第4話 ジャムザウール 「王都脱出」

視点変わります。トカゲ男のジャムザウール。

各話、番号の隣りにある名前が、その人の視点になります。

ほか今話登場人物(呼び名)

有馬和樹(アリマ)

姫野美姫(ヒメノ)

渡辺裕翔(ワタナベ)

山田卓司(ヤマダ)

ヴァゼルゲビナード

飯塚清士郎(イイヅカ)

蛭川日出男(ヒデオ)

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・



 人間、そう言ったか。


 違う世界の種族と行動することになるとはな。人生とは、まさに予測がつかぬ。


 アリマ・カズキと名乗った若者は、なかなかに武人として良い素質を感じる。同じような気配をさせるのが、もうひとり。


 この二人が強いはずなのだ。だが今、おなごの意見に従い、待っている状況だ。この娘は女帝なのか? しかし、さきほど、アリマの言葉に誰ひとりとして異を唱えなかった。やはり、アリマ・カズキが頭領なのか。


「同じ種族か? と思ったが違うようですね」


 どこからか声が聞こえた。剣のつかに手をかける。上か!


 アリマたちと似たような男が空中に浮いている。いや、アリマたちと見た目は同じだが、背中に翼が生えていた。


「有馬和樹と申します」


 アリマが俺の時と同じように名乗った。


「ほう、話ができる御仁がいらっしゃる。私はヴァゼルゲビナード」

「ここから助かる方法はありますか?」

「さて、私には羽がありますが、あいにく、そちらにはないようですし」


 上からの物言いに腹が立つ。最後に戦うなら、こやつにするか。


 翼の男がこちらを見た。


「なにやら蜥蜴とかげ人が殺気立っておるようです。無足な戦いには付き合いきれませんので、私はこれで」


 翼の男は空高く舞い上がった。しかし、途中で何かにぶつかったようで、回りながら落ちてくる。


「やっぱり、上は結界があるわね」


 ヒメノと呼ばれた女帝が言った。


「じゃあ、ぎゅうぎゅうに詰めて。そう。渡辺くん、お願い」


 ワタナベと呼ばれた男の子が、手のひらを空に向ける。


「リアリティ・フレーム!」


 この一団の周囲に、地面の土と全く同じ絵が現れた。これは幻影の術か。幻影を中から見ているのだろう。うっすらと外の景色が見える。


「ヤマダくん行ける?」


 さっきまで、この若者はいたか? いつのまにか集団に混じっている男がいた。


「ああ、練習できた! みんな手をつないでくれ」


 若者たちが手をつないでいく。最後になり、さきほどのアリマが笑顔で手を差し出した。この笑顔、つい信用してしまうな。アリマの手を握る。


「行くぞ! 息止めろよ!」


 ヤマダがさけんだ。息とな? 意味はわからぬが、息を大きく吸い込んで止めた。


「カッパッパ!」


 ざぶん! とでもいうように地面に沈んだ。なんと面妖な!


 ほっておくと身体が沈む。これは、いにしえの秘術として聞いた「地底歩行術」ではあるまいか?


