第23-2話 カラササヤ 「ヨルムンガンド」

「じいちゃん、この兵士が通ってる道だと、どの村に行こうとしてると思う?」

「ほうじゃのう、この辺りには村はなかったと思うが……」


 俺は心当たりがあった。


「その道を行くと、ウルパという、ここ数年でできた集落がある」

「住民の数は?」

「百そこそこ、だったと聞いたことがある」

「よし、すぐ出よう。先回りしたい」


 キングは迷うことなく言った。ありがたい。森の民であれば、俺としても救ってやりたい。


「待って! キングかプリンス、どっちかは残って欲しい」

「じゃ、プリンスだな。お前、最近、妖精の相手してないだろ。ふてくされて悪さばっかしてるらしいぞ」


 プリンスは一度口を開きかけたが、図星でもあるようだ。


「……わかった」


 短く答えた。


「おれとカラササヤさん。あとは忍者クラブの誰か近くにいれば合流するわ」


 ヒメノが眉を寄せた。


「あやちゃんと、花ちゃん連れて行くんでしょ。四人だけ?」

「ああ。人数少ないほうが馬車も飛ばせるしな」

「危なくない?」

「けっこう、カラササヤさん強いんだぜ。二人いれば大丈夫だと思う」


 強い、と言われて思わず胸を反らした。


「あのジャムさんが本気で相手してるからな」


 むむ、早朝の稽古を見られたようだ。


「馬、あつかえます?」


 聞かれて、もちろんと答えた。


 里の馬房に行き、二頭の馬を出して馬車につなぐ。


 広場まで迎えに出た。向こうからキングと、奇病を治療できる娘二人が来た。名をトモマツ、ハナモリと言ったか。俺の命の恩人でもある。


 三人が荷台に乗ったところで、セレイナが来た。


「二人、朝ごはん食べてないでしょ」


 キングと俺に小さな麻袋を寄こす。中にはパンと果物が入っていた。


「か、かたじけない」

「気をつけて」

「うむ」


 顔が火照るのを感じた。早く行こう。手綱を叩いた。


 うしろの荷台でトモマツ、ハナモリの二人がくすくす笑うのが聞こえる。


「笑っていいとこじゃねえぞ、二人」


 キングが注意した。


「笑ってないよ。微笑ましいだけ」


 トモマツが言った。


「それでもだ。真剣な想いは、真剣に見てやんないと」


 キングの言葉はありがたいが、そう言われると余計に恥ずかしかった。頭を振り、気を取り直して前方に注意する。


 この隠れ里から馬車で出る道は、かなり険しい。坂を下り、アシが茂る山あいを進む。木に目印がついていて、そこを外れると大きな穴がいたるところにある。


 横でキングに案内されないと、とても道とは思えない。


 山あいを抜け、さらに森の中のでこぼこ道を抜ける。やっとわだちの跡が残る道に出た。


 出たところで、ちょうど二台の馬車が止まっていた。馬を休ませているようだ。


 一台は黒塗りの箱馬車だった。どこかの金持ちだろうか。もう一台は荷台に大きなおりを載せている。


「くそっ、運がねえ。面倒だな」


 うしろの荷台に乗っているキングがつぶやいた。


 黒塗りの馬車から、男が降りてきた。頭巾のついた灰色の外套がいとうを着ている。魔術師か?


「今日は運が良い。ここで出会えるとは」


 灰色の魔術師が口を開いた。キングが荷台から降りる。


「ハビスゲアル、今日は急いでんだ。またにしてくれ」


 この男は、キングの知り合いか!


 キングと対峙する魔術師が、不敵に笑った。


「去れとな。そうはいかぬ。そちらの都合など、どうでも良いわ」

「んじゃさ、明日来るから、待っててくんない?」

「うむ。明日も天気は晴れそうじゃしの。とでも言うか、たわけ!」


 灰色の魔術師が、部下の兵士に何か命じた。兵士二人は、荷台に載せた大きな檻の鍵を外す。


 ぎぃ、と檻の扉がゆっくり開いた。


「いでよ、ヨルムンガンド!」


 檻からゆっくりと出てきたのは、大蛇だ。ねじれた角を持っている。これは、噂に聞く毒大蛇?


 毒大蛇が口を開くと、よだれが落ちた。荷台の床から煙が上がる。あれは毒でなく、物を溶かす酸なのか!


「これがヨルムンガンドよ。巨人アングルボザの足に噛み付いた蛇から生まれたと言われる大蛇。ひとたび噛まれれば……」


 キングが弾けたように飛び出した!


 素早く毒大蛇につめよると、荷台の上で口をあけるそれを下からかち上げた。蛇の頭が吹き飛び、破片が飛びちる。


「今日は帰れ。まじ急いでんだ」


 呆然と立つ魔術師を尻目に、キングはこちらの馬車に帰ってきた。荷台に上がる。


 俺は急いで馬車を動かした。


「キング、それ!」


 トモマツの声に振り向くと、キングの肩から煙が出ていた。あの蛇の唾液か!


「ケルファー!」


 トモマツの能力で唾液は消えた。


 しかし、キング。これほどの強さだったのか!


 あの里で、俺は二番目だと思っていた。これでは間違いなく三番目だ。


「なかなか、派手に倒されましたな」


 とつぜんの声に、ぎょっと振り返る。


 翼の生えた男が荷台に乗っていた。いつのまに?


「伯爵、見てたのか。人が悪いな」

「危なくなれば出ようと思いましたが、まあ、キング殿ですから」


 あれは里の戦闘班で、斥候を担っていた者。名はたしか、ヴァゼルゲビナードと言ったか。


「すぐ先に、兵士を乗せた馬車がおります」

「あっちのほうが早いのか。カラササヤさん、急いで!」


 俺はうなずき手綱を叩いた。


 馬を走らせると、先行する馬車が見えてきた。大きな馬車だ。大きいぶん、速度は遅い。


 距離が縮まってくると、馬車が止まった。追いかけるこちらに気づいたのだろう。


「伯爵、時間をかけたくない。一気にいけるか?」

「おまかせを」


 翼男はそう言うと、荷台からひょいと降りた。林の中に入り、姿が見えなくなる。今、この速度の馬車から降りたぞ!


 大きな馬車のうしろにまで行き、こちらも止まった。向こうの兵士は荷台に七人。前に三人。こちらを不思議そうな目で見ている。


 羽ばたく音がする、と思ったら相手の上に翼男がいた。


 羽をたたみ、すとんと馬車の真ん中に下りる。手にした小刀で二回突いた。その二回で兵士二人の首が刺される。


「なんだこいつ!」


 翼男の肩を兵士がつかんだ。その手を撫でるように切り、振り向きざまに首を斬る。


「この!」


 うしろから羽交い締めしようと腕を回された。その片方を肘で押し上げる。空いた脇に小刀を刺した。相手は甲冑を着ているが、ことごとくその隙間を狙って刺している。


 立ち上がった二人には肩からぶつかり、一緒に倒れた。倒れた拍子に足首をつかみ、足の健を切った。


 腱を切られた兵士がのたうつ。その首に翼男は小刀を下ろした。


 残った兵士は、叫び声を上げて馬車から転げ落ちた。林の中へ逃げ出す。


「キ、キング、あの方は」

「ヴァゼル伯爵? 前に言ったけど、俺らと一緒。異世界から召喚された人。夜行族らしいよ。戦闘班は、ジャムさんとヴァゼル伯爵が師匠ね」


 なんと、俺は一気に四番手なのか。いや待て、その二人の師匠に教わっているのが里の戦闘班ということになる。


 ……俺はいったい、何番手なのだ?

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