の強さだ。そして菩提樹の里、精霊に守られたおさ。里の隊を率いるはジャムザウール、ヴァゼルゲビナードの両名。


 ……俺は、はたして戦闘班に入れるのか?


 考えるほど不安は大きくなる。はっ!と気合を入れ、手綱を叩いた。


 早く帰ろう。帰って槍の調練だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る