 若者たちが身をよじっている。うまく浮けないのか? これは水と同じなのに。


 ああ、なるほど! この種族は泳ぎが得意ではないのか。ならば、俺が引っ張るべきだろう。俺の種族は水の中が得意だ。


 アリマの手をしっかり握り、上に引っ張って泳ぐ。手をつないだ列は長くたわみ、ひものように弧を描いた。


 反対のはしは、この術を仕掛けた男。ヤマダと言ったか。その者は泳ぎが達者なようだ。


 ヤマダと目が合う。ヤマダに行きたい方向があるようだ。俺とヤマダが両端で引っ張ることで、長い列が動き出した。


 どれほど進んだだろうか。


 苦しそうな者が出始めた。この種族は、それほど水中で息を止めていられないらしい。


 ヤマダと目が合うと、彼もうなずいた。同じ意見のようだ。地上を目指して上昇する。


 地上に出た。


 この国の大通りのようだ。かなりさかえた国のようで、通りのはばが広い。馬車が何台でもすれ違えそうだ。


 次々と地上に出てくる若者たち。手を引っ張って地上に上げた。最後にヤマダが出てくる。


「ヤバかった! おじさんいなかったら、沈んでたかも!」


 俺のことらしい。


 通りに人影はない。さきほどの闘技場に街の人々は集まっているのだろう。


「みんな固まって!」


 またヒメノという娘が命令を出した。


「リアリティ・フレーム!」


 ワタナベの幻影術。ゆっくりと、その幻影を出したまま進む。


 止まった。


 歩く先には城門がある。その向こうは橋だ。門の左右にある見張り台、衛兵がひとりずつ。幻影を出しているワタナベが口を開いた。


「まずい! ちょっと景色が複雑だ。バレるよ」


 幻影で隠して門はくぐれないようだ。俺は隣りにいたアリマに声をかけた。


「門衛は、ふたりしかおらぬ。矢でろう」

「それは……いや、そうしよう。そうしてください」


 アリマがなぜか躊躇ちゅうちょした。


 俺は背中から弓をはずす。


 もう少し近づいてもらった。矢をつがえて引き絞る。声を上げさせずに仕留しとめるには、首をねらう必要がある。


 はなった。矢が首をつらぬく。


 おなごのひとりが「ヒッ」と声を出しそうになり口を押さえた。それには気を取られず、すみやかにもう一本を引いて放つ。もうひとりの首もつらぬき、衛兵は見張り台から向こうへ落ちた。


 門をくぐる。外に人影はない。


「あの森に入ろう!」


 アリマが言った。幻影術はとかれ、若者たちが走り出す。


 この種族は走りが遅い。本気で走るとすぐに追い抜きそうだ。速度をゆるめ、殿しんがりを走る。


 気づけば、もうひとりの気になった強者つわものが最後尾にいた。ほう、アリマは先頭を走っている。それを見て何も言わずとも、この者は最後尾に入ったのか。


 なんとも理解しにくい集団だ。戦いに不慣れなように見えるが、統率は取れている。


 森に入った。


 ほとんどの者が息を切らしている。平気なのはアリマ、もうひとりの強者、そのほか数名か。これでは集団としての戦いは無理だろう。


「歩こう。少しでも離れたほうがいい」


 アリマの言葉に、息を切らした若者たちは立ち上がった。


 森のかなり深くまで歩く。そこで小休止となった。ほとんどの者が、へたり込んで休憩を取っている。


 アリマが近づいてきた。


「ジャムザウールさん、これからどうします?」


 俺か。どこかに逃げ延びて、帰る方法を探さねばなるまい。


「一緒に行きませんか?」


 アリマが言った。なんとも、なつきやすい笑顔だ。だが種族が違う。


「あまり良い案には思えぬ。その方らとは見た目も違う。後々、面倒になるだけだろう」


 俺の言葉にアリマは考え込んだ。


 助けてもらった礼を言って去ろう。そう思ったが、なぜかアリマが一歩間を詰めた。


「すいません、試してみていいですか」


 そう言って、さらに一歩進んだ。俺を見つめる。何を試すのだ?


「正直に言います。ジャムザウールさんの外見って、おれらの世界だとリザートマンっていう怪物なんです。なので怖いです」


 それは、ほんとうに正直だな。笑おうとしたら、なんとアリマが抱きついてきた。


 抱きつかれたので、この男の体型がわかった。腕や胸の筋肉は鍛えられているのがわかる。なかなかの猛者もさだ。


「ようし、大丈夫だ!」


 アリマは腕をとき、俺の両肩をつかんだ。


「やっぱり、海に入るのと同じですね。入るときは寒い。入ってしまえば温かい」


 意味がわからぬ。


「なんつう例えだよ」


 もうひとりの強者つわものが俺の前に立った。


飯塚いいづか清士郎せいしろうと申します。ジャムザウール殿」


 手を差し出された。思わず、にぎり返した。


「そなた剣士か?」


 イイヅカがおどろいて手を引っ込めた。そして両手を上げる。降参という合図か。


「なんでわかりました?」


 剣士の問いは簡単だった。答えることにする。


「俺の剣のさやを見たであろう。それは剣の長さ、つまり間合いをはかるため。それに右足のつまさきは正面なのに、左足は横を向いている。剣士に多い足さばきだ」


 イイヅカはアリマを振り返った。


「和樹、この人、やばいぜ」

「ああ、すごい人だ」

「戦士殿ー!」


 うしろから抱きつかれた。いつのまに?


「ヒデオと申しまする! お見知りおきを! ああ! ファンタジーの世界と初遭遇でござる。おふぅ、リザードマンの皮膚ってやっぱり冷たい」


 この若者も言っている意味がわからぬ。だが、こうも違う種族に抱きつかれるとは。我が人生で初ではなかろうか?


「やめい!」


 ヒメノと呼ばれる女帝が、ヒデオの頭に手刀を打ち込んだ。そして、俺の前で一礼する。


「ヒメノミキと言います。可能であれば、私もハグしていいですか?」


 おなごであれば、余計に怖くはないのか? この娘は変わり者だろうか?


 そう思ったが、違った。抱きしめた手の震えがわかった。たいした娘だ。それから男性とは違い、良い匂いがする。


「ほんとね。こうしてみると問題ないわね。みんなハグは後にしてよ。時間かかっちゃう」

「いや、俺は……」

「あら?」


 ヒメノという娘は振り返った。


「一番強そうな大人が、子供を置いて、どこかに行きませんよね?」


 子供というには少し大きいが、たしかにみな、大人ではない。女帝、痛いところを突く。


「わかった。共にゆこう」

「良かった! でもジャムザウールさんって名前長いのよね。略していい? ジャムさん?」


「あっ」と娘がひらめいたように顔を上げた。


「ジャムおじさん!」


 ヒメノの言葉に、若者全員がけたけたと笑った。これは何か、この種族にしかわからぬ符牒ふちょうでもあるのだろうか?


 しかし、とりあえず野営地を探さねばなるまい。ここは異世界だ。かなり警戒したほうが良いだろう。何があるかわからぬ。


 それに自分たちのいる場所も方角さえも知らぬ。はぐれると二度と会えぬやもしれん。


 俺は若者たちを数えようとしてやめた。ふざけあって動いたりするので数えられない。この異世界で生き残れるのだろうか?


 いや、それもおかしなものだ。思わず自分に笑った。俺は数刻前まで、いかにるかを考えていたというのに。


「足手まといにならなきゃいいですが……」


 アリマが声をかけてきた。俺がみなを見て冷笑した、それを勘違いしたようだ。


「そうではない。それに、そういうのは一人か二人が言うことだ」


 アリマは振り返り、休んでいる仲間たちをながめた。


「多すぎますか」

「多すぎるな。何人いる?」

「28人です」


 28、俺を入れて29人か。


「ジャムさん、子供は?」

「おらぬ」

「家族は?」

「おらぬ」

「ずっと?」

「ずっとだ」


 アリマは手を広げ、胸を張った。


「じゃあ、どうです? よりどりみどり」

「……多すぎるな」

「そうですか? みんな優秀ですよ」

「ほう」

「ええ。なんせ、おむつは自分で替えれる」


 俺は思わず噴き出した。この若者は面白いことを言う。


「そろそろゆこう」


 俺はアリマに言った。


 通常なら、戦えぬ者など足手まといだ。だが、助けられたのも事実。


 もうしばらく若者らに付き合ってみよう。俺はそう決めて腰を上げ、アリマの肩をたたいた。

